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TRICK/トリック(シーズン3)7話のネタバレ&感想考察。亀山歌が告げる死…和歌の呪いが始まる前編

TRICK/トリック(シーズン3)7話のネタバレ&感想考察。亀山歌が告げる死…和歌の呪いが始まる前編

シーズン3第7話は、TRICKの中でもとりわけ“言葉の怖さ”が前面に出た回です。

和歌の名門・亀山家を舞台に、詠まれた亀山歌が次々と死を予告し、その通りに一族が命を落としていく。闇十郎の祟りという物語に屋敷全体が飲み込まれる中、奈緒子だけが「言葉には、まだ別の意味がある」と違和感を抱く。

これは霊の物語ではなく、人間が言葉に支配されていく過程を描いた前編です。

目次

トリック(シーズン3)7話のあらすじ&ネタバレ

トリック(シーズン3)7話のあらすじ&ネタバレ

シーズン3第7話は、いわゆる“インチキ霊能力者退治”というより、言葉(=和歌)を使った連続殺人ミステリーとして組み立てられる回です。

舞台は閉鎖的な旧家、禁断の部屋、そして「呪い」を信じる一族。コメディの皮をかぶりながら、横溝正史っぽい不穏さがじわじわ来るタイプで、視聴後に妙に後味が残ります

冒頭:上田が“百人一首の当て物”で奈緒子に秒で見破られる

いつものように金欠で、家賃の催促に追い立てられる奈緒子のもとへ、上田が「事件です」とばかりに登場

ところが今回は、上田が先に“妙な実験”を始めます。百人一首(かるた)を使って、奈緒子が選んだ一首を「当ててみせる」と言い出し、さも超能力めいた雰囲気を出す。けれど、奈緒子は冷静に観察し、上田の“当てさせる構造”をあっさり見抜いてしまう。

ここ、軽い導入ギャグに見えて、実は今回の事件そのものの“型”を先に見せているのが上手いんですよね。

「当たった」ように見えるのは、能力じゃなくて、当たるように誘導されているだけ。この回の和歌の呪いも、まさにその形で進んでいきます。

依頼:和歌の名家・亀山家の“禁断の扉”を開ける立会人になってくれ

上田が奈緒子を呼び出した理由は、大学の教授としての“権威”を買われたから。
依頼してきたのは、和歌の名門・亀山家に関わる人物(弁護士)で、要件はこうです。

  • 亀山家には、代々「開けてはいけない扉」がある
  • それを開けると“死を招く”と言い伝えられている
  • だが事情があって扉を開ける必要が出た
  • その場に、第三者の立会人として上田にいてほしい

上田は「学術的な見地から検証する」と言い、奈緒子は「報酬」を聞いた瞬間に目の色が変わる。
この作品の“いつもの動機”がブレないのが安心材料でもあり、逆に、ここから先で起きることの不穏さを際立たせてもいます。

舞台:茨城県・水行座村。亀山家に漂う“伝統と不穏”の空気

一行が向かうのは、茨城県水行座村。

到着した亀山家の屋敷は、いかにも“旧家”という重さをまとった空間で、玄関に入った瞬間から、視聴者に「ここ、何かあるな」と確信させる圧があります。

迎えるのは、亀山家の人々。中心にいるのは、亀山家の“跡取り”と目される千鶴(上品で凛としていて、上田が一瞬で浮かれるタイプの人物)。
上田が「学者として来た」のに、早々に“男として来た顔”を見せるのがトリックらしいズレで、奈緒子はその温度差にイラつきながらも、屋敷の空気を観察していきます。

このあたりから、奈緒子の視線が「笑い」から「警戒」へ切り替わっていくのが分かる。
そして、実際に奈緒子は屋敷で“何者かの影”を目撃する。まだ正体は分からない。けれど、見間違いで片付けるには、屋敷の空気が重すぎる。

背景:亀山歌と“言葉が現実を動かす”という伝承

亀山家が恐れられている理由は、財産や格式だけじゃない。
彼らは「亀山歌」と呼ばれる独自の和歌の流派を継いできた一族で、その始祖は平安時代の歌人・亀山道貞。

そして何より怖いのが、「優れた歌は超自然的な力を持つ」という思想。
才能ある者の言葉は、ただの言葉で終わらず、人の心や現象を動かしてしまう――という、いわば“言霊の極端な信仰”が、この家には根付いている。

さらに、亀山家には「闇十郎」という伝説的人物がいる。
その歌の力が強大すぎたため、死後も怨念が残り、屋敷の“ある扉”の向こうに封じられている。

つまり、今回の舞台は最初からこう宣言しているんです。
「言葉で人が死ぬかもしれない」と。

「市松模様の扉」…のはずが「一本の松」?最初の肩透かしが不穏の前振りになる

亀山家の禁忌として語られるのは、「市松模様の扉」。

ところが案内された扉には、市松模様ではなく“松が一本描かれている”。つまり「いちまつ(市松)」ではなく「いちまつ(一本松)」。

このダジャレが、最初は笑いとして処理されます。

でも同時に、「言葉が鍵になる」回だと視聴者に刻み込む。ダジャレって、軽いのに、意味の方向を簡単にねじ曲げられる。この回の呪いも、まさにその“ねじ曲げ”で成り立っていきます。

夜:扉を開けた瞬間、暗転――そして“最初の死”

その夜、一族や関係者が集まり、ついに扉を開ける。

屋敷はろうそくの光が揺れて、いよいよ“儀式”っぽくなっていく。信じる者と、信じない者の温度差が見えるのが怖い。信仰って、空気に勝てない

そして――扉が開いた瞬間、一瞬の暗転
光が戻ると、千鶴の伯父・藤二郎が死んでいる。
しかも、現場には「闇十郎のもの」とされる殺人予告の和歌が残されていた。

ここで一気に“事件の型”が確定します。

  • 予告の和歌が出る
  • その通りの死が起きる
  • 一族は「闇十郎の祟り」へ傾く
  • 上田と奈緒子は「人間の犯行」だと疑う

笑いが消え、屋敷が閉鎖空間に変わる瞬間。
トリックの怖さって、オカルトじゃなくて「そう信じる空気」が現実を支配するところにあるんだ、と改めて思わされます。

連続する予告:次は麗香。言葉が“死の脚本”になる

藤二郎の死で屋敷は騒然。
それでも、恐ろしいのはここからで、事件は“一回の事故”で終わらない。

ほどなくして、次の予告の和歌が現れ、対象は亀山家の麗香へ向く。
内容のポイントは、「水差し」と「みずから」の掛詞で、水(みず)が強調されること。言葉遊びとしてはくだらないのに、死が絡むと一気に背筋が冷える

麗香本人も、普段は強気で毒舌の人物として描かれ、周囲との摩擦も多い。

だからこそ、和歌の“毒”の言葉が妙に似合ってしまう。本人の性格描写が、そのまま死の予告を補強してしまうのが嫌なんですよね。「当てはまる」ってだけで、人は信じてしまうから。

「闇十郎が来た」――恐怖の目撃と、異様な“化粧”の場面

ここで、屋敷の恐怖が一段階上がります。

麗香が寝室で休んでいると、闇十郎らしき存在が現れたとされる場面が起き、麗香は悲鳴を上げる。家中の人間が駆けつけ、屋敷はパニックになる

そして、この混乱の直後に挟まるのが、妙に引っかかる“日常”――
なぜか千鶴が、麗香に化粧をする。

いや、今そのテンションで化粧する?

ここ、視聴者も「変だろ」と思うポイントで、事件の“後編”に向けた強烈な匂いになっています

第二の死:水の予告は、水で回収される

結局、麗香は予告通りに命を落とす。
水に関わる状況が整い、本人が求めた“水”が、死へ直結するかのように見える展開。

ここが本当に嫌らしい。
外から押し付けられた呪いじゃなくて、「本人が選んだ」ように見える構造がある。だから一族はますます「闇十郎の呪い」を信じ、疑いの矛先は外(=祟り)へ逸れていく。

上田と奈緒子は、逆にここで確信に近づく。
呪いは“現象”じゃない。“物語”として作られている
予告の歌で空気を作り、空気が“死の筋書き”を自然に見せる。やってることは霊能力じゃなく、情報操作です。

第三の予告:今度は千里。暗闇と鐘と、もう一つの意味

続いて現れる予告の和歌は、千里へ向けられる。
ここで歌われるのは、鐘の音、明かりが落ちること、暗闇でくらくらする感覚、そして「身を焦がす」――
言葉自体が“現象の実況”になっていて、読んだ瞬間に「停電が来る」と分かるのが怖い。

そして実際、屋敷は暗闇に落ちる。
騒ぎの中で、千里がいない。皆で探し回り、上田はブレーカーだのヒューズだの、現実的な対処に走る。

第三の死:風呂場での感電死、そして「停電は呪いではなく結果だった」

暗闇の後、千里は風呂場で発見される。浴槽に電気コードが投げ込まれ、感電死していた――という最悪の形で。

上田が口にするのは、シンプルな推論です。
「停電が起きたから暗くなったんじゃない。感電が起きたからブレーカーが落ちたんだろう」
つまり、呪いが停電を起こしたのではなく、殺人の結果として停電が起きた。

この一言で、この回の怖さが“オカルト”から“人間”へ戻ってくる。
同時に、屋敷の空気はますます悪くなる。信じる者は「闇十郎だ」と叫び、疑う者は「この中の誰かだ」と言う。閉鎖空間で疑心暗鬼が増幅していくのは、もうホラーそのものです

ラスト:奈緒子が言う「和歌には、もう一つの意味がある」

事件は解決していない。犯人も分からない。

ただ、“予告の和歌”が単なる脅しではなく、実行の手順や仕掛けを隠すための二重の意味を持っているのではないか――奈緒子がそこに踏み込む。

ここで第7話は終わります。
連続死のショックで引っ張るというより、最後に「論理の入口」を見せて次回へ渡す終わり方。視聴者に「考えたくなる余白」を残す、トリックらしい前編です

トリック(シーズン3)7話の伏線

トリック(シーズン3)7話の伏線

第7話は“前編”なので、伏線は「犯人当ての手がかり」だけでなく、空気の作り方(=信じ込ませ方)まで含めて散りばめられています。

次回の解決編で回収されるもの、あえて曖昧にされるものが混在しているのがポイントです。

「当て物」導入=“当てさせる構造”の提示

冒頭の百人一首の小ネタは、ただの笑いではなく「当たったように見える仕組み」を先に提示している。

和歌の予告も同じで、現象が“当たる”のではなく、当たるように空気と行動が誘導される。

「市松模様」→「一本松」=言葉が鍵になる宣言

“市松模様”という言葉が、別の意味(一本の松)へすり替わる。

この回は終始、掛詞や言葉のすり替えが「呪い」そのものを作っていくので、扉の段階でテーマを置いている。

奈緒子が見た「影」=人為の可能性を早めに示す

奈緒子が屋敷で目撃する“人影”は、視聴者に「幽霊じゃない線」を早い段階で提示する役割。
「闇十郎」を信じる空気の中でも、奈緒子だけは“人間の輪郭”を拾っている。

藤二郎の死の暗転=“停電”が繰り返し使われる前振り

最初の暗転は、以降の事件でも繰り返される。

暗闇があると「誰でもやれた」状態が作れて、アリバイが簡単に崩れる(=疑心暗鬼が加速する)。

予告和歌そのものが伏線(言葉=犯行の設計図)

「水差し」「みずから」など、特定の語を強調する和歌は、見た目は呪いだが実質は“犯行の方向性”を示す。

ただし、奈緒子が言う通り「もう一つの意味」があり、表面の意味だけ追うと犯人に誘導される。

麗香の“毒舌キャラ”=和歌を現実に見せるための布石

麗香が普段から強い言葉で場を支配する人物として描かれることで、予告和歌の「毒」の言葉が“当たって見える”。


性格描写が、呪いの説得力を底上げしている。

「闇十郎目撃」→直後の“化粧”=不自然な日常の差し込み

麗香の寝室での闇十郎目撃後、なぜか千鶴が化粧をする。
この“場違いな行動”が、後編への強い伏線として残る。

水の扱い=“誰が触れたか”が問われる小道具

麗香の件は、水差し(ピッチャー)やコップの扱いが焦点になる。
誰が配ったのか、いつ触ったのか、誰が場を仕切ったのか――日常動作の中に証拠が埋まるタイプの伏線。

千里の予告和歌=停電と“風呂場”を結びつける導線

鐘、明かり、暗闇、くらくら…という言葉が、停電→混乱→風呂場の死へ導く。
さらに、上田の「感電が原因で停電した」という説明が、オカルトを現実に引き戻す伏線にもなっている。

「一家の空気」そのもの=“祟り”を成立させる最大の伏線

この回で一番大きい伏線は、物ではなく空気。

誰かが「闇十郎だ」と言い出し、皆がそれに乗った瞬間、屋敷の中では“それが真実”になる。
犯人が一番欲しいのは、証拠じゃなく、信じ切った共同体


トリック(シーズン3)7話の感想&考察

トリック(シーズン3)7話の感想&考察

第7話は、トリックの中でもかなり“趣向が違う回”です。

インチキ霊能力者を論破して終わり、ではなく、「信じる構造」そのものが人を殺す方向へ振り切っている。だから、笑えるのに、怖い。しかも、笑った後の方が怖い。

「駄洒落」と「死」を同居させる、トリックの悪趣味さが光る

予告の和歌って、構造としては“ダジャレ”なんですよね。
掛詞で意味をねじって、気の利いたことを言ってるだけ。普通なら軽い遊びで終わる。

でも、そこに「死」が乗ると、遊びが急に刃物になる。
しかも作中では、和歌が“死の脚本”として機能していくから、言葉の軽さと結果の重さの落差がえぐい。
視聴者は笑いたいのに、笑うと不謹慎な気分になる。その感情の居心地の悪さが、まさにトリックの狙いなんだと思います。

横溝正史っぽさ=「犯人」より「家」が怖い

SNSでも「横溝っぽい」って反応が出やすい回なんですが(わかる)、その理由は、犯人の技巧よりも先に、家の空気が人を追い詰めるからだと思うんです。

閉鎖的な一族、伝統、禁忌、呪いの言い伝え。
誰か一人の悪意というより、積もり積もった“家の重さ”が、誰かを犯行に追い込んでいるように見える。だから後味が苦い。

藤二郎、麗香、千里――死んでいく人たちも、単なる“犠牲者”じゃなく、家の中で役割を与えられて生きてきた匂いがする。救いがない、というより、救いが届く場所が最初から用意されてない。

上田×奈緒子の関係:今回は“戦う相手”が外にいない分、二人の立ち位置が際立つ

霊能力者が出てこない分、上田と奈緒子の役割分担がいつもより浮かびます。

  • 上田は「権威」としてそこに置かれ、空気の中心にされる
  • 奈緒子は「現場の違和感」を拾い、空気の外側に立つ

この構図が、すごく危うい。
上田はいつも科学側の象徴なのに、今回は“みんなの期待”に巻き込まれやすい。奈緒子はいつもなら金で動くのに、今回は素直に怖がり、素直に疑っている。

そして千鶴という存在が入ってくることで、上田がちょっとブレる。
奈緒子が不機嫌になる。
この“いつものズレ”が、重いミステリーの呼吸を整えるクッションになっているのも、シリーズの強さですね。

第7話の引きが強いのは、「答え」じゃなく「論理の入口」を置くから

普通の前編って、「誰かが怪しい」「また死んだ」で終わりがちなんですが、この回は最後に奈緒子が
「和歌にはもう一つの意味がある」
という“解き方”を提示して終わる。

これがズルい。
視聴者は「次回、犯人が分かる」だけじゃなく、「次回、言葉がどう裏返るか」を見たくなる。
トリックって、結局いつもそこなんですよね。現象を派手にするより、“言葉と構造”で人間を追い詰めていく。シーズン3が「言葉のシーズン」だと言われる理由が、この前編に詰まってる気がします。

この第7話は、“呪い”を信じたくなる人間の弱さを、ダジャレの形で突いてくる回でした。
次回(解決編)では、この“言葉の罠”がどうほどけるのか、そして亀山家の中で誰が何を守ろうとしていたのか――そこが一気に見えてくるはずです。

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