8話は、ただ7人目の正体が明かされるだけの回ではありませんでした。
森智也の過去と現在をつなぐ後悔、園子とは別に存在していた“もう一人のドの子”瀬戸しおんの映像、そしてキングが自らの加害の歴史と向き合う姿――登場人物それぞれの「罪」と「贖い」が一気に露わになるターニングポイントです。
散りばめられてきた細かな伏線がつながり始め、事件の裏に潜む“忘れられた被害者”の影が濃く立ち上がる。その重さと緊張感が、物語をいよいよ核心へと押し出していく回でした。
良いこと悪いこと8話のあらすじ&ネタバレ

8話のタイトルは「7人」。
これまで“博士”として名前だけ語られてきた7人目の同級生・森智也の正体が明かされ、さらに「もう一人のドの子」瀬戸しおんの存在が突きつけられる、シリーズのターニングポイントと言っていい回でした。
物語の流れと細かい心情の変化まで追いながら整理していきます。
小学時代のフラッシュバックと「鷹里小の森」
冒頭は、22年前の小学校時代の回想。
ちょんまげこと羽立太輔と森君はパソコン室で「鷹里小の森」というホームページを一緒に作っていました。
ちょんまげと話した森はキング達にこの掲示板の存在を共有する。すると掲示板には“ドの子”への悪口が書き込まれ続け、それを見た森君は「消さなきゃ…」とつぶやきながらも、結局何もできない。ここで彼が“いじめの傍観者”として時間を止めてしまったことが示されます。
一方、現在。
7話で羽立が殺害され、高木将(キング)、園子、ターボーたちは刑事・宇都見から事情聴取を受けています。犯人らしき人物は見たものの顔ははっきり見えておらず、「本当に森なのか」確証が持てないまま。
残る手がかりはタイムカプセルから抜き取られた“みんなの夢”DVDだけ。犯人にとって「絶対に見られたくない何か」がそこに映っていると一同は考えます。
博士=森智也の正体は花音の担任・森先生
事情聴取を終えたキングはふと小学校へ向かいます。
娘・花音の迎えに行った彼は、娘の森先生またねという挨拶を聞いて凍りつく。担任の森先生こそ、あの“博士”=森智也。
森は低い声で「やっと気づいた」とつぶやき、キングは思わず「ちょんまげを……!」と詰め寄ります。その瞬間、別の教室でガラスが割れる音が響き、森の手から一枚のDVDが落ちる。これはタイムカプセルから抜き取られていた“みんなの夢”のDVDでした。
イマクニに戻ったキングは「花音の担任が森だった」と報告します。
トヨは「なんで今さら気づくんだよ」とツッコミつつも、森が犯人だと断定することには慎重。
ゆっきーは「今すぐ警察に言うべき」と主張しますが、キングとターボーは「今あいつが捕まったら、ちょんまげが何で殺されたのか分からないままになる」と話し、自分たちで真相にたどり着こうとします。ここに、まだどこか「自分たちの物語」として事件を捉えている甘さが漂います。
キングと加奈、園子と紗季 “加害者として生きる”というテーマ
その頃、園子は週刊アポロの編集部へ。
東雲は自分が掴んだスクープをあっさりと譲り、「園子が書くべきだよ」と背中を押します。事件の渦中にいる園子を、東雲なりに守ろうとしているようにも見える、静かな連帯のシーンです。
一方キングは会社で妻・加奈と向き合います。
加奈は「同窓会に行ってから様子がおかしい」「花音も怯えていた」と夫の変化を見抜き、「花音のそばにいてあげて」と切実に訴える。ですがキングは「あと少しで全部終わるはずだから」と事件の解決を優先してしまう。
加奈は「私は父親の話をしているの。花音の父親として、娘のそばにいてあげてって言ってる」ときっぱりと言い、「あなたの代わりはいないんだよ」と告げて会社を去ります。このやり取りは“正義”より“親としての責任”を優先すべきだという、別の現実を突きつけるものでした。
一方、園子は拘置所の委員長・紗季のもとを訪れます。「記事が書けなくなりました」と弱音を吐く園子に、紗季は「じゃあ記者やめんの?」と冷静に返す。
園子は、自分の記事が誰かの人生を大きく変えてしまう可能性を「想像してきたつもりだったが、足りていなかった」と語り、「記者はやめない。加害者である自覚を持って、もっと強い覚悟で書く」と宣言。紗季は「加害者としてちゃんと苦しんで。私もあなたの記事を読み続けるから」と返します。
ここで、いじめの加害者としてのキングと、報道の加害性を抱える園子――二人の“加害者の物語”が並行して描かれます。
同じ頃、キングは娘・花音に「俺、悪い子だったんだ」と打ち明けます。かつていじめに加担したこと、今もそのツケを払わされていること。そして「昔のパパは違った」と認める父に、花音は「パパはいい子だよ。ちゃんと謝れば森先生も許してくれる」と真っ直ぐに返す。
この対話は、ドラマの大きな問い「悪い子は、いい大人になれるのか?」を象徴するシーンでした。
花音の暴走と森の崩壊
森は学校のパソコン室で“みんなの夢”DVDを再生し、自分の過去と向き合おうとしますが、途中で仕事の電話が入り職員室へ移動します。
その隙に花音の姿を見つけたトヨとゆっきー。
花音はパソコン室に入り、「これのせいでパパとケンカしてるんでしょ!」と言いながらDVDを持ち出してしまう。
森は慌てて花音を追います。廊下では“いじめ防止”のポスターを破り捨て、「僕は立派な先生なんだ。誰もいじめたりしてない。いじめてたのはあいつらで、僕は悪くない」と自分に言い聞かせるように叫ぶ。
「仲間って言ったら、僕も殺されちゃう。嫌だ嫌だ」と怯える姿からは、森が“加害者でありながら被害者でもある”という二重の恐怖に囚われていることが見えてきます。
花音を追い詰めた森は「返してください」と迫り、花音は「パパと仲直りしてくれないと嫌だ」と食い下がる。
「あなたのお父さんとは仲直りしません。仲良くなんかありません」と森。花音が「パパ、仲直りしたがってたもん」と言い返すと、森は「いいから返しなさい!」と叫びます。
そこへキングが到着。
「それ、先生の大事なものなんだって」と花音に語りかけ、花音は「先生、ごめんなさい」とDVDを返却。ゆっきー、トヨ、他の教師たちも駆けつけ、ひとまず最悪の事態は避けられます。
キングと森、“悪い子がいい子になろうとする”対話
ゆっきーとトヨに花音を預けたあと、キングと森は二人きりで向き合います。
森は「僕は悪くない。お前たちのせいで、せっかくいい先生になれたのに。悪いのはお前たちだ」と責め立てる。
キングは静かに、自分の罪を認めます。
「分かってるよ。貧ちゃんもカンタローもニコちゃんも、ちょんまげも死んだ。俺のせいで。ターボーも狙われて、トヨとゆっきーまで巻き込んでる。俺がましなやつだったらって思ってる」
それでも森は「だったら責任取って早く死ね」と極端な言葉を投げつける。
キングは「死ねるわけないだろ。俺にだって家族がいて仲間がいて、絶対諦めんなって言ってくれる人がいる」と返す。そして最後に、「悪い子がいい子になろうとしたっていいはずだろ」と言い切る。
この言葉は、森にも、かつていじめに加担した6人全員にも、そして視聴者にも向けられているように聞こえました。
森は涙をこぼし、「本当は助けたかった。ちょんまげが僕のこと覚えててくれて嬉しかった。僕が森君を仲間に入れたから、僕が終わらせるんだって言ってて……」と、あの夜の真実を語ります。
回想では、廃墟の屋上で「僕が終わらせるんだ!」と叫ぶちょんまげ。
森は「ホームページを消すこともできたのに、何もしなかった」と自責し、完全な“黒”ではなく、かといって“白”にもなり切れない存在として描かれます。
最終的に森はDVDをキングに託し、この段階で森が“真犯人”という線は大きく弱まります
ラスト:DVDに映る瀬戸しおん=「もう一人のドの子」
イマクニに集まったキングたちは、森から受け取った“みんなの夢”DVDを再生します。
子ども時代の森は、「キング、ターボー、貧ちゃん、カンタロー、ちょんまげ、ニコちゃんとずっと友達でいたいです」と将来の夢を語ります。ここで園子の名前が入っていないことが、森が“加害グループ側”として生きていた意識をさりげなく示しています。
そして映像の最後、画面に現れる一人の少女。
「瀬戸しおんです」と名乗り、ピアニストになりたいと語るその姿を見た瞬間、キングはその場に立ち上がり息を呑みます。
そこへ森が静かに告げます。
「やっと思い出しましたか、ドの子」
そう――園子とは別に、“もう一人のドの子”が確かに存在していたのです。
DVDに映っていた瀬戸しおん=瀬戸紫苑こそ、これまで字幕でカタカナ表記されてきた“ドの子”と強く結び付けられる少女であり、SNSでも「二人目のドの子=瀬戸紫苑」説がほぼ既定路線として語られるようになりました。
8話は、「7人目の同級生=森の正体」と「もう一人のドの子=瀬戸しおん」という二つの謎を一気に開示し、物語を次のステージへと押し上げて幕を閉じます。
良いこと悪いこと8話の伏線
8話は、表向きは「7人目=博士=森智也の正体」と「もう一人のドの子=瀬戸しおん」が判明した回ですが、実はそれ以上に「犯人の思想」と「真の被害者」を浮かび上がらせる伏線がギッシリ仕込まれていました。
ここでは、ドラマ本編と公式サイト、さらに各種考察サイトやSNSで話題になっているポイントを踏まえながら、8話の伏線だけを整理していきます。
7人目=森智也の正体そのものが、大きな伏線
8話の大きなトピックは、仲良し6人組の“7人目”だった博士=森智也が、現在はキングの娘・花音の担任の森先生として登場していた、という事実が明かされたことです。
これ自体が、二重三重の伏線になっています。
- 鷹里小の森」というホームページを作っていた
- あだ名が博士で、当時からパソコンに強かった
- 掲示板に「ドの子を無視しよう」と書かれたログを見て、「消さなきゃ」とつぶやいたまま何もしなかった
- 22年後、教師になってもなお、その罪悪感を引きずっている
これらをまとめると、森は
- いじめの“主犯”ではない
- しかし、傍観し見て見ぬふりをした“共犯者”
- そしてその事実を一番よく分かっている当事者
という立ち位置になります。
8話の森は「僕は悪くない」「僕はいい先生だ」と自分に言い聞かせながら、「仲間でいたくて掲示板を消せなかった」「本当は助けたかった」と泣き崩れる。
ここに、真犯人のロジックとほぼ同じ「誰が悪い子で、誰が良い子なのか」というテーマが重ねられています。
森が口にした
・「僕も悪い子だとバレたら殺される」
という台詞は、
・犯人が“悪い子”を一人ずつ裁いている
・森自身も“悪い子リスト”のどこかに乗っている
という復讐のルールを示す伏線として機能しています。
掲示板「鷹里小の森」と「5年生のいじめ」
8話で改めて掘り下げられたのが、森とちょんまげが作ったホームページ「鷹里小の森」に残っていた掲示板の書き込みです。
- 「ドの子を無視しよう」という呼びかけ
- 投稿日時から、5年生当時の書き込みであると分かる
この二点が非常に重要な伏線になっています。
まず、「ドの子いじめ」が6年生の園子より前、5年生の段階で起きていたことが確定します。
つまり、
- 5年生の時に“ドの子”
- 6年生の時に“どの子”
という、二段構えのターゲットが存在していたことになる。さらに掲示板のログは、犯人にとっても“使える証拠”です。
・誰が書き込み、誰が見て、誰が止めなかったか
が一目で分かるからこそ、
・今の標的は「かつて悪口を書き込んだ/見て見ぬふりをした“悪い子”だけ」
という、復讐の選別ルールの根拠になっている。
森が「消そうとしたけど、仲間でいたくて消せなかった」と語るのも、後から見ると“共犯者”という言葉そのもの。ここが森が黒幕ではなく、「罪を抱えた傍観者」であると示す伏線にもなっています。
リコーダー曲「主人は冷たい土の中に」と“ドの子”の名付け
音楽の授業で子どもたちがリコーダーで吹いていた「主人は冷たい土の中に」も、8話で急に存在感を増した伏線です。
考察サイトやSNSでは、
- 歌詞に死者への追悼を思わせるフレーズが多い
- この曲の音階に「ド」が出てこないことが“あだ名の由来”ではないか
という説が浮上しています。
もし、
・リコーダーの授業でのミス
→「ドが吹けない」
→「ドの子」とからかわれる
→からかいがエスカレートしていじめになる
という流れがあったとすれば、
・音楽=紫苑の夢(ピアニスト)
・音楽=いじめのきっかけ
・音楽=死者へのレクイエム
という三重の意味がつながることになります。
「ドの子」という言葉が単なるニックネームではなく、紫苑の“壊された夢”と“早すぎる死”を象徴するフレーズだった可能性は非常に高い。
DVD「みんなの夢」と、最後に現れた瀬戸しおん
タイムカプセルから抜き取られていた「みんなの夢」DVDも、8話でついに再生されました。
映像の構成は、
- キングたち6人と森が夢を語る
- 森は「みんなと友達でいたい」と願っていた
- 最後に瀬戸しおんが登場し、ピアニストを目指していると語る
というもの。
ここで森はしおんの登場を合図に、
・「ドの子。もう一人のドの子」
と語ります。
このラストカットで、
- 紫苑=“もう一人のドの子”であること
- 紫苑の夢(ピアノ)が、音楽モチーフとリンクすること
が公式に提示されました。
さらにDVDは、真犯人にとって「絶対に世に出したくない映像」のはずです。
・紫苑の存在
・紫苑に何が起きたのかを知る手掛かり
がそのまま残されているため、
・DVDをめぐる攻防=紫苑の“記憶を残すか消すか”の戦い
として、9話以降の事件に直結していく可能性が非常に高い。
キングと花音の親子会話が、「カノン」への布石
8話で個人的に最も胸に残ったのが、キングが娘・花音に“いじめっ子だった”過去を告白するシーンです。
花音の返事――
- 「パパはいい子だよ」
- 「ちゃんと謝れば森先生も許してくれる」
は、あまりにもまっすぐでした。
ここには、
・悪いことをした人間に“やり直し”はあるのか
・過去の加害者も“良い大人”になれるのか
というドラマ全体のテーマが集約されています。
そして次回9話のタイトルは「カノン」。
- 娘の名前=花音(かのん)
- もう一人のドの子=瀬戸紫苑(音楽の夢)
- “カノン”という音楽の構造=旋律が時間差で重なっていく
これらを並べると、
・紫苑の壊された夢と、花音が新しく奏でる音
・過去のいじめと、今の親子の関係
が“時間差のカノン”として重ねられる伏線になっていると考えられます。
森は「犯人ではなく利用された側」だと示す描写
8話の森は、犯人のような冷酷さよりも、終始「怯え」と「罪悪感」が前面に出ています。
- 羽立を襲った犯人として疑われているのに、事情聴取に応じない
- DVDを守るために駆けつける手が震えている
- 花音に怒鳴ったあとも、奪うのではなくただ受け取るしかない
- キングとの対峙で「助けたかった」と涙をこぼす
これらのディテールから、考察班では、
- 森は真犯人ではない
- “利用された駒”であり、“傍観者としての罪”は残る
という方向で受け止められています。
森の台詞
・「僕も悪い子とバレたら殺される」
は、
・犯人には“悪い子を裁くルール”が存在する
・森はそのルールを理解している立場
であることを示す伏線としてとても重要です。
「どの子」と「ドの子」──二重構造が明確化された回
8話放送後、「ドの子」がSNSでトレンド入りしました。
ここで整理されるのが、
- 「どの子」=園子。転校直後に「どの子?」と指さされていた
- 「ドの子」=瀬戸紫苑。5年生当時すでにいじめられており、音楽モチーフで語られている
という二重構造です。
8話でDVDに瀬戸しおんが登場し、森が“もう一人のドの子”と認めたことで、
- 園子=“後から来た被害者”
- 紫苑=“忘れられた被害者”
という重みの異なる二つの被害が並列に提示されました。
これは単なる犯人当ての道具ではなく、
・誰の痛みが忘れられ
・誰の痛みだけが語られ続けてきたのか
という深い問題提起につながっています。
犯人候補の絞り込みへつながる、さりげない伏線
8話は森と紫苑に光を当てる回でしたが、その周辺で真犯人候補への伏線も強化されています。
考察コミュニティでは、
・東雲晴香
・高木加奈
・イマクニ店主・今國
の名前が、もっとも疑われる存在として挙げられています。
8話だけ見ても、
- オープニングの壊れたピアノと少女の影が紫苑の“記憶”を象徴している
- 東雲の意味深な視線
- 「空を飛ぶことが夢だった子が落ちて死ぬとは皮肉だね」という台詞が紫苑と共鳴する
など、“紫苑と近い誰か”が犯人である可能性を匂わせる表現が増えています。
SNSではさらに、
・高木加奈の旧姓が「瀬戸」では?
・娘・花音(かのん)の名前が紫苑のピアノの夢とリンクしているのでは?
といった仮説もあり、加奈にも疑惑の目が向けられています。
まとめ
8話「7人」は、
・7人目=森智也
・もう一人のドの子=瀬戸しおん
という大きな二つの謎を開示しながら、
・掲示板ログ
・リコーダー曲
・DVD
・キングと花音の親子会話
・森の「僕も悪い子とバレたら殺される」
といった精緻な伏線を一気に回収しつつ、さらに
・紫苑の過去
・真犯人の思想
・大人世代(東雲・加奈など)との繋がり
へ視線を誘導する構成になっていました。
この先9話と最終回でどこまで回収されるのか。
8話は“音”“名前”“忘れられた記憶”が重要モチーフであることを強調しており、改めて見返すことでラスト二話への理解が深まるはずです。
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良いこと悪いこと8話の感想&考察

8話は、単に「7人目の正体が分かる回」ではなく、「加害者」「傍観者」「被害者」の境界線をこれでもかと揺さぶってくるエピソードでした。ここからは、ライターとして、SNSでの反応も踏まえながら印象に残ったポイントを整理していきます。
森智也は“いじめの傍観者”という一番苦いポジション
まず語らずにはいられないのが、博士=森智也の描かれ方です。
彼は小学生の頃、キングたちと同じグループにいながら、園子や「ドの子」へのいじめを止めなかった。掲示板に溢れる悪口を前に「消さなきゃ」とつぶやきながらも何もできず、その後悔を22年間引きずり続けています。
一方、現在の森は「僕は立派な先生だ」「いじめたことなんてない」と自分に言い聞かせるように叫び、いじめ防止ポスターを破り捨てる。その姿には、
「本当は加害グループの一員だったのに、記憶の中で自分だけを“被害者寄り”に修正してきた大人」
の歪んだプライドが見えます。
SNSでも「森は一番リアル」「いじめの傍観者の罪をここまで真正面から描いてくるドラマはキツい」といった声が多く、森は単なる“ミステリーの駒”ではなく「自分もこうだったかもしれない」と刺さるキャラクターとして受け止められていました。
キングとの対話で森が崩れ落ち、「本当は助けたかった」と泣く場面では、
・ホームページを消せなかった罪悪感
・ちょんまげに“仲間”として覚えてもらえていた喜び
・それでも救えなかった自分への自己嫌悪
が一気に噴き出します。
「悪い子がいい子になろうとしたっていいはずだろ」というキングのセリフは、森に向けた言葉であると同時に視聴者への問いでもありました。
いじめを“見て見ぬふりした側”は、人を裁く側にも裁かれる側にもなる。その微妙な立ち位置を、森というキャラクターで見事に体現しています。
キングと園子、「加害者として生き直す」覚悟が揃った回
8話を見て強く感じたのは、「キングと園子の物語が、ここでようやく同じスタートラインに立った」ということです。
キングは娘・花音に、自分が“いじめっ子だった”事実を告白し、「今もそのツケを払っている」と認める。これは父親としての威厳や“良い子でいたい自分”を手放す覚悟がないとできない行為です。
対する花音は「パパはいい子だよ」と受け止めつつ、「ちゃんと謝れば森先生も許してくれる」と、許しの条件を冷静に提示する。ここに「謝ったから全てチャラ」ではなく、「謝ることはスタートラインでしかない」というドラマの倫理観が透けて見えました。
一方、園子は記者としての加害性を紗季に突きつけられ、「加害者の自覚を持って書く」と宣言します。
いじめ加害者としてのキング、報道の加害者としての園子。立場は違えど、「自分も誰かを傷つけてきた側だ」と認めた二人が、真の意味で“バディ”になった瞬間でした。
ここを丁寧に積み上げたからこそ、ラストの“瀬戸しおん”の登場が強烈に効いてきます。まだ見ぬ被害者の存在に向き合う準備がようやく整い、物語が次のフェーズへと押し出されていく。その構造がとても気持ち良かった。
「もう一人のドの子」瀬戸しおんとは誰か
DVDに映った瀬戸しおんは、園子とは別の“ドの子”であり、ピアニストになることを夢見ていた少女。OPに出てくる壊れたピアノの工作や、音楽室のリコーダーの演出と重ねると、彼女もまた音楽をきっかけにいじめの標的になっていた可能性が高まります。
ネット上では、
・「紫苑」という名前の花言葉(追憶・あなたを忘れない)
・童謡「主人は冷たい土の中に」や音階「ド」との語呂合わせ
といった点が指摘され、「名前そのものが“忘れられた被害者”の象徴なのでは」と読む声も多い。作品がどこまで意図しているかはさておき、“音”と“記憶”のモチーフを重ねてくる作りは非常に意図的です。
重要なのは、現時点では、
・瀬戸紫苑が生きているのか、既に亡くなっているのか
・本人が復讐しているのか、家族や親友が動いているのか
が一切明かされていないこと。
SNS考察では、
・東雲晴香が紫苑の身内説
・宇都見刑事やイマクニ組の誰かが紫苑の親族説
・高木加奈(キングの妻)が紫苑本人、もしくは姉妹説
など、多様な仮説が飛び交っていますが、8話の描写だけでは決定打には欠けます。
ただ、「園子=どの子」「紫苑=ドの子」という二重構造が明かされたことで、「いじめの被害者は一人ではない」「物語の都合で“見える被害者”だけを語るな」というメッセージはより強く感じられました。
しおんについては以下記事で解説しています。

真犯人候補の整理と、森が“外れた”意味
8話終了時点で最も大きな変化は、「森=真犯人説」が一気に弱まったことです。
・自分も殺される側だと怯えている
・ちょんまげを助けたかったと涙ながらに語る
・DVDを自らキングに託す
これらの描写から、森は“殺人を首謀した黒幕”というより、「真犯人に利用された存在」であり、「罪悪感をこじらせて暴走しかけた傍観者」として位置づけられたと考えるのが自然です。
一方、視聴者アンケートでは、
・イマクニ店主・今國
・ターボー
・宇都見刑事
・東雲晴香
などが依然として犯人候補に名前を連ね、「真犯人が“事件の外側にいる大人”なのか、“元同級生の誰か”なのか」で意見が割れています。
個人的には、8話の構成からすると、
・森=「傍観者の贖罪」を担う役
・紫苑(瀬戸しおん)=“忘れられた被害者”の象徴
であるため、真犯人は「紫苑と近しい誰か」である可能性が高いと感じました。
ただしこのドラマは「犯人当てゲーム」よりも、「誰がどの立場で罪と向き合うのか」というテーマに重心を置いているため、黒幕の正体が誰であっても、結末は「過去のいじめから逃げられない大人たちの物語」として描かれる気がします。
8話が突きつけた「良い子/悪い子」の境界線の曖昧さ
8話全体を通して最も刺さったテーマはこれです。
- 森は「僕は悪くない」と叫びながら、実際は加害グループの一員だった
- キングは“悪い子だった”ことを認めながら、今は“良い父親”であろうともがいている
- 園子は被害者でありつつ、記者としては他人の人生を左右しうる“加害者”にもなる
この三者の視点を並べることで、“良い子”“悪い子”という単純なラベルがいかに無意味かを、ドラマは丁寧に描き出していました。
ラストでキングが森に言った、
「やったことはなかったことにはならないけど、それでも悪い子がいい子になろうとしたっていいはずだろ」
というセリフは、シリーズ全体の“答えの一つ”に近いものかもしれません。過去は変えられないし、被害者の傷が完全に癒えることはない。それでも「少しでもマシな自分になろうとする努力」は、誰にも奪えない。
DVDの中で笑っている瀬戸しおんの姿は、
その努力が間に合わなかった子どもたち、声を上げられなかった“ドの子”たちの象徴として視聴者に残ります。
8話は、「犯人は誰か?」という謎解きの面白さに加え、
「自分は本当に“良い大人”と言えるのか?」
という問いを静かに突きつけてくる回でした。
ここから、“もう一人のドの子”の正体と、復讐の本当の意味がどのように描かれていくのか。
9話以降も、ただの考察遊びで終わらない、骨太なドラマが期待できそうです。
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