「良いこと悪いこと」で最も評価が揺れ動くキャラクター──それが元委員長の小林紗季です。
幼い頃は“正しいことをする優等生”としてクラスをまとめていた紗季が、大人になった今、弟の死と園子への複雑な感情を抱え、物語の中心へ一気に引き寄せられていきます。
第6話ではナイフを手に園子を追い詰め、警察に身柄を確保される展開も描かれ、「犯人なのか?」「黒幕との関係は?」と視聴者の注目が急上昇。
本記事では、紗季の過去と現在を丁寧に紐解きながら、彼女が事件にどう関わっているのかを考察していきます。
良いこと悪いことの小林紗季(委員長)とは

委員長としての紗季の立ち位置
まずは、物語の中での“委員長”の立ち位置を整理しておきます。
小林紗季は、鷹里小学校6年1組の元学級委員長で、現在は区民事務所で働く公務員。政治家になることを夢見て「議員になって悪いものをなくす」という絵を描き、タイムカプセルに埋めていた“ザ・優等生”タイプです。
同窓会では
- タイムカプセル企画を仕切る
- 黒塗り卒業アルバムを配る役目を担う
- みんなの前では落ち着いた“委員長ポジション”を崩さない
という、昔のままの「まとめ役」として登場します。
理想と現実のギャップがにじむ描写
ただ、第1話から少し不穏な空気も描かれていました。
- 子どもの頃の夢の絵ではタバコにバツ印をつけていたのに、今は平然と喫煙している
- キング(高木)の左手の結婚指輪をじっと見つめる切ない視線
- 園子の記事を自宅の壁に飾りつつ、どこか複雑な表情
こうした描写から「理想と現実のギャップを抱えた優等生」「キングへの片想い」「園子への嫉妬」という感情がにじんでいました。
過去と現在がつながる“裏の顔”
物語が進むと紗季の“裏の顔”が明らかになります。
- 卒業アルバムを職場のロッカーにしまい込んでいた
- 園子たちの動きを把握するかのように、キングの会社やイマクニに現れる
- 園子と焼肉に行き、「昔、何もできなかった」といじめを見て見ぬふりした罪悪感を打ち明ける
ここから、「ただのモブ同級生ではなく、事件の鍵を握る人物だ」という評価が急速に強まります。
過去のトラウマ──弟・春季の悲劇
さらに6話では、
- 弟・春季の自殺
- 園子が書いた“薬物報道の記事”と弟の悲劇
- 体育倉庫に園子を閉じ込めた“本当の犯人”
といった紗季の過去が一気に明かされ、「正義を信じてきた人間が復讐に傾いていく物語」が輪郭を持ち始めます。

小林紗季(委員長)はキングのことが好きだった
紗季が“キングを好きだった”ことは本編でほぼ明言されている
ここまで書いてきた「キングが委員長を止めた」という話と切り離せないのが、「委員長=小林紗季は、昔から高木将のことが好きだった」という点です。これは視聴者の想像ではなく、本編のセリフでもほぼ明言されています。
第5話で紗季は、「昔、高木くんが好きだったんだ」と打ち明けており、これをきっかけに“委員長の片想い”がはっきりと描かれます。さらに第1話では、同窓会の席でキングの左手の結婚指輪をじっと見つめるカットがわざわざ入っていて、「今も気持ちを引きずっているのでは」と感じた視聴者も多いはずです。
小学生時代にも丁寧に仕込まれた“片想いの伏線”
小学生時代の回想でも、紗季の感情はさりげなく仕込まれています。
委員長を決める場面では、クラスの皆が「キングがいい!」と盛り上がるなか、紗季は上げかけた手をそっと下ろします。しかしキングは「俺は委員長は小林がいいと思う」と自分の立候補を退き、紗季を推薦する。
この一連の流れは、紗季にとって
「好きな人が、自分のことをちゃんと見てくれた瞬間」
として強く心に刻まれたはずです。
同じ6話の回想で描かれた、キングと園子の相合傘。
ターボーたちが落書きしたそれを、紗季は「やめなよ」と注意するものの、その後ひとりでじっと見つめてしまう。
この「注意したあとに目をそらせない」という演出が、彼女の嫉妬やざらついた感情の深さを物語っています。
「相合傘をきっかけに園子への感情がこじれたのでは?」という、いわゆる“嫉妬の物語”として読む考察も多い理由がここにあります。
小林紗季(委員長)と園子の関係
子どもの頃の“救えなかった後悔”と“嫉妬”
紗季と園子の関係性は、このドラマの“善悪の揺らぎ”を象徴しています。
小学生時代、紗季はクラスの優等生でキングに淡い想いを抱いていた一方、園子は“どの子”と呼ばれいじめの標的に。
紗季は園子を助けるどころか、倉庫事件の“実行犯”となってしまう。
大人になってからの“すれ違い”
園子は記者として成功し、紗季の部屋には園子の記事が飾られるほど。
しかし、
- キングは園子に心を寄せていた可能性がある
- 弟・春季は園子の記事が原因で誹謗中傷を受け自殺
といった事情が重なり、紗季から見た園子は、
- 助けられなかった“罪悪感の象徴”
- 好きな人を取った“恋のライバル”
- 弟を追い詰めた“加害者”
という三重の感情の対象になっています。
だからこそ墓前で紗季は、
「いじめられてたから? 被害者? あんたは一生あそこに閉じ込められていればよかった」
と、あまりにも激しい言葉をぶつけるのです。
揺れ動き続ける委員長という存在
一方で、5話では焼肉店で紗季が園子に、
「いじめっ子だろうと死んでほしくない」「私も同じ」
と語るシーンも描かれています。
一度は“赦し”へ向かいかけたのに、弟の件をきっかけに再び怒りへ飲み込まれる──この振れ幅の大きさこそが、紗季というキャラクターの人間らしさであり恐ろしさです。
小林紗季(委員長)は犯人なのか?黒幕か考察
「良いこと悪いこと」は、連続殺人パートと過去のいじめ・罪悪感パートが複雑に絡み合う構成になっています。
視聴者が最も悩むのが、
- 「紗季は連続殺人の犯人なのか?」
- 「それとも、自分の復讐を遂げようとしただけなのか?」
という点。
結論として、7話時点で見えてくるのは、
- 連続殺人事件の黒幕・真犯人とは切り分けられている
- ただし紗季自身も“罪”を犯しており、完全な被害者ではない
という、非常にグレーな立場です。
委員長が実際に“やったこと”を整理
ドラマ本編と流れを整理すると、紗季が能動的に行ったのは主に3つです。
① 小さい頃、体育倉庫に園子を閉じ込めた“実行犯”
- キングが園子のペンケースをゴミ箱に捨てた後、紗季はそれを体育倉庫に隠す
- 園子が取りに来たタイミングで倉庫の扉を閉め、外から鍵をかける
- 中からの叫び声を聞きながらも放置し、“どーのこだ”と盛り上がる男子を見ていた
この“倉庫事件”の実行犯が紗季であることは、6話で明確に描かれています。
② 園子を“犯人”に仕立てた記事の情報提供者
- 卒業アルバムを持ち、週刊アポロの元編集長に接触
- 同級生たちの関係や黒塗りの意味など、内部情報をリーク
- 結果として園子は「連続殺人容疑の美人記者」として世間から叩かれる
東雲の調査で「園子を疑う記事の情報源は紗季」と判明しており、ここは紗季最大の“裏切り”です。
③ 弟の墓前で園子にナイフを向けた
- 春季の命日に園子を連れ出し、「あなたのせいで弟は死んだ」と告発
- 「被害者ヅラするな」と感情を爆発させナイフを取り出す
- しかし涙と共にナイフを落とし、キングたちに確保される
これは紗季個人の復讐で、連続殺人とは別軸の動機です。
「真犯人かどうか」の判断ポイント
連続殺人の被害者はみな“夢の絵”とリンクする死に方をしており、紗季の動機(弟の死、園子への嫉妬)はこのロジックと噛み合いません。
つまり、
- 紗季は「いじめの加担者」であり「復讐を行った加害者」でもある
- しかし連続殺人そのものの黒幕像には当てはまらない
という複雑な位置にいます。
小林紗季(委員長)が園子を殺害できなかった理由はキング
「ここで刺すのか?」と緊張が走った墓前シーン
委員長・小林紗季が墓前でナイフを抜いた瞬間、「ここで本当に刺すのか?」と息を飲んだ人は多かったと思います。
しかし彼女は刃を振り下ろさず、自分からナイフを落として崩れ落ちる。その“最後のブレーキ”になったのが、高木将――キングの存在でした。
紗季の中には、
- 「弟を死なせた園子への憎しみ」
- 「自分が体育倉庫に閉じ込めたという罪悪感」
- そして「キングたちから向けられてきた“委員長への信頼”」
この三つがずっと同居していました。
墓前でナイフを向けたとき、最後に勝ったのが三つ目――キングがつくった「正しい委員長像」だった、というのが本作の描写から整理できるポイントです。
キングが作った「いつも正しい委員長」という像
6話の回想で描かれたように、そもそも紗季が委員長になったのは「キングの推薦」でした。クラス全体が「キングがいい」と盛り上がったのに、本人が「いや、小林のほうが向いてる」と譲り、「委員長は小林でいい」と背中を押したのはキングです。
さらに小学生時代の紗季は、犬を助けたキングに対して「本当は大人に報告すべきだった」ときっちり釘を刺す、“悪いことは悪いと言える委員長”として描かれていました。
その結果、
- クラスメイトたちにとって「委員長=正しいことを言う子」
- キングにとっては「俺よりちゃんとしてる人」
というイメージが紗季に定着していきます。
22年後、イマクニで園子の反論記事について話し合ったときも、キングは「委員長がいてくれてよかった」「正しいことを言ってくれていた」と語り、当時から紗季を“正しさの象徴”として見ていたことが示されていました。
墓前でナイフを握る紗季の脳裏には、まさにそのキングたちの言葉がフラッシュバックしている。
「委員長がいてくれてよかった」「委員長はいつも正しい」という記憶が、
「今自分がやろうとしていることは、本当に“正しいこと”か?」
と自問させる“最後の良心”になった、という解釈です。
雨の墓前で差し出された傘という“答え”
実際のシーンでも、紗季は「私は正しいことをする」と言い聞かせながらナイフを向けた直後、キングたちとの記憶を思い出し、自分の手で刃を落とします。
そこへ駆けつけたキングが、雨の中で泣き崩れる紗季にそっと傘を差し出す――6話タイトル「傘」とリンクする象徴的なカットです。
過去の相合傘の落書きは、
- キングと園子をからかう“いじめの象徴”
でしたが、
現在の傘は、
- 泣き崩れる委員長を静かに守る“救いの象徴”
へと反転している。
紗季の刃を止めたのは、
- 「委員長は正しい」と信じてくれていたキングたちの記憶
- その記憶を体現するように、何も責めずに傘を差し出すキング
という構図です。
「キングの見る委員長」でありたい自分が、刃を止めた
SNSやブログの感想でも、
「キングが来なかったら、委員長は本当に刺していたと思う」
という声が非常に多く見られます。
実際、弟を失った怒りだけを見れば、紗季は十分“犯人”になってもおかしくなかったキャラクターです。
それでも彼女が殺さなかったのは、
- キングに推薦されて委員長になった誇り
- 「委員長は正しい」と信じてくれる視線
- その象徴として目の前に立つキング
を、完全には裏切れなかったから。
言い換えると、
「キングの知っている“委員長・小林紗季”でありたい自分」
が、最後の最後で刃を止めた。
だからこそ、6話ラストは「キングが委員長を止めたシーン」として強く印象づけられ、「委員長が園子を殺害できなかった理由はキング」という解釈が視聴者間で広がっているのだと思います。
小林紗季(委員長)が捕まった理由
なぜ紗季は警察に身柄確保されたのか?
では、紗季が警察に“しばらく入ってもらう”ことになった理由は何か。
作中で直接「〇〇罪で逮捕」とまでは明言されていませんが、行動から考えると、
- ナイフを手に園子を墓地へ連れ出し、実際に刃を向けた
この行為が、少なくとも殺人未遂あるいはそれに準じる重い容疑として扱われていると考えるのが自然です。
シーンの流れを整理すると分かる3つのポイント
紗季が“アウト”になった決定的理由を、描写から整理すると以下の3点です。
1. 計画性があった
- 弟の命日に園子を呼び出す
- 人目の少ない墓地を選ぶ
- ナイフを事前に用意している
衝動的ではなく、「狙って呼び出し、準備までしていた」という計画性が重いポイントです。
2. 動機が明確だった
- 弟・春季が世間からの誹謗中傷で自殺したと思い込んでいる
- その原因を園子のスクープ記事にあると断言し、「全部あんたのせい」と責める
明確な恨みと怒りを抱えた状態での刃物所持は、法的にもかなり危ないラインです。
3. 実際にナイフを向けている
- 「私は正しいことをする」と言いながらも、最終的に涙ながらにナイフを落とす
- 東雲・キング・ターボー・ちょんまげが到着し、その場で取り押さえられる
宇都見刑事が園子に「しばらく入ってもらうことになる」と告げる場面もあり、任意同行ではなく“身柄確保”に近い描写として扱われています。
法律的に見た場合の可能性
法律的に分解すると、
- 実際には刺してはいない
- しかし、殺意を疑われても当然の状況で武器を取り出している
よって、厳密な罪名はドラマ上明言されていないものの、
「殺人未遂相当の行為」
として処理されていると考えるのが最も自然です。
“道徳的な罪”も重く描かれている
さらにドラマでは、
- 園子を犯人扱いする週刊誌記事の情報源だった
- 世論の炎上を煽るような行動をとった
という“報道を利用した加害”も描かれています。
そのため視聴者には、
「法的な罪より、道徳的な罪のほうが深刻」
という印象も強く残る構図になっています。
8話で委員長と園子が留置所で再会したシーンを考察
園子が“書けなくなった”理由と、委員長が突きつけた問い
8話で最も胸に刺さったのが、園子が委員長・小林紗季に会いに行く留置所(拘置所)のシーンです。連続死の真相追及と離れた“対話パート”でありながら、このドラマのテーマである「良いこと」と「悪いこと」の曖昧さが、最も明確に言語化された場面でもあります。
面会室に現れた園子は開口一番、自ら「記事が書けなくなっている」と告白します。
“正しいことを書く”つもりで続けてきた仕事が、委員長の弟・春季を追い詰めてしまった。その事実と世間からの誹謗中傷を前に、記者としても“どの子”としても自分が完全に止まってしまった、と正直に吐き出します。
しかし委員長は、優しい言葉で慰めることもせず、「じゃあ記者をやめるの?」と突き放すように応じます。
この“甘やかさない態度”こそ、紗季が加害者としての自覚を抱えたまま生きている人物であることを示していて、二人の立場の反転がはっきり浮かび上がる瞬間です。
園子の“自分も加害者だ”という告白と、記者であり続ける決意
園子は、委員長の挑発的な問いに対し、自分の仕事観を初めて言語化します。
「これまでも加害者の人生を想像して書いてきたつもりだった。でも、その想像は甘かった」
——そう述べたうえで、
「それでも記者はやめない」とはっきり宣言します。
園子は、“正義の記者”としての自分を守る姿勢を捨てました。
「自分も加害者になりうる」という前提を背負いながら、それでもペンを持ち続ける。
この決意表明は、園子が“被害者でありながら加害者でもある”という痛々しい立場を正面から受け止めた、物語上大きな成長の瞬間です。
委員長が語る“加害者としての覚悟”と園子への歪んだエール
一方の委員長も、ただ園子を責めるだけの人物ではありません。
委員長は
「加害者として、ちゃんと苦しんで」
「私はあなたの記事を読み続けます。だから絶対に記者をやめないで」
と伝えます。
委員長は
・体育倉庫で園子を閉じ込めた張本人
・園子バッシング記事を流した情報源
・そして弟・春季を失った遺族
という三重の立場を持っています。
にもかかわらず、「書き続けろ」と言うのは、“自分と同じように罪と向き合い続けろ”という、復讐と愛憎が混じり合った複雑なエールでもあります。
「加害者」と「被害者」の境界線が消える瞬間
このシーンが秀逸なのは、加害者と被害者の線引きを完全に溶かしてしまうところです。
園子は
・春季を追い詰めた記事を書いた加害者
であると同時に、紗季からのバッシングで追い詰められた被害者でもあります。
一方の紗季も
・園子を閉じ込めた加害者
・弟を奪われた被害者遺族
という二面性を抱えています。
どちらも「自分こそが被害者だ」とは言えない。
だからこそ、この面会は
「誰が悪いか」ではなく「自分の罪をどう背負うか」を語る場
になっているのです。
園子と委員長の関係が“決裂でも救済でもない”着地へ
園子はこの対話を経て、“被害者のポジション”に居座るのをやめ、罪を背負ったまま“書く側”として生きると決めます。
紗季は、“弟を奪った相手”である園子に対し、「書き続けろ」と伝え、それを“苦しみ続ける義務”のように提示する。
これは決裂でも和解でもなく、
“加害者として生きる者同士の、最も誠実で残酷な着地”
に思えます。
この場面は、高木が娘・花音に「昔いじめをしていた」と告白するシーンとも呼応しており、
終盤へ向けて「過去の悪いこととどう向き合うか」を全キャラクターに突きつける布石
になっていると感じます。
8話についてはこちら↓

10話(最終回)で委員長は釈放された
最終回10話では、委員長(小林紗季)が身柄を解かれる=釈放される描写が入ります。物語上でもこのシーンは、「委員長の件はいったん区切りがついた」と示すための配置でした。
ただし、この釈放は
無罪放免でも、すべてが許されたわけでもありません。
ここが一番誤解されやすいポイントなので、結末だけ知りたい人ほど、論理の順番で整理しておきます。
まず前提:委員長は「連続殺人の犯人」ではない
(ただし、被害を生んだ側ではある)
委員長は、連続殺人事件の実行犯ではありません。
作中でも、委員長が拘束された後も事件は続き、「連続事件の犯人とは別線」として整理されていきます。
ただし、「だから無関係だった」で終われないのが、委員長という人物の重さです。
彼女が行ったのは、
園子への私怨を燃料にして、園子を“犯人として陥れようとする方向へ舵を切った”こと。これは連続殺人のトリガーではないにせよ、園子の人生と世論を確実に傷つけています。
釈放された理由は何だったのか?
「やり切らなかった」ことが大きい
ここからは考察になります。
このドラマは法廷ドラマではないので、最終回で「起訴・不起訴」「判決」「量刑」まで丁寧には描きません。そのため、視聴者側は作中で提示された事実から逆算する必要があります。
その逆算で一番大きいのが、委員長の逮捕理由が“殺人未遂”ではなく、より軽い線で整理されている点です。
委員長は園子に刃物を突きつけるなど、明確に危険な行為に出ています。
しかし、園子は無傷で、作中の整理でも
「殺人未遂として立件されるわけではない」
という扱いに近い描かれ方でした。
つまり、あの瞬間、委員長は越えてはいけない一線を、ギリギリで越え切らなかった(あるいは越えられなかった)。
ここが、釈放につながる一番分かりやすいロジックです。
- 実害(怪我)が出ていない
- 殺人未遂ではなく、脅迫などの線での処理が濃厚
- 結果として、身柄拘束が長期化しない
ドラマが伝えたいのは法律の条文ではなく、委員長という人間が「最後の最後で踏みとどまった」ことの意味なんですよね。
「執行猶予 or 初犯だから釈放」説がしっくりくる理由
視聴者の多くが感じた
「最後に思いとどまったから、執行猶予や初犯扱いで釈放されたのでは?」
という読みは、ドラマの描き方とよく噛み合います。
もし委員長が“本気でやり切っていた”なら、最終回で「釈放」という軽い描写では済ませにくい。もっと重い決着(収監・長期拘束)が必要になるはずです。
でも最終回の釈放は、あくまで
「区切り」を示すための描写で、
罰を描き切る方向には振っていない。
だからこそ、
・罪はある(園子を脅し、追い詰めた)
・でも決定的な結果(傷害・殺害)までは至っていない
・ドラマ的に「釈放」で収めるのが一番自然
という着地になります。
釈放シーンが示すのは「救済」ではなく、「新しい地獄の入口」
委員長が釈放された=救われた、ではありません。
むしろ逆で、ここからが委員長の現実だと思います。
留置や取調べの間は、良くも悪くも「状況」が委員長を縛ってくれます。
考えることも、行動することも制限される。
でも外に出た瞬間からは、すべてが自己責任になる。
・何を反省したのか
・誰にどう向き合うのか
・恨みを手放すのか、それとも握り続けるのか
このドラマが最後に置いたテーマは、ここです。
「良いこと/悪いことは、誰かが決めてくれるものじゃない。
自分で選び、その結果に責任を持つ」という、地獄みたいな自由。
委員長の釈放は、その自由の入口なんですよね。
結論:委員長は「終わった」のではなく、“別の生”を始めた
だから僕は、委員長の釈放をこう読みます。
・彼女は、人生を壊す一線を踏み越えかけた
・でも最後に、踏み越え切らなかった
・だから物語は「釈放」を提示できた
そして釈放は、赦しではなく「新しい道のスタートライン」。
委員長はもう、同じやり方では生きられない。
園子を襲うことで人生を取り戻せると信じたけれど、それは空っぽだった。
その空っぽを抱えたまま、それでも外の世界で生き直すしかない。
最終回で委員長が釈放されたのは、彼女が救われたからじゃない。
彼女が、ようやく「自分の選択の責任を背負う側」に戻ってきたからだと思います。
小林紗季(委員長)のキャストは藤間爽子
小林紗季を演じているのは、俳優の藤間爽子さん。
- キャスト一覧でも「小林紗季(委員長)…藤間爽子」と表記
- 日本舞踊家の家系に生まれ、近年ドラマでの存在感が急上昇中
“静かな激情”を表現する俳優
藤間さんは、
- 目線や息遣い、間で感情を表現
- 派手に叫ばずとも心を揺さぶる芝居
が高く評価されている俳優です。
今作でも、
- タバコを吸いながら外を見つめる瞬間
- キングの結婚指輪を見た時の沈むような視線
- 墓地でナイフを落とした瞬間の崩れ落ち方
など、紗季の“正義と狂気の境界”を繊細に描き分けています。
小林紗季(委員長)についてまとめ
紗季の立ち位置を総整理
- 「いじめを止めなかった」どころか体育倉庫に閉じ込めた張本人
- 弟をネットリンチで失った遺族であり、報道被害者という側面も持つ
- 園子を救うふりをして情報をリークし、世論を操る加害者にもなった
- 墓前でナイフを向けたことで法的にもアウトな“線”を越えた
- ただし連続殺人の黒幕像とは噛み合わない
- “真犯人”よりも、“罪を抱えたもう一人の主人公”に近い
紗季の物語は「良いこと悪いこと」の核心そのもの
紗季が抱えるのは、
- いじめを見て見ぬふりした罪
- 弟を救えなかった後悔
- 園子を傷つけた罪
- 「正しいことをしたい」という願い
という、善悪が渦巻く複雑な感情。
そのねじれが最後に暴発し、ナイフという形になってしまった――それが紗季です。
彼女の行き着く先、
- 自分の罪をどう受け止めるのか
- 園子は紗季を赦せるのか
- “正しいこと”に固執した委員長が最後に選ぶ「良いこと」とは何か
ここも物語の大きな焦点になっていくでしょう。
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