1話の“謎の大爆発”が残した衝撃が、2話の朝にはより重い形を帯びて押し寄せます。

ニュースが告げる被害の大きさや捜査の加速によって、4人が置かれた状況は一気に現実味を帯び、日常の安全圏は跡形もなく崩れていく回でした。
軽い意図と重い結果のねじれがさらに広がり、若さと責任の境界が揺れ続ける2話の流れをここから整理していきます。
2017年7月25日(火)夜9時放送のドラマ『僕たちがやりました』(僕やり)2話のあらすじ(ネタバレ)と感想を紹介していきます。
※以後ネタバレ注意
ドラマ「僕たちがやりました(僕やり)」2話のあらすじ&ネタバレ

第1話の“謎の大爆発”の翌朝、テレビは「死者10名」を告げました。
犯行の意図は“ビビらせる”だけだったはずなのに、現実は最悪の結果へ。
トビオ(窪田正孝)、伊佐美(間宮祥太朗)、マル(葉山奨之)、パイセン=小坂秀郎(今野浩喜)の4人は、いよいよ“容疑者”という座標に組み込まれていきます。
警察はテロの可能性も視野に捜査を本格化。しかも、矢波高の教師・熊野直矢(森田甘路)が「犯人を見た」と名乗り出る。4人の「軽さ」は、社会の重力に引き寄せられて崩れはじめます。
「死者10名」が現実になる朝――“逃げ切れるはず”が崩れる
ニュースが告げる死者数、現場映像、街のざわめき。
トビオの「そこそこ人生」は、もはや過去形です。怯えるトビオに対し、パイセンは「俺らの仕掛けであの規模は無理。別のやつの仕業だ」と言い張る。
責任を外へ押しやるこの論理は、彼らの心の防波堤でもある一方で、のちの“逃避”と“分断”の火種にもなっていきます。
捜査の網と“似顔絵”――パイセンに迫る手
警察は矢波高と凡下高の周辺を幅広く聴取。
熊野の証言を基に“犯人の似顔絵”がニュースで公開され、パイセンそっくりの顔が全国へ流れる。空気は一気に凍りつき、凡下高の仲間内でも「やばい」という言葉が現実味を帯びていく。
パイセンはなおも強気だが、彼へ直に“網”がかかっているのは明らかです。
「口止め料300万円」と“何も無かったぁ!!”――倫理の壊れ方
観念しかけたパイセンは、トビオ/伊佐美/マルに一人300万円の現金を配り、「一切口をつぐめ」と口止め。
真相を知るのは4人だけ、黙っていれば平穏は戻る――そんな稚拙な“論理”に、3人は一瞬だけすがってしまう。
ビリヤード台で「何も無かったぁ!!!」と叫ぶ空元気は、自己暗示以外の何物でもありません。けれど、その直後にテレビがさらに“とんでもない”ニュースを流し、彼らの“現実逃避”は粉々になります。
トビオと蓮子、カラオケでの“初キス”――罪悪感と甘酸っぱさの同居
追い詰められたトビオは、幼なじみ・蓮子(永野芽郁)をカラオケに呼び出し、勢いで「キスしない?」と迫る。
2人はついに初キスへ。
容疑者として追われるサスペンスの只中で差し込まれる甘酸っぱい一幕は、彼が「今だけは“普通の高校生”に戻りたい」と願う心の逃避でもあります。
演出としては、逃亡サスペンスと青春ラブの二重奏がここで初めて強く響く構成。
「プーケット高跳び作戦」――空港で見た“現実”
“この街”から離れればなんとかなる――パイセンは金に物を言わせ、プーケットへの高跳びを提案。
トビオも揺れて空港へ向かいます。しかし、目の前で“パイセン逮捕”。金も虚勢も、公権力の前では無力だと突きつける幕切れです。ここで第2話は“逃亡劇”の本格始動を宣言して終わります。
死んだはずの男が目を覚ます――“復讐の復讐”の予感
ラスト、重傷で“死亡した”と報じられていた市橋(新田真剣佑)が病院で目を覚ます。
ニュースに映る“パイセンの似顔絵”を見つめるその視線は、“復讐の復讐”の始まりを予感させる鋭さ。警察に加え、不良側の報復という新たな圧も物語に加わります。
ドラマ「僕たちがやりました(僕やり)」2話の感想&考察

第2話は、「罪の重さ」と「若さの軽さ」が同じ画面に同居する気持ち悪さをあえて整理せずに見せ切ったエピソードでした。論点を6つに絞って深掘りします。
300万円の“共同正犯化”――カネで封じたのは口か、良心か
パイセンの口止め料300万円は、単に沈黙を買う行為ではありません。
“同じ利害”で4人を縛る共同正犯のロープです。瞬間的に気が軽くなるのは、責任を分割できたと錯覚するから。しかしテレビの続報ひとつで、分割したはずの責任が一斉に牙を剥く。
この不安定さを、ビリヤード場の「何も無かったぁ!!!」という空疎な叫びが象徴していました。ここは“逃避の最盛期”であり“崩壊の序章”でした。
“似顔絵”がつくる世論という裁き――私刑はどこまで許されるか
ニュースでパイセンそっくりの似顔絵が流れた瞬間、彼らは顔に名前を貼られる。
刑事捜査より早い速度で、世論が“断罪の物語”を描き始める。第2話は、メディア露出が社会的死にもつながる現実を突きつけました。これ以降、4人は警察の網と世間の視線の二重拘束で追い詰められていきます。
「俺らの仕掛けであの規模は無理」――“第三の手”仮説の意味
パイセンの主張は、因果の切断です。「爆発の規模が過剰」という事実を前に、“別の何者か”の介在を疑う。
これは作劇上、ミステリーの火種であると同時に、トビオたちの心理的な救命ボートでもある。視聴者はここで二つの読み筋に誘われます。(1)彼らは過失の引き金を引いただけで結果責任は重い/(2)本当に第三者がスケールを増幅している可能性。第2話は結論を出さず、モラルの曖昧さを維持します。
“逃避のキス”――甘さが背徳を照らす
トビオと蓮子の初キスは、ロマンチックであると同時に、罪悪感を一時的に無音化する逃避行為として配置されていました。
ここでドラマは「逃亡サスペンス」と「青春ラブ」を衝突させ、視聴者の倫理を揺らす。
キスの余韻が消えるやいなや現実が押し寄せる構図は、若さの“同時進行性”(恋も罪も同じ時間で進む)を冷酷に可視化します。
5|空港逮捕の“見せ方”――虚勢が法の前に剝がれる瞬間
空港という出口の手前で、パイセン逮捕。
ここは“金と機転さえあれば逃げ切れる”という彼の神話が崩落する決定的な絵です。
逃亡劇は“軽妙なゲーム”では終わらないと観客に理解させる強いカットでした。直後に走るトビオの顔は、現実の速度に顔面を打たれた少年そのもの。シリーズのギアがここで一段上がります。
二つの追跡――“公的な正義”と“私的な復讐”
第2話ラストで市橋の生存が明かされ、“復讐の復讐”が立ち上がる。以後の彼は、警察とは別のベクトルで4人を追い詰める私的な圧力の象徴。ドラマは「法(公的)」と「報復(私的)」という二系統の力を同時に走らせる構造で、逃亡譚を単純化させない。これにより、トビオたちがどちらにも“正しくない”宙吊りの場所にいることが際立ちます。
総括
第2話は、「共同体(4人)を守るための嘘」が、逆に4人を共同で縛る鎖になるという皮肉を、極めてクリアに描きました。
300万円の現金は“罪の重さ”を目隠しする布ですが、ニュース一つで簡単に剝がれる。
似顔絵は社会の私刑を招き、キスは若さの言い訳を炙り出し、空港逮捕は虚勢を粉砕する。ラストの市橋覚醒で、物語は二重の追跡(法と復讐)に突入。ここから“逃げながらどう責任に向き合うか”という本題が始まります。
引き続き、逃亡サスペンスのスリルだけでなく、意図と結果の非対称という硬いテーマがどう着地するのか、見届けたいところです。
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