MENU

僕たちがやりました(僕やり)の3話のネタバレ&感想考察。“逃避”と“追跡”が重なる夜

僕たちがやりました(僕やり)の3話のネタバレ&感想考察。“逃避”と“追跡”が重なる夜

2話の空港での逮捕劇が、逃げる4人の足元から“日常の最後のかけら”を奪いました。

3話はその余波の中で、トビオが現実と向き合わされていく過程を丁寧に描いた回です。

逃避の甘さと現実の硬さが同じ時間に入り混じり、若さの軽さと罪の重さがぶつかる。その揺れを追いながら、本話の展開を整理していきます。

2017年8月1日(火)夜9時放送のドラマ『僕たちがやりました』(僕やり)3話のあらすじ(ネタバレ)と感想を紹介していきます。

※以後ネタバレ注意

目次

ドラマ「僕たちがやりました(僕やり)」3話のあらすじ&ネタバレ

ドラマ「僕たちがやりました(僕やり)」3話のあらすじ&ネタバレ

第2話の空港でパイセン逮捕を目の当たりにして逃げ出したトビオ(窪田正孝)。

第3話は、その翌日からの現実を真正面から描きます。

警察は教師・熊野の証言を手掛かりに共犯者の存在を確信し、病院で意識を取り戻した市橋(新田真剣佑)は復讐を誓う

逃げる若者たちと、追う大人や社会の距離が一気に縮まる一編でした。まずは物語の流れを丁寧にたどります。

逃げ出した“その後”――学校にも家にも戻れない

空港から一人で逃げ出したトビオは、「自分も捕まる」とおびえ、学校にも家にも戻れず街をさまよいます。

テレビやスマホから流れ込む事件のニュースは、彼の孤独と罪悪感を増幅させるだけ。第3話は、彼がどこへも帰れないことを確定させる冒頭で、逃亡劇の地平を固めます。

マルからの電話――「ごめん。最初から行く気はなかった」

やがて空港に来なかったマル(葉山奨之)からトビオに連絡が入る。

「最初から二人との約束をすっぽかすつもりだった」と白状するマルに、トビオは怒りよりも仲間でいたい気持ちを優先し、呼び出して説得。

「どうせ捕まるなら、死ぬまでにやりたいことを全部やろう」と、パイセンにもらったカネでの“やりたいことリスト”を持ちかけるのでした。

夜の繁華街で“やりたいこと”消費――若さの無音化

2人は夜の街へ。初めての大人の世界に飛び込んで現実を忘れるように遊びまくる。

第3話はここで、罪悪感と享楽が同じ時間で同居する居心地の悪さを意識的に見せます。

なお、この回は窪田正孝の役者人生初の尻出しや、葉山奨之の女装カットなど挑発的な画でも話題に。青春の軽さが、重い現実とぶつかり合う構図になっています。

“翌朝のまさか”――マル、カネを持ち逃げ

しかし翌朝、トビオを襲うのは最悪の裏切り。

一晩を共にしたマルが、パイセンから受け取った大金の大半を持ち逃げしていたのです。

友情への甘えと欲望が交錯する苦い瞬間。トビオは部室に隠しておいた100万円を回収しようと、凡下高校へ忍び込む決断を下します。

非常階段の影で――菜摘先生が語る“熊野の不審な行動”

夜の学校に忍び込んだトビオは、担任の立花菜摘(水川あさみ)に見つかります。

菜摘は「蓮子(永野芽郁)が心配している」とだけでなく、事件前夜の熊野(森田甘路)の不審な動きを話し始める。パイセンの目撃者でもある熊野。

日頃から生徒に脅されていたという背景とつながり、“熊野真犯人説”の芽がここでトビオの中に生まれます。

一方その頃――取調室のパイセン、病室の市橋

警察では飯室(三浦翔平)がパイセンを厳しく追及。

熊野の証言などから共犯者の存在を確信しており、パイセンの虚勢は徐々に剥がれていきます。

病院ではリハビリを始めた市橋が「早く見つけてこい」と手下に命じ、復讐のエンジンを始動。捜査(公)と報復(私)、二つの追跡が同時に走り始める描写です。

今宵の部屋、押し入れのトビオ――“居候”の甘さと痛さ

トビオは流れ流れて、伊佐美(間宮祥太朗)の恋人・新里今宵(川栄李奈)のアパートで一夜を明かすことに。

しかしそこで帰ってきたのは、首吊り自殺に失敗して生にハイになっている伊佐美。居場所を失ったトビオは押し入れに隠れて眠るしかない。この皮肉な居候コメディが、後の悲劇の口火になります。

テレビの“別角度映像”――「俺たちじゃないのかもしれない」

今宵の部屋でニュースを見ていたトビオと伊佐美は、爆発の位置関係や引火要因に言及する報道に触れ、「自分たちが仕掛けた場所とは違うのでは」と違和感を共有します。

軽い希望が差し込む瞬間。

しかし、それは彼らの罪を消す免罪符ではなく、別の闇が潜んでいる可能性の提示にすぎません。

「見つけたぞ」――市橋サイドの包囲網が今宵の部屋へ

その矢先、市橋の子分たちが今宵のアパートの所在を突き止める。

トビオと伊佐美は窓から逃げ場を探し、緊張は頂点へ。

第3話のラストは、公権力の包囲網に私的報復の包囲網が加わり、少年たちの逃げ道がほぼ消えたことを宣言して幕を閉じます。

裏側で進む“二つの線”――パイセンの追い詰めと、熊野疑惑の肥大

取調室では、飯室が共犯は誰だとパイセンを追い詰め、学校では熊野疑惑が静かに肥大していく。

第3話は、警察の線(公)とトビオの線(私)、そして市橋の線(復讐)が三叉に交わる節目です。すべての線が同じ地点へ向かって近づいている感覚を、緊張をほどかずに畳みかける構成が見事でした。

ドラマ「僕たちがやりました(僕やり)」3話の感想&考察

ドラマ「僕たちがやりました(僕やり)」3話の感想&考察

第3話は、「逃避の甘さ」と「現実の硬さ」が同じ時間帯に重なり合う回。論点を7つに絞って考えます。

“やりたいことリスト”は、現実の音量を下げるリモコン

トビオとマルの“やりたいこと消費”は、罪悪感を一時的にミュートするための装置です。

笑い、はしゃぎ、挑発的なショットまで用意して、観る側も一瞬“楽”になる。しかし翌朝、持ち逃げという最も現実的な事象が襲い、ミュートは解除される。快楽は現実の遅延装置でしかないと示す作劇は、若さに手厳しくて誠実。

マルの“最低”は、社会に接続されたリアル

マルはクズなのか。目先の利得のために友情を切るという意味ではクズです。

けれど同時に、“同調圧力に弱い凡人”を代表してもいる。逮捕や社会的制裁や人生設計を秤にかけたとき、個人が利己に傾く危うさは誰の内側にもある。マルは“普遍的な弱さ”の拡大鏡で、物語のリアリティを担っていました。

菜摘の証言と“熊野真犯人説”――疑惑の起点はどこか

菜摘の口から語られる熊野の不審な行動は、トビオに“第三の手”を想起させます。

ここが重要なのは、「俺たちの罪が軽くなる」方向ではなく、「構図が単純化しない」方向へ物語を押し出す点

もし“別の手”があるなら、トビオたちの過失責任と“真犯人の意図責任”が分岐する。第3話は、このモラルの二重化を丁寧に敷きました。

取調室とリハビリ室――“公の圧”と“私の圧”の二重拘束

飯室は証言を積み上げて法の圧を強め、市橋は“あいつらを見つけろ”と復讐の圧を強める。

少しでも気を抜けば法に、もう少しでも油断すれば報復に。

少年たちは二重拘束に絡め取られ、逃げ場が消えていく。逃亡サスペンスの緊張感は、この“二つの圧”を並走させる設計から生まれています。

伊佐美の“生還ハイ”――死線を越えた者の歪んだ昂揚

首吊りに失敗して生還した伊佐美が、奇妙にハイになって帰ってくる。

ここで描かれるのは、死線越えの昂揚という危うい心理です。彼は最も罪悪感に苦しんだ人物であり、その反動として“生の過剰さ”に振れる。間宮祥太朗のテンションの振れ幅が、若さの危うさを鮮やかに可視化していました。

“押し入れのトビオ”が象徴するもの

今宵の部屋の押し入れで夜を明かすトビオ。

この一枚絵は秀逸です。家という共同体の内側にいながら、名指されない存在として隠れている。彼が最も欲しているのは「普通に戻ること」ですが、普通の箱(押し入れ)に身を押し込めても普通には戻れない。物理的な隠れ場所は、倫理的な隠れ場所にはならないという事実を、画が語っていました。

“ニュースの別角度”――免罪符ではなく、問いの深化

映像の別角度や要因の報じられ方から、トビオは「俺たちじゃないかも」と一瞬希望を抱く。

けれどそれは責任を消すスイッチではない。むしろ「自分たちは何を引き金にしたのか」を考え直させるトリガーです。第3話は“真犯人探し”のフックを出しつつ、意図と結果の非対称というハードなテーマを観客の手に戻してきます。

総括

第3話は、逃避(快楽、友情、恋)と現実(法、報復、疑惑)がシーソーの両端で揺れ続ける回でした。

やりたいことリストは現実の音量を下げるだけで、翌朝の持ち逃げが音量を最大に戻す。菜摘の一言で“熊野真犯人説”が芽生え、飯室と市橋という二つの圧が同時に迫る。

押し入れという小さな箱に隠れた少年は、もう世界という大きな箱のどこにも隠れられない

その認識を観客に共有させることで、物語は“逃げながら責任に向き合う”第2幕へと滑り込みました。次話以降、「本当に罪と向き合う」とは何かが、より具体的な行動として問われていくはずです。

ドラマ『僕たちがやりました』の関連記事

次回以降の記事についてはこちら↓

過去の記事についてはこちら↓

ドラマの豪華キャスト陣については以下記事を参照してくださいね。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA

目次