シーズン3の第6話は、サブタイトルの通り「余命嘘つきお父さん」。
一見すると分かりやすいタイトルなのに、見終わると残るのは「嘘をついた人」を責める気持ちではなく、嘘をつかずにいられなかった孤独でした。
舞台は、どこにでもありそうな“普通の家庭”・丸山家。
夫・武が「がんで余命半年」と告げた瞬間、止まっていた家族の歯車が、皮肉にも回り始めます。
けれどその余命宣告は、まさかの誤診。命は助かったはずなのに、武の心は逆に追い詰められていくのです。
第6話が描くのは、家族の中でいつの間にか“空気”になってしまった父親の存在と、優しさの裏に潜んでいた本音。
笑える場面の多い回なのに、ふとした瞬間に胸が締めつけられる、静かで残酷な一話でした。
※ここから先は、第6話の結末までを含むネタバレで進みます。未視聴の方はご注意ください。
家政夫のミタゾノ(シーズン3)6話のあらすじ&ネタバレ

第6話のサブタイトルは「余命嘘つきお父さん」。タイトルだけでオチが見えるようでいて、見終わると「いや、これは“嘘つき”を責める話じゃなくて、嘘をつかざるを得なかった人の孤独の話だったんだ」と、じわじわ胸に残る回でした。
今回の舞台は、豪邸でも政治家一家でもなく、いわゆる“どこにでもいる普通の家庭”の丸山家。むすび家政婦紹介所の面々が「普通すぎて逆に怪しい」と疑ってしまうのが、まずミタゾノらしくて笑える。だけど、笑っているうちにスッと温度が下がる。夫・武が「がんで余命半年」と告げられている──その一言が、家族の空気も、彼自身の人生も、一気に塗り替えていく。しかも、その余命宣告はまさかの誤診で…。
ここからは、丸山家で起きたことを最初から最後まで、ネタバレ込みで追っていきます。私は基本、ミタゾノって「笑って見られる皮肉ドラマ」だと思っているんだけど、この第6話は笑いの奥にある痛みが、いつもより近かった。家族の中で“空気”になってしまう怖さって、たぶん誰の家にも少しずつあるから。
依頼主が“普通すぎる”――むすび家政婦紹介所のざわつき
むすび家政婦紹介所に入った依頼は、「夫は中小企業勤めの会社員、妻は専業主婦」という、あまりにもテンプレみたいなプロフィール。これまで権力者やセレブの“とんでもない秘密”を暴いてきた面々からすると、普通=裏がある、になってしまうのが悲しい性(さが)だよね。人って、刺激に慣れると、平凡を信じられなくなる。
頼子は「詐欺かもしれない」と眉をひそめ、萌は「絶対怪しい!」と前のめり。光は相変わらず可愛いリアクション担当で、その空気を柔らかくしてくれる。そんな中で三田園だけが無言で空気を読み、決断のタイミングを測っている感じがする。
派遣するかどうかの判断が、なぜか“風船を膨らませて割れるか”みたいな謎ルールになるのも、この番組らしい小ネタ。ここ、ただのギャグじゃなくて、あとでじんわり意味を帯びてくる。今回のキーワードは、目に見えないのに生きるために必要なもの――そう、「空気」だから。風船も、パンケーキも、家族も、結局は“空気の扱い方”で形が変わっていく。
丸山家へ到着:散らかったリビングと、笑顔の練習みたいな家族
丸山家に着くと、まず目に入るのは散らかり放題のリビング。雅子は明るく出迎えてくれるけど、どこか“張り付いた笑顔”っぽさがある。武はお金の心配をしていて、娘の紗英は金髪ギャル全開。誰も悪い人じゃなさそうなのに、会話の端々に「本音を言わない家」の匂いがする。
私、こういう家庭の“静かなギクシャク”がいちばん怖い。怒鳴り声が飛び交う家庭よりも、波風を立てないために感情をしまって、しまい続けた結果、誰も何も言えなくなっていく感じ。丸山家はまさにそれで、表面は穏やかなのに、どこか冷えている。
三田園があっという間に部屋を整えてしまうのも、逆に怖い。家が整うと、隠していたものが浮かび上がる。ミタゾノって、掃除で“表面”を綺麗にしてくれるけど、その代わりに“中身”を暴きにくる人なんだよね…。整頓された部屋は、嘘が転がりにくい。
緑色のパンケーキと、ひとつ多い食器
日曜の朝は、武がパンケーキを焼くのが決まり。家政婦たちが手伝おうとしても「日曜の朝はこれでいい」と譲らない。たぶんここだけが、武が“父親らしくいられる時間”なんだと思う。家族のために何かをしている実感。存在している実感。
ところが出てきたのは、なぜか緑色で、味も独創的すぎるパンケーキ。光の顔が「おいしい」と「無理」を行ったり来たりしていて、こっちまで胃がキュッとなる(笑)。紗英も「え、なにこれ…」みたいな顔をしてるのに、武はにこにこしているのがまた切ない。誰かの“善意”が空回ってる時って、こんな表情になる。
でも、ここで私が引っかかったのは、パンケーキの色よりも、三田園が用意した“4人分”の食器。リビングにいるのは武、雅子、紗英の3人だけ。空席がひとつある。三田園は当然みたいにその空席を作る。…この時点で、もう見抜いてるんだろうな。
案の定、長男の清がいることが判明する。ただし彼は長い間、部屋に引きこもっている。家族が「4人家族」と言いながら、実際は“3人+壁の向こうに1人”。その距離感が、妙にリアルで苦しい。家族って、血がつながってるだけじゃダメで、同じ空間で同じ温度を共有できないと、簡単に“別の世界”になってしまう。
「余命半年なんです」――武の告白で“家族ごっこ”が始まる
食卓で武が告げた「がんで余命半年」の事実。ここから丸山家の空気が一変する。さっきまで噛み合っていなかった家族が、急に“優しい家族”になっていくんだよね。私はこの流れが、正直ちょっと怖かった。だって、人ってそんなに簡単に変われる?って。
でも、武の表情を見ると、それでも嬉しいんだと思う。病気になってから、やっと家族が同じ方向を向いてくれた。やっと、自分の存在が家の真ん中に戻ってきた。病気という不幸が、家族を一つにしてしまう皮肉。だけど、今の武はその皮肉にすがりたいくらい切実で、だから胸が痛い。
雅子が家政婦を雇った理由も、「家事を任せて家族と過ごす時間を増やしたい」というもの。言葉だけ聞くと、すごくいい話。私は一瞬「泣ける回かな」と思ってしまう。でもミタゾノって、必ず“その言葉の裏側”を見せてくる。優しさの裏に、何が混ざっているのか。逆に言えば、混ざり物があるからこそ人間っぽいんだけど、その混ざり物が時に残酷になる。
会社で限界、病院で地獄:誤診が“幸せ”を奪う
武は会社でもギリギリだった。上司にネチネチ追い詰められて、「死ぬ気でやれ」と言われて、ついに爆発する。「半年後に死ぬんだよ!」と叫んで、会社を辞めてしまう。ここ、笑えないほど生々しい。病気って、体だけじゃなく社会的な立場も一緒に削るんだよね。しかも、宣告された側は「もう戻れない線」を越えてしまいがち。投げやりになるのも分かってしまうのが苦しい。
そんな武に病院から呼び出しがかかり、なぜか三田園が診察に同席する。三田園が“奥さん役”みたいに自然に座っているのも可笑しいのに、武にとってはそれどころじゃない。医師たちが並んで頭を下げた瞬間、私も息が止まった。原因は画像の取り違え。つまり武は、がんじゃなかった。
普通なら「良かった!」ってなるのに、武は喜べない。会社は辞めた、上司には啖呵を切った。でもそれ以上に、家族が優しくなってくれた日々が終わってしまうのが怖い。ここ、すごく人間だと思った。喜ぶべきニュースを前に、心が置いていかれる。病気の“現実”が消えたとしても、病気が連れてきた“幸福”まで一緒に消えるなら、何が正解なのか分からなくなる。
そこで武は三田園に「しばらく家族に黙っていてほしい」と頼む。病気が嘘だったら、家族の愛も嘘になってしまう気がしたんだと思う。私はここで、武を責められなかった。嘘をつくのは悪い。分かってる。でも、やっと温まった家族の部屋の温度を、もう一度冷たくする勇気って、そんな簡単に出ない。
赤飯の夜:祝われたのは“父の回復”じゃなく、息子の一歩
その夜、食卓に並んだのは赤飯。武は「もうバレた…?」と焦るんだけど、喜んでいたのは別の理由だった。清が部屋から出てきたのだ。久しぶりに家族4人で食卓を囲む丸山家。ここだけ切り取ると、本当にいいシーン。
清は「働く」と宣言し、紗英も父を心配させまいと、どこか真面目になろうとする。余命半年の影響力って残酷で、でも確かに強い。人を動かすだけの“期限”を作ってしまう。武は嬉しいのに苦しい。嬉しいからこそ、真実を言えば全部崩れる気がして、言えない。
私はこのシーンで、武の気持ちが想像できすぎて苦しくなった。もし「嘘でした」と言えば、清が部屋に戻ってしまうかもしれない。紗英のやる気も、雅子の優しさも、全部“元通り”になるかもしれない。そう思ったら、言葉が喉に貼り付いて出てこないよね。
そしてここで、萌がとばっちりを受ける。清が「彼氏いるの?」と聞いただけで、萌は(私も一瞬)「え、恋?」って思ってしまう。でも清が求めていた“メイド”は、萌じゃなくて三田園だった。勘違いでテンパる萌が可愛いのに、同時に彼女の“報われなさ”も見えて切ない。
“がんもどき”騒動:秘密が増えるほど、武は追い詰められる
次の日、光がうっかり「がんじゃなかったんですか!?」と大声を出し、武は心臓が止まりそうになる。ところが光が話していたのは料理の「がんもどき」。この噛み合わなさがミタゾノっぽいんだけど、武にとっては地獄。言葉が同じ音に聞こえるだけで、世界が崩れそうになる。嘘を抱えるって、それくらい繊細な状態なんだと思う。
結局、武は光にだけ真実を打ち明けてしまう。秘密が「家族に黙っている」から「家族以外は知っている」に変わった瞬間、嘘が嘘を呼び始める。優しさを守るための嘘が、武自身をどんどん孤独にしていくんだよね。
ここで私が怖かったのは、“秘密を共有した相手が増えるほど、家族の中で武だけが浮いていく”感じ。家族に隠しているというだけで、武は家族と同じ場所にいながら別の世界を生きることになる。清が部屋に引きこもっていたのと、構造は似ている。壁の向こう側にいる人が、もう一人増えただけ。
アルバムに父の写真がない――“空気”だった武の居場所
むすび家政婦紹介所で丸山家のアルバムが開かれると、そこに武の写真が一枚もない。私はここで鳥肌が立った。家族写真って、普通は「家族の証拠」なのに、丸山家にとっては「父がいない証拠」だったから。
「たまたま撮る側だっただけじゃない?」って最初は思いたい。父親って、写真撮ってること多いし。でも“1枚もない”は不自然すぎる。つまり、これは偶然じゃない。武は、意識的に、もしくは無意識のうちに、家族の記録から消されていった。
家の中で武は、いつの間にか“空気”みたいな存在になっていた。いて当たり前、いなくても困らない、話しかけなくても生活は回る。そうやって、人は大事なものを見失う。たぶん武も、家族に強く出たり、怒ったり、泣いたりできない性格で、気づけば“消えていく側”に回ってしまったんだと思う。
私はこの回を見て、「父親が空気になる」って、すごく怖いことだなと改めて思った。父親だけじゃない。母親でも、子どもでも、誰でもなり得る。家族の中で役割が固定され、感情が固定され、存在まで固定される。その固定が“見えなくなる”方向に働いた時、人は簡単に消えてしまう。
優しさの正体は保険金――丸山家の“計画”が武を刺す
さらに残酷なのが、家族の優しさの理由が見えてしまう瞬間。雅子たちは、武に生命保険をかけていて、それぞれ「保険金が入ったらやりたいこと」を思い描いていた。世界一周クルーズ、メイド喫茶、留学…。武に優しくしたのは、愛だけじゃなく、未来の資金計画も混ざっていた。
もちろん、家族だって本気で武の死を望んでいたわけじゃないと思う。人って、怖いことを直視できない時、現実逃避で“その後の計画”を立てちゃうことがある。泣くより先に、電卓を叩いてしまうみたいな。だから私は、雅子たちを完全には責められない。
でも、武にとっては別問題。自分が“家族の夢”のための装置に見えた瞬間、父親としての尊厳がズタズタになる。家族が久しぶりに笑っているのを見て、嬉しかった自分が恥ずかしくなる。愛されていたと思ったのに、愛されていたのは“保険金が入る未来”だったのかもしれない。そんな疑いが一度生まれると、元には戻れない。
ここがこの回のいちばんエグいところで、私は画面を見ながら「武さん、聞かないで…」って何度も思った。でも物語は、聞かせるんだよね。ミタゾノは、見せるんだよね。人が一番見たくない現実を。
いざ告白…のはずが:ミタゾノの“誘導”で聞いてしまった本音
武は、本当のことを家族に打ち明けようとしていた。誤診で命が助かったなら、それをちゃんと伝えて、もう一度やり直したい――たぶんそこまでは本気だったと思う。三田園も武に「御武運を」みたいな顔をして背中を押すんだけど、同時に“真実を言う前に、真実を見ろ”とでも言うみたいに、武をある場所へ導く。
廊下にワックスをかけすぎてツルツルにして、「玄関から入ったら滑るから、庭から回って」と言う。笑っちゃうくらい雑な誘導なのに、武はその通りにしてしまう。そしてリビングの前を通った時、家族が楽しそうに話している声が耳に入る。──保険金で何をするか、の話だ。
ここが地獄。だって武は、今から「がんじゃなかった」と告げようとしていたのに、その直前に「がんだった方が都合がいい未来」を聞いてしまうから。しかも言葉が、あまりにも無邪気で、あまりにも生活の匂いがする。豪華客船、メイド喫茶、留学。夢を語っているだけなのに、武の存在が“夢の原資”に変換されていく音がする。
私はこの場面、誰が悪いとも言い切れなくて苦しかった。家族だって怖いし、現実から目を逸らしたいし、笑っていないと壊れそうだったのかもしれない。だけど、聞いてしまった武の心は、そんな事情ごとまとめて折れる。たぶんこの瞬間、武は「自分は空気じゃなくて、もう“金”なんだ」と感じてしまったんだと思う。
消えた父を探せない――警察が求めた写真が“一枚もない”衝撃
ショックを受けた武は、公園で自殺を図ろうとする。ここで三田園が、止めるんじゃなくて一瞬“手伝うふり”をするのが怖い。突き放すように見えて、でも結局は止める。優しさが分かりにくい人同士の、いびつな救い方だった。
そして翌朝、武と連絡が取れなくなる。家の空気が一気に冷える。警察まで来て捜索が始まるのに、ここでまた残酷な事実が突きつけられる。警察が「写真を貸してください」と言った時、家族は差し出せない。だって、家族写真の中に武がいないから。
“探したいのに、探す手がかりがない”。これって、ドラマとしては強烈な皮肉だけど、現実でも似たことがある気がする。人は、普段から見ていないものは、いざ失った時に思い出せない。声も、匂いも、癖も、表情も。写真がないって、記録がないって、存在の輪郭が薄いってことなんだよね。家族にとって武は、いつの間にかそれくらい“薄い存在”になっていた。
死んだふり、屋根裏、そして修羅場:嘘が最悪の形で転がる
武は絶望して、「死んだふり」をする。ここがタイトルの“嘘つき”に直結してくるところ。自分が“空気”なら、いっそ本当に消えてやろう、みたいな投げやりさが透けて見えて、笑えないのにミタゾノは平然と段取りを進める。
私はこの展開で、武の気持ちが分かるからこそ苦しかった。空気扱いされるなら、空気として消えた方が楽。そう思ってしまう瞬間って、きっとある。だけど家族にとっては、突然の“消失”は爆弾でしかない。武の嘘は、自分を守る嘘だったはずなのに、最終的には家族を壊す方向へ転がっていく。
武本人は“死んだふり”と言っても、実際にどこかへ行ったわけじゃない。屋根裏に身を潜め、三田園とこっそり連絡を取りながら、下で家族が右往左往する様子を見ている。冷静に考えるとかなり異常な状況なのに、武の目線で見ると「これくらいしないと自分の存在に気づいてもらえない」という切迫感があって、笑えない。
三田園は三田園で、武をただ慰めるんじゃなく、わざと家族をパニックにさせるように事態を転がす。靴が見つかった、連絡がつかない、警察が来る…と“最悪”を一度見せておいて、次に「家族の危機」を演出し、武が守りに出てくる舞台を用意する。便利屋にヤクザ役を頼むという荒技まで出てくるのが、さすがミタゾノ。武のためというより、「この家族がこのままだと本当に壊れる」と見切ったからこその強制リセットに見えた。
しかも、事件は“家族の問題”だけでは済まなくなる。紗英のチンピラ彼氏・岸田和也が現れ、過去のバイト炎上(コンビニのアイスケース写真みたいなやつ)をネタに恐喝してくる。しかも、紗英が「保険金が入ったら払う」みたいな連絡をしてしまっていて、和也はそれを回収しに来た形。家が一気に修羅場になる。
紗英の恋愛って、いわゆる“悪い男に惹かれる”の典型にも見える。でも私は、紗英がただバカなわけじゃないと思った。家の中で父が空気になっていく環境って、子どもにとっても安心できる居場所じゃない。だから外で強いものに縋ってしまう。強い男、危ない男、分かりやすい刺激。そこに救いを求めてしまうのも、分からなくはない。でも、その選択が自分を追い詰める。
牛乳一気飲みが謎にカッコいい:清が家族を守る瞬間
和也が暴れ、雅子と紗英が追い詰められ、武は屋根裏から見ているだけ。ここで「父親が守る展開」を期待してしまうんだけど、武は怖くて動けない。父親なのに、父親でいられない瞬間。私の胸がいちばん苦しくなったのはここだった。
その代わりに前に出たのが、清。しかもきっかけは、三田園が和也の前で牛乳を一気飲みするという謎行動。意味は分からないのに、なぜか場の空気が変わって、清が体当たりして和也を倒す。結果として、家族は守られる。清の“引きこもりからの一歩”が、ここでただの更生じゃなく「守る力」になるのが熱かった。
萌が「私が好きなんだ!」と舞い上がっていたのに、清の視線の先にいたのが三田園だった…というオチも、この回の切なさを中和してくれる。笑えるのに、どこか寂しい。誰かに守ってほしい気持ちって、恋にも似てるから。
ただ、武にとってはまた痛い現実でもある。自分がいなくても家族は助かった。やっぱり自分は空気だったんだ、と確認させられてしまうから。父として守れなかったこと、男として怖かったこと、その全部が一瞬で突きつけられる。
段ボールの中の家族写真と通帳――武の愛がやっと可視化される
武がいないまま事態が落ち着き、そこへ“会社の人”が武の私物を段ボールで届けに来る。中から出てきたのは、昔の家族旅行の写真。やっと「4人で写っている写真」が出てくる。さらに写真立ての中には通帳が隠されていて、武が毎月のお小遣いをほとんど使わず、子どもたちの将来のために貯めていたことが分かる。
私はここで、やっと“武の言い分”が世界に届いた気がして泣きそうになった。武は声高に「愛してる」とは言わない。代わりに、黙って貯めて、黙って守って、黙ってパンケーキに嫌いな野菜を混ぜてた。愛し方が不器用すぎる。なのに、その不器用さが“空気”扱いされる原因にもなっていたのが、悲しい。
しかも、あの緑色のパンケーキには、清の嫌いなほうれん草、紗英の嫌いなピーマンが入っていた。つまり武は、わざわざ嫌われ役になってでも、子どもに栄養を取らせようとしていた。
この事実、私の中ではめちゃくちゃ刺さった。親の愛って、往々にして“美味しい”形で出てこない。子どもからしたらただうざい、ただ余計、ただまずい。だけど大人になって振り返った時、あのまずさの中に一番大事なものが混ざっていたって気づく。
ミタゾノ流パンケーキの答え:「隠し味は空気」
そして、最後の鍵になるのが三田園のパンケーキ。三田園が作るパンケーキは、見た目からしてふわっふわ。どうしてこんなに違うのかと問われた三田園が言うのが、「隠し味は空気です」という一言。空気を含ませることで、ふくらむ。目に見えないけど、確かにそこにある。
この台詞、料理のコツとして成立しているのに、丸山家の話として聞くと刺さり方がえげつない。空気って、ないものじゃない。吸い込んで初めて「生きてる」って実感できるもの。武も同じで、普段は気づかれなくても、いなくなりそうになって初めて「必要だった」って分かる存在だった。
そして何より、最初の“風船”の小ネタが、ここで回収される感じがする。空気をパンパンに入れた風船は、破裂する。家族も同じで、我慢を空気みたいに溜め込んでばかりだと、いつか破裂する。でも空気を上手に含ませれば、パンケーキみたいにふくらんで、柔らかくなる。家族って、たぶんその繰り返しなんだと思う。
屋根裏から降りてきた武:嘘だらけでも、家族の第一声は「よかった」
家族が「お父さんのパンケーキが食べたい」と言った時、武は屋根裏から降りてくる。そして土下座して、全部を告白する。がんも嘘、死んだふりも嘘。最悪な嘘つきなのに、家族の第一声は「死ななくて良かった」。この優しさ、遅いけど本物だと思った。
清が「だったら作ってくれよ。親父のパンケーキ」と言うのも、ずるい。私はここで涙腺が崩壊した。結局、家族って、完璧な人間の集合じゃない。傷つけ合うし、勘違いもするし、打算も混ざる。でも、失うかもしれないと思った瞬間に出る言葉だけは、案外嘘がつけない。
武も、ここでやっと“生きる覚悟”を取り戻したように見えた。余命半年の嘘で得た優しさじゃなくて、本当の自分の人生として家族と向き合う覚悟。嘘をついたことは消えないけど、嘘がきっかけで“本音”が出たなら、その嘘はただの悪じゃなく、きっと再出発の痛みになる。
家政夫のミタゾノ(シーズン3)6話の豆知識・家事情報
第6話は、いわゆる“大豪邸の闇”じゃなくて、どこにでもいそうな普通の家庭が舞台。だからこそ家事テクも、日常にそのまま持ち帰れるものが多くて助かりました。しかもこの回のキーワードが「空気」なのがまたニクい……家事って、がんばった形が残りにくいぶん、空気みたいに扱われがちだから、余計に刺さるんですよね。
秒速でTシャツを畳む:3点つまみテク(“手数”じゃなく“コツ”で勝つ)
ミタゾノさんがやってたTシャツの畳み方、あれは一度覚えると気持ちいいくらい早いです。ポイントは「畳む」というより「つまんで回す」。
私がやるときは、だいたいこんな流れ。
- まずTシャツを机や床に平らに広げる(シワをざっくり伸ばす)
- “3点”を探す
①肩のあたり(袖の付け根近く)
②胴の真ん中あたり(だいたいみぞおち位置)
③裾の端っこ - ①と②をつまんだ手は固定したまま、③をつまみにいく
- そのまま「くるっ」と返すようにすると、だいたい形が整って畳める
コツは、最初にTシャツを“広げ切る”こと。ここが雑だと、結局あとで直す時間が増えてしまって、時短にならないんです。
それと、慣れるまで「腕が絡まる」みたいな感覚になるんですけど、これ、最初だけ。数枚練習すると、手が勝手に覚えます。面倒くさがりの私でも「楽しい」に一瞬で変わるので、家事のテンションが上がらない日に特におすすめです。
あずきアイスで赤飯:お祝いごはんを“気軽に”する裏ワザ
赤飯って、ちゃんと作ろうとすると地味にハードル高いですよね。ささげの下処理とか、色出しとか、失敗すると「え、何色?」みたいになるし。
第6話で登場したのが、あずき系のアイスを“そのまま炊飯器に入れる”というズルい(好き)方法。やり方のイメージはこうです。
- もち米+うるち米を混ぜる(比率は家庭の好みでOK)
- 1時間ほど浸水しておく
- 水加減は少し控えめ(やわらかくなりすぎ防止)
- スティックを外したあずきアイスを入れて、普通に炊く
お祝いって、気持ちが大事なのに「手間」を理由に遠ざけがち。だからこそ、このくらい気軽でいいと思うんです。
で、ここが私の推しポイントなんだけど、甘みが出やすい分、ごま塩をしっかりめに振ると一気に“それっぽさ”が出ます。甘い→しょっぱいの往復、あれは罪。
ふわふわパンケーキ:レンチン+メレンゲで「空気」を仕込む
この回のパンケーキ、ただ美味しそうなだけじゃなくて“意味”を背負ってるのが良かったです。ふわふわの正体が「空気」って、家事テクの話なのに人生の話に聞こえてくるからズルい。
作り方の肝は2つ。
- 卵白をちょい凍らせてからメレンゲ
冷凍庫で軽く冷やした卵白を泡立てると、空気を抱き込みやすくなって、ふわっとした生地になりやすい。 - セルクル(型)+レンチンで“先に膨らませる”
牛乳パックを輪っか状に切って簡易セルクルにして、ラップを敷いたり油を塗ったりして生地を流す。そこから電子レンジで加熱して、ふくらみを作ってからフライパンで焼き色を付ける。
材料も、ホットケーキミックス・卵・ヨーグルトみたいに、わりと家にあるもので成立するのが嬉しいところ。休日の朝にこれ出てきたら、それだけで優勝です。
あと“豆知識”として好きだったのが、「野菜をすりおろしてパンケーキに混ぜる」発想。子どもが苦手なものほど、正面突破が難しいから、こういう“おいしい嘘”は救いなんですよね。
家政夫のミタゾノ(シーズン3)6話の感想&考察

第6話は、派手な暴露よりも、じわじわ心を削ってくるタイプでした。
笑えるところもあるのに、ふとした瞬間に胸の奥が冷たくなる。家族って一番近い存在なのに、一番雑に扱ってしまう相手でもあるんだなって、見ていて痛かったです。
「余命半年」が家族を変える、その優しさが怖い
夫の武が余命半年だと知った途端、家族が少しずつ変わっていく。ギャルっぽかった娘は真面目に過ごそうとして、引きこもりだった息子も動き出して、家の空気がやわらかくなる。
これ、素直に感動する部分なんだけど、同時に怖くもありました。
だって「死ぬかもしれない」っていう期限が、人の優しさのスイッチになってるってことだから。
武が「病気じゃなかったことを、しばらく黙っていてほしい」と頼む気持ち、私は理解できてしまった。正しいかどうかじゃなくて、“今の幸せ”が壊れるのが怖いんだよね。
たぶん彼は、家族の笑顔を取り戻したいんじゃなくて、「自分が必要とされる感覚」を取り戻したかったんだと思う。
保険金の話が出た瞬間、心がぐちゃぐちゃになる
この回でいちばんしんどかったのは、家族が武の保険金(3000万円)の使い道を話していたところ。娘は留学、息子はメイド喫茶の資金、妻は世界一周旅行。涙まで流していたのに、それは“悲しみ”じゃなくて“嬉し涙”だった。
いや、残酷すぎない?って思った。
でも、怒りだけで片づけられなかったのも本音です。
家族が完全に悪者というより、武が長い時間をかけて家庭の中で“空気化”していった結果なんだろうな、とも感じたから。空気って、そこにあるのが当たり前で、ありがたさに気づいたときには遅い。
愛情がなくなったんじゃなくて、愛情の受け渡しが止まってたんだと思う。
「父親の写真がない」=存在が写っていない、という地獄
警察に「写真を1枚」と言われて、家族が固まる。探しても探しても、“父親が写っている写真”がない。撮られる側じゃなく、いつも撮る側。あれ、地味に一番刺さりました。
写真って、思い出の証拠みたいな顔をしてるけど、同時に「その家の力関係」を正直に映すものでもあるんだなって。
そして武が屋根裏で家族を見ている構図がまた、しんどい。
家族の中にいるのに、家族の輪の外から見ている。
わかる、こういう孤独って、声に出したら負けみたいで黙っちゃうんだよね。
紗英の彼氏の暴力と、SNSの“拡散”が武器になる怖さ
物語が動くのが、娘・紗英の彼氏が乗り込んできてから。暴力で支配しようとする男って、恋愛の皮をかぶった災害みたいなものだと思うんです。好きとか依存とか情とか、そういうやわらかい言葉を逆手に取ってくるから。
しかもこの回は、SNSに投稿した(ことにされた)内容が火種になって、拡散が“脅し”として機能する。家の中の問題なのに、外の世界が一気に侵入してくる感覚が怖かった。
恋って、本来は心をあたためるもののはずなのに、相手選びを間違えると一瞬で刃物になる。
紗英がどこか“背伸びした大人”を演じてる感じも、リアルで苦しかったです。大丈夫なふりをしてる子ほど、危ない方へ引っ張られやすいから。
清の「俺がこの家の長男だ!」が、泣けるほどカッコいい
暴力男を前にして、引きこもりだった清が立ち上がる。
この回の成長物語は、実は清が主役級でした。タイミングも言葉も、まっすぐで、ちょっと不器用で、でも本物だった。
「俺がこの家の長男だ!」って、たぶん本人が一番信じてなかった言葉だと思う。
それでも出たってことは、家族を守りたい気持ちがちゃんと芽生えたってこと。私はここで一気に涙腺が壊れました。
そして、武がそれを“屋根裏から見ている”のも切ない。
父親として守りたいのに、父親としての席がない。
だけど、清の一撃で「父親がいなくても家族は守れる」ことを見せつけられる。安心と喪失が同時に来る、あの表情が忘れられません。
ミタゾノさんの“怖い優しさ”と、萌の空回りが救いになる
この回って、テーマは重いのに、ところどころでちゃんと笑わせてくれるのがミタゾノのすごさ。
極限の場面で牛乳を取り出して飲む、あの「だから何!?」っていうズラしが、張り詰めた空気を一瞬で割る。笑っていいんだって、呼吸を戻させてくれる。
あと、萌の空回りも愛しかったです。
人の好意を「私のこと好き?」って受け取ってしまうあの感じ、若いときほどやりがちだし、恋愛体質って悪いことじゃない。むしろ、あの恥ずかしさがあるから、人生はちょっと可愛くなる。
でも、ミタゾノさんのやり方は優しさだけじゃない。
家族の本音をあえて聞かせたり、追い込んだり、強制的に“向き合わせる”。
救うために壊す。汚れを落とすために一度浮かせる。
この番組の核心が、今回すごく分かりやすく出てた気がします。
ラストのパンケーキ:「空気」は吸い込むもの、受け取るもの
終盤、ミタゾノさんのパンケーキが出てきて、「隠し味は空気」だと言われる。
この台詞は料理の話なんだけど、完全に人生の話でした。
武は“空気”みたいな存在になっていた。
でも、空気がないと生きられない。
だから本当は、いちばん必要なのに、いちばん気づかれにくい。
さらに追い打ちみたいに明かされる、武のパンケーキが緑だった理由。家族の嫌いな野菜をすりおろして入れていた。家族の健康を考えて、毎週作っていた。
そして通帳に残っていた、子どもたちのために貯めたお金の記録。
ここ、私は反省しました。
「やってくれて当然」って思った瞬間、愛は透明になる。
透明になった愛は、空気と同じで、失うまで分からない。
だからこそ、娘が言った「死ななくて良かった」が、すべてだと思う。
許したんじゃなくて、抱きしめ直したんだよね。
そして清の「作ってくれよ、親父のパンケーキ」が、家族の再スタートの合図だった。
この回を見終わったあと、私はちょっとだけ、家の中の“空気”を確かめたくなりました。
当たり前にそこにいてくれる人、当たり前に回っている家事、当たり前に続く日常。
当たり前って、いちばん大事なのに、いちばん雑に扱ってしまうから。
もし第6話が刺さった人がいたら、今日だけでもいいから、
「ありがとう」って言ってほしい。
それが照れくさいなら、一緒にパンケーキ焼くでもいい。
空気は目に見えないけど、吸い込めばちゃんと、体の中に入ってくるから。
【家政夫のミタゾノ】シーズン3の関連記事
シーズン3の全話ネタバレ↓

シーズン2の全話ネタバレ↓

次回以降についてはこちら↓

過去の話についてはこちら↓




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