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トリック/TRICK劇場版ラストステージ最後のシーンを考察。記憶喪失なのか?霊能力の答えが語られなかった理由

トリック/TRICK劇場版ラストステージ最後のシーンを考察。記憶喪失なのか?霊能力の答えが語られなかった理由

『トリック劇場版 ラストステージ』の最後のシーンは、シリーズ屈指の“引っかかる終わり方”として語られ続けています。

山田奈緒子は本当に死んだのか。

霊能力はついに本物だったのか。けれどこの場面は、そうした問いに明確な答えを出すためのものではありません

むしろTRICKは、最後まで答えを言い切らないために、このシーンを用意しました。

上田次郎が霊能力者を求めた理由が「論破」ではなく「会いたい」という個人的な願いに変わっていたこと。奈緒子が“ヒロイン”ではなく、あくまで奈緒子らしい形で戻ってきたこと

そして二人の関係を、言葉で確定させないというシリーズの美学。

この記事では、『ラストステージ』最後のシーンが何を回収し、何をあえて残したのかを、シリーズ全体の流れから考察していきます。

目次

結論|“最後のシーン”の正体は「霊能力の答え」ではなく、14年分の“原点回帰”だった

結論|“最後のシーン”の正体は「霊能力の答え」ではなく、14年分の“原点回帰”だった

『ラストステージ』の最後のシーンは、「山田奈緒子は本当に死んだのか?」「霊能力は本物なのか?」という答えを断言するための場面ではありません。

むしろ逆で、断言しないまま終わるための設計です。

結末で描かれるのは、超常の勝敗ではなく――

  • 上田が“学者のプライド”ではなく“個人の願い”で霊能力者を求めたこと
  • 奈緒子が“ヒロイン”としてではなく“奈緒子らしく”戻ってきたこと
  • そして、2人の関係を「言葉では確定させない」TRICKの美学

この3つが、最後の数分で一気にまとめられます。

まずはおさらい!トリックの「最後のシーン」までの流れ(エンドロール後まで)

まずはおさらい!トリックの「最後のシーン」までの流れ(エンドロール後まで)

ラストの意味を掴むには、最後の“構造”を押さえておくのが早いです。

奈緒子が消息を絶つまでのクライマックス

物語終盤、奈緒子は“ボノイズンミ”の「本当の役割」に気づきます。

呪術の正体は単なる超能力ではなく、やがて起きる大災害(ガスの引火による爆発)を見越して村を救うための行動だった、という流れです。奈緒子は村を救うため、洞窟の奥へ進み、爆発に巻き込まれて消息不明になります。

そして決定的なのが、奈緒子が上田に残す“約束”です。

「もし死後の世界があるなら、1年後に連絡方法を見つけて必ず連絡する」

という趣旨の言葉を残し(しかも“寿司と餃子を死ぬほど奢れ”という奈緒子らしい条件付きで)、姿を消します。

1年後、上田が「本物の霊能力者」を求める

1年後。上田は科学賞の場で、「本物の霊能力者に賞金を譲る」と宣言します。

ここが重要で、上田が霊能力者を求める動機が、いつもの「どんと来い、超常現象」ではなく、奈緒子の“声(連絡)”を聞きたいという個人的な願いに変質しているんですよね。

しかし、“本物”は現れない。

そこへ奈緒子の母・里見が現れ、奈緒子を呼び出せる霊能力者を探してくれたことへの礼を言い残して去り、エンドロールへ。

エンドロール後、最後の最後に「記憶を失った奈緒子」が現れる

そして、ここが検索者が一番知りたいポイント。

エンドロール直後、“記憶を失くした本物の山田奈緒子”が、賞金目当てに現れます。

上田が「ゆう…本物の?」と問うと、奈緒子は「私は本物です(本物の霊能力者です)」というニュアンスで返し、かつて上田に見せたマジック(ドラマ第1シリーズ第1話に通じる手品)を披露する――ここで本当に終わる。

公式サイトの感想欄でも、この“エンドロール後”が刺さった人が多く、記憶喪失を悲しみつつも「心に来た」「忘れられない」といった声が並びます。

考察① なぜ「記憶喪失」にしたのか?最大の理由は“1話へ戻す”ため

ここからは考察です。

僕が一番腑に落ちるのは、記憶喪失が“物語の答え”ではなく“形式(型)”として置かれている点です。

TRICKって、毎回「超常現象っぽいもの → 権威や信者 → 上田×奈緒子 → 種明かし → でも後味が苦い」という型がある。同じように、シリーズ全体にも“型”があって――最後は「結論を出さない二人」で締める

もし奈緒子が記憶ありで戻ってきたら、どうなるか。

上田は泣きながら抱きしめるかもしれない。奈緒子も笑って憎まれ口を叩くかもしれない。
でもそれをやると、二人の関係が“確定”してしまう

TRICKはそこを避けてきた。
恋愛ものに見せて恋愛として断言しない。師弟にも相棒にも家族にもなり切らない。
だからこそ、記憶喪失=関係性のリセットが必要だったんだと思います。

さらに、このリセットは「原点回帰」の装置として効きます。

公式サイトのシリーズ振り返りでも、第1シリーズは“母之泉”の事件をきっかけに2人が出会ったと整理されています。
つまり、最後の最後で“出会い”の形に戻るのは、シリーズとして綺麗なんです。

考察②|最後の「私は本物です」は、霊能力ではなく“山田奈緒子”の宣言

あの台詞、よく見ると二重の意味があります。

  • 表面:私は「本物の霊能力者」です(=賞金の条件を満たす)
  • もっと深いところ:私は「本物の山田奈緒子」です(=あなたが探していたのはこれでしょ?)

ここがTRICKの最後のトリックだと思うんですよね。

上田は「本物の霊能力者」を探していた。
でも本当は、霊能力者に会いたいんじゃなくて、奈緒子に会いたかった

その答えを、奈緒子は“霊能力”としてではなく“マジック”で返す。
霊能力じゃなく、トリック。
超常じゃなく、芸。
でも、上田が欲しかったのは論破でも証明でもなくて、「そこにいる」という事実だった。

だから「私は本物です」は、霊能力の証明じゃなくて、上田への返答に聞こえる。

考察③|奈緒子は生きている?死んでいる?最後のシーンが成立する3つの読み方

ここは視聴者が割れるポイントなので、整理しておきます。

1)生存説:生きていたが、記憶を失った(最もTRICK的)

TRICKの基本は“超常を科学で解体する”側の物語です。

だから、最終作でいきなり「本当に死後から帰ってきました」と断言するのは、作風としては一番やらない。

この読み方だと、奈緒子の登場は“奇跡”じゃなく“偶然と生存”で成立します。

しかも記憶喪失なら、過去の事件も恋愛も全部、確定しないままにできる。シリーズの終わらせ方として綺麗です。

2)死後説:フーディーニの逸話を“物語としてだけ”叶えた

一方で、ファンの間で語られがちなのが「フーディーニの逸話」の回収です。

公式サイトの感想にも、フーディーニや“母の泉”から始まり、フーディーニや“母の泉”で終わる――というループを指摘する声が出ています。

メディア記事でも、フーディーニが霊能力者を探した背景や、上田の行動がそれと重なる点が語られています。

この視点だと、最後の奈緒子は「本当に戻ってきた」というより、“TRICKが最後にだけ許した優しさ”に見えてくる。
ただ、TRICKは超常を否定してきた作品なので、ここも断言はしない。「そう見えてもいいよ」という余韻の置き方です。

3)上田の願望説:見たいものを見た(でもそれでもいい)

これはロマン寄りの読み方ですが、上田が1年待ち続けた末に、最後に“欲しかった像”を見た――という解釈。
ただこの説も、作品が明確に肯定はしません。

TRICKの面白いところは、どの説を取っても、最後のシーンが壊れない点です。

「本当は何だったか」より、「上田がどう受け取ったか」のほうが大事だから

考察④|なぜ“最後のシーン”が泣けるのか:TRICKの答えは「勝ち負け」じゃない

TRICKって、基本は笑いの作品です。
でも最後の最後で泣けるのは、上田の行動が“科学者の勝利”じゃなくなった瞬間が描かれるから。

上田はずっと「超常現象を論破して勝つ人」だった。
なのにラストでは、「勝てなくてもいいから、声が聞きたい」「会いたい」という人間になる。

そして奈緒子も、ロマンチックな再会ではなく、賞金目当ての顔で現れて、あのマジックをする。
この“らしさ”が残酷で優しい。

公式の感想欄でも「トリックで泣くとは思わなかった」「ラストシーンが忘れられない」といった声が多く、まさにこの余韻が刺さった人が多いのが分かります

見返すならここ|最後のシーンが刺さる“3つのチェックポイント”

最後の数分を「考察として」楽しむなら、見返しのポイントはこの3つです。

  1. 「1年後」という期限
    1年という区切りが、“待ち続ける地獄”をギリギリで終わらせる装置になっている。
  2. 里見の登場
    里見はギャグの顔をして、毎回「現実」のほうを持ち込む人。
    “霊能力者探し”がただのロマンじゃなく、遺された側の現実でもあると分からせる。
  3. 「同じ手品」で終わること
    シリーズの始点(出会い)へ戻し、「関係の結論」を出さずに“続く感じ”だけを残す。

まとめ|『ラストステージ』最後のシーンの意味は「本物の霊能力」ではなく“戻ってくる場所”の提示

最後のシーンは、霊能力の真偽を決める場面ではありません。
TRICKが最後に提示した“本物”は、能力ではなく――

  • 上田が待ってしまう弱さ
  • 奈緒子が戻ってくる図々しさ(でもそれが救いになる)
  • 二人が「結論を言わないまま」続いていく空気

つまり、“本物の霊能力者”よりも、上田と奈緒子の関係そのものが本物だったという終わり方です。

もしあなたが「最後のシーン、結局どういうこと?」と引っかかっているなら、その引っかかり自体が正解だと思います。

TRICKは、最後まで“答えを言い切らない作品”で、その言い切らなさが、シリーズを終わらせても終わらせない。

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