9話は、これまで勢いと熱量で突き進んできたえっちゃんが、初めて「立ち止まる」回です。
仕事も恋も順調に見えていたはずなのに、ある出来事をきっかけに、「校閲って本当に必要?」という疑問が突きつけられる。
派手に失敗するわけでも、大きな事件が起きるわけでもない。
でも、“評価されない仕事”の現実と向き合わされることで、えっちゃんの心は静かに折れていきます。
最終回を前にして描かれるのは、夢と誇り、恋と仕事の間で揺れる等身大の迷い。
9話は、地味だけど確実にシリーズの芯を打ち抜く、「再起の前の回」です。
ドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール」9話のあらすじ&ネタバレ

第9話は、タイトルどおり「校閲って、なくてもいい仕事なの?」という疑念が、主人公・河野悦子(えっちゃん)を真正面から殴りにくる回です。
憧れのファッション誌『Lassy』に関われるチャンスを得たのに、仕事でも恋でも“自分の武器”が急に効かなくなる。だからこそ、立ち直った後の言葉が刺さる。そんな波の高い1時間でした。
夢オチで始まる「まだ付き合ってない」問題
冒頭、悦子はいつものおでん屋(尾田大将の店)で幸人と二人きり。
いい空気のまま終電が近づき、幸人が甘えた感じで「悦ちゃんの部屋、見てみたい」的な距離感を詰めてくる。悦子も思わず「寄ってく?」と口にしてしまうんですが、幸人は急にスイッチが入って「まだ付き合ってないのに、こういうのはダメだ!」と店を飛び出してしまう。追いかける悦子――。
……と思ったら、まさかの夢オチ。
ここ、ただのコメディじゃなくて、9話全体の骨組みになってます。
「好き」なのに「関係が進まない」苛立ちと、悦子側の焦り。その焦りが、この後、仕事でも同じ形で噴き出すんですよね。
幸人、本郷家へ。親子の“生活”が動き出す
夢から覚めたあと、現実の幸人は本郷大作の家で朝食を作っている。以前の「森尾の家に居候」という歪な状態から、父の家で暮らすフェーズに移ったわけです。
本郷は息子と食卓を囲めるのが嬉しくて、わかりやすく機嫌がいい。いっぽうで「母」が同居を了承したらしいのに、どこか引っかかる空気も漂う。
幸人の家庭は、表面上は整い始めたのに、まだ“説明されていない何か”が残っている。最終回へ向けた静かな伏線として、この不穏さは覚えておきたいところです。
社内報の“手柄”問題。校閲は「いなかったこと」にされる
校閲部に戻ると、藤岩りおんが悦子に社内報を見せます。例の児童向け雑誌(前回のゴタゴタ)の記事が載っていて、編集(貝塚)と作家の功績っぽく書かれているのに、校閲の「こ」の字もない。
悦子は怒る。そりゃそうです。社内の話なのに、同じ会社の“当たり前を守った人たち”が消されている。
藤岩は「校閲はそういう役回り」と達観するけど、悦子はまだ飲み込めない。この「存在が消える」感覚が、後半で“別の形の痛み”になって悦子を襲います。
ついに『Lassy』へ。雑誌校閲は「別競技」だった
茸原部長から「『Lassy』の校閲が手間取っているのでヘルプが欲しい」と話が出て、悦子は即立候補。さらに米岡も同行する流れになります。
『Lassy』編集部に行くと、副編集長の波多野望(伊勢佳世)が雑誌校閲の“最優先項目”を説明する。書籍の校閲が文章の整合や表記揺れまで丁寧に追うのに対し、雑誌はとにかくスピードと実務。特にブランド名・商品名・電話番号などのミスが致命傷になる。
ところが悦子はここで、らしさ全開にしてしまう。
「ブランド名は完璧に頭に入ってるから大丈夫」と自信満々。――この“慢心”が、後で彼女の心を折る鍵になります。
森尾が巻頭企画担当に。悦子が感じた「まぶしさ」
編集会議では、編集長・亀井さやか(芳本美代子)が森尾登代子を巻頭企画の担当に抜擢します。森尾が目を輝かせる姿を見て、悦子も一緒に喜ぶ。ここまでは、素直に先輩っぽい。
でも同時に、悦子は自分の中の劣等感にも触れてしまう。
森尾は“編集部員”として成果が目に見える場所にいる。悦子は“校閲”で、成果が見えない場所にいる。しかも今、悦子は『Lassy』に出入りしているからこそ、その差が余計に目に入る。
悦子、編集領域に踏み込みすぎる。波多野の冷たさが刺さる
悦子は雑誌の校閲で、つい“編集っぽい指摘”までし始めるんですよね。たとえば着回し企画のモデル設定がブレているとか、シチュエーションが不自然だとか。悦子にとっては「読者の没入が崩れる=品質が落ちる」から、言いたくなる。
でも波多野副編集長は冷徹に線を引く。
「そういうダメ出しはいらない」「雑誌は流し読み」「そもそもそれは編集の仕事」――悦子が欲しかったのは“校閲としての歓迎”なのに、返ってきたのは「校閲の範囲に戻って」と言われる現実でした。
このやりとりで面白いのは、波多野が単なる悪役じゃない点。雑誌は締切がタイトで、全部を精密にやっていたら終わらない。正しさの優先順位が違うんですよ。だからこそ悦子は、同じ「校閲」という言葉でも、別競技をやらされている感覚になる。
幸人の表紙効果とすれ違い。悦子は誘いを断る
一方で『Lassy』は、幸人が表紙になったことで売れ行きも好調。幸人には取材が複数入っていて、勢いがある。そんな幸人が悦子を食事に誘うんですが、悦子は仕事で断ってしまう。
恋も仕事も“余裕”がない。9話の悦子は、ここから一気に崩れていきます。
タイアップのクレーム。悦子のプライドが「一文字」で折れる
事件が起きるのは、タイアップ先からのクレーム報告。
波多野が担当しているブランドの表記が「今月からアルファベット大文字になった」のに、誌面は以前の表記のまま。しかも、そのページを見たのが悦子だった。
「ブランド名は完璧」と豪語していた悦子にとって、これは最悪の形で刺さるミスです。悦子は「一緒に謝りに行く」と言うけど、波多野は「校閲なんか来たってしょうがない」と突っぱねる。
この言葉の残酷さは、ミスの内容以上に“職業の存在否定”になっているところ。悦子は帰宅して、ソファに沈み込みながら「校閲という仕事の存在」を考え込む。
翌朝、悦子が「地味」になって出社。みんなの異変センサーが鳴る
次の日。悦子は、いつもの派手なファッションを捨てて、信じられないくらい地味な格好で出社します。受付の佐藤百合と今井セシルは絶句。セシルは即座に周囲へ“異変”を共有するくらい、普段の悦子が「服=精神状態」だと分かっている。
校閲部員たちも、顔を合わせた瞬間に察する。
机には栄養ドリンクや癒やしグッズが置かれ、米岡は香水をひと振りしてみせる。印刷会社の正宗がうっかり「今日、地味ですね」と言って空気が固まるのも、この回の笑いどころであり、優しい地雷でもある。
「いつもの元気」がない。藤岩の弁当とセシルの口紅
昼、悦子は弁当のおかずを入れ忘れる。こういう小さな描写が、落ち込みの深さを的確に示すんですよね。
藤岩は、自分のおかずを入れて“キャラ弁風”に整えてあげる。あの藤岩が、言葉じゃなく手当てで支える。地味に泣ける場面です。
さらに退社時、セシルが悦子を飲みに誘って断られると、今度は幸人が現れる。セシルは機転を利かせて、悦子の唇にさっとルージュを引いて送り出す。
つまり「あなたの色を戻して」と背中を押すわけで、これも“校閲部の愛”が見えるシーンでした。
幸人のノート。「当たり前」を守る仕事の話が悦子を救う
幸人は悦子を連れ出し、高い場所から街や公園を眺めながら話をします。
公園の遊具が事故を起こさないのは、遊んだ後に点検してくれる人がいるから。電車も橋も電気も、誰かが点検しているから“当たり前”として機能する。
そして幸人は、そういう「目立たないけれど欠かせない仕事」を取材して、ノンフィクションを書こうとしていると打ち明ける。ノートには、鉄道の保線や橋梁の保守点検など、いわゆる“縁の下”の職業のメモがびっしり。幸人がこのテーマに辿り着いたのは、悦子と出会って校閲という仕事を知ったからだ、と感謝も伝える。
ここで悦子は一気に息を吹き返す。
「これ、絶対面白い。保証する!」と、いつもの悦子が戻るんです。落ち込みの原因が「校閲の価値が分からない」だったなら、回復の鍵は「校閲の価値を言語化してくれる他者」だった。9話は、そのロジックが綺麗に組まれています。
幸人はさらに「ちゃんと言っておきたいから。悦ちゃん」と言いかける。でも悦子は動揺して「ちょっとだけ時間をください」と逃げるように走り去ってしまう。告白直前でストップ。恋もまた、まだ“当たり前”になっていない。
森尾の部屋へ。三角関係を壊さずに進める“確認作業”
悦子が向かったのは森尾の部屋。
貝塚から「森尾が幸人を密かに想っている」と聞いてしまった以上、ここを曖昧にしたまま幸人と進むのが悦子にはできない。自分の恋のためにも、後輩のためにも、ちゃんと確認したい。
森尾ははっきり言う。「ないよ」と。
ただし続けて、少しだけ揺れた時期はあったと正直に話す。つらい時に幸人に癒やされたから、一瞬、心が寄った。でも今は違う。そして決定的なのが、「幸人より先輩の方が好きなんだよ」という告白。恋愛ではなく、憧れと信頼としての「好き」。森尾は、悦子のまっすぐさにずっと憧れていたんだと明かします。
悦子は泣きながら森尾に抱きつき、森尾はスカーフを巻いてあげる。
“地味になった悦子”に、森尾が色を戻す。これ、恋敵を救うシーンじゃなくて、自分の憧れを守るシーンなんですよね。友情が三角関係を上書きする瞬間でした。
ふたたびLassyへ。悦子が取り戻した「指摘出し」の胆力
元気を取り戻した悦子は、夜の編集部に戻り、校閲をやり直す。過去号まで引っ張り出して徹底的に見比べる。ここで悦子は、さっきまで外されかけていた“表記揺れ”の領域にも再び踏み込んでいく。
ただし今度は、編集部に認められたいからじゃなく、「読者の当たり前」を守るために。
夜、茸原部長が顔を出して、部長会で社長に「久しぶり」と言われた話をする。最近校閲部がミスをしていないから、存在が目立たなくなっていた、という意味です。校閲は“何も起きない”ことで評価される仕事。
つまり、成功するほど忘れられる。悦子がさっきまで抱えていた虚しさを、部長が言葉にしてくれる形でした。
停電(?)からのスピーチ。悦子が“校閲の意味”を編集部に叩きつける
翌日、悦子はいつもの派手モードで出社。校閲部も一安心。ところが『Lassy』編集部では、悦子が出した大量の指摘(表記揺れまで全部直した)が問題視され、「なにこれ?」とざわつく。
そのタイミングで、編集部が停電になり、悦子が登場する演出が入る。そこで悦子が語るのは、昨夜幸人に聞いた話の“校閲版”です。
電気がつくのが当たり前なのは、点検している人がいるから。校閲も同じ。当たり前を守っている。雑誌は流し読みされるかもしれない。でも自分みたいに隅々まで読む読者も必ずいる。だから、校閲をさせてほしい――。
悦子は深々と頭を下げて、「貴重な体験をありがとうございました」と感謝し、編集部を去る。押し付けがましい武勇伝じゃなく、“職能の説明”としての宣言になっているから、嫌味がない。
編集長・亀井もここで締める。
過去に「5年前の号で同じタイトルがあった」と指摘された経験を引き合いに出し、たとえ一人でもがっかりさせる雑誌は売れない、と。校閲の指摘は面倒だけど、読者の信頼を守るためには必要。編集部の空気が少し変わる瞬間でした。
波多野の“お米”と小さな和解
もうひとつ小さな変化がある。波多野が机に隠していた“お米”が、最後には「森尾におすそ分け」「ついでに校閲の子にも渡して」と柔らかくなる。
「当たり前に届くもの」も、誰かの労力の上にある。悦子のスピーチと同じテーマを、波多野も自分の生活で理解した、という小さな着地です。
ラストは告白未遂。ハイジの着信音が運命を切る
そしてラスト。悦子は幸人に会い、ついに言葉にしようとする。
「初めて会った時から好き」「モデルでも作家でも、マイペースなあなたが好き」――悦子らしいストレートな告白の入り口。
でもそこで、森尾から電話が入る(例の“アルプスの少女ハイジ”のメロディー)。内容は「編集長が『Lassy』に来いと言ってる」=異動の可能性。
恋の告白と、夢の扉。どっちも同時に来るから、人生は意地悪です。こうして9話は、最終回直前の分岐点で終わります。
ドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール」9話の伏線

第9話は“単体で完成した感動回”でありながら、最終回へ向けて仕込みもかなり丁寧です。ここからは、9話の中に置かれた「次へつながる要素」を整理しておきます。
「地味にスゴイ」ノンフィクション構想=幸人の次回作の方向性
幸人のノートに書かれていたのは、“目立たないけれど生活を支える職業”の取材メモでした。これは単なる励ましではなく、幸人の作家としての次の軸を示すものです。
そして、そのテーマがドラマのタイトルそのものと重なる。つまりこの9話で、作品全体のタイトル回収が始まっている。
森尾の「幸人より先輩が好き」=三角関係の終結と、最終回での連携
森尾は「少しだけ揺れた」ことを認めつつ、最終的に悦子を選ぶ。恋敵として戦うのではなく、先輩の背中を押す立場に回る。
これで三角関係は“揉めるための装置”ではなく、“二人の関係を深めるための装置”に変わりました。最終回で悦子が何かを選ぶ時、森尾が“敵”ではなく“味方”でいるのはかなり大きい。
波多野と亀井の態度変化=「異動の誘い」の下地
序盤、波多野は「校閲なんか来たってしょうがない」と切り捨てる側でした。でも終盤では、米を分け与える側に変わる。亀井編集長も、校閲の指摘を“読者の信頼”の話に接続して肯定する。
この二人の変化があるからこそ、ラストの電話(=引き抜き)に説得力が出る。
茸原部長の「久しぶり」と「望んでいる限り開いています」
社長が校閲部長に「久しぶり」と言った=ミスがなくて存在が薄かった、という話は、校閲の本質を言語化すると同時に、悦子の進路に影を落とします。
夢の『Lassy』か、誇りの校閲か。どちらを選んでも“正解”に見える状況を作っている。部長の言葉は、最終回で悦子が決断するための哲学的な伏線になっています。
本郷家の不穏さ=「父」と「仕事」の次の波
9話の本郷家は一見ほほえましいけれど、母の様子や電話での気まずさなど、まだ言い切れていない要素がある。
そして最終回では、本郷に盗作疑惑が持ち上がる展開が控えている。9話で“家庭の揺れ”を見せておくことで、次の“仕事の揺れ”に自然につながる設計です。
ドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール」9話を見た後の感想&考察

9話を見終わった直後、僕の中に残ったのは「この回、地味に優しい」という感触でした。
泣かせに来るのに、押し付けてこない。説教っぽいテーマなのに、ちゃんと娯楽として成立している。だから見た人が、自分の仕事や日常に重ねやすい。
公式が「神回」と言い切ったの、伊達じゃない
放送当時、公式SNSが「地味スゴでしかできないお話」「つまり神回」と投稿していたのを見て、正直「自分で言うんだ」と笑ったんですが、見終わると納得するしかない。
この9話って、悦子が派手に暴れる回ではなく、悦子が一度“自分を失う”回なんですよね。主人公が弱る回は、物語全体の重心になる。
しかもそれを「派手な服を着なくなる」という視覚で見せるから、説明ゼリフが少なくて済む。ドラマとして賢い。
「校閲は、成功するほど忘れられる」…この構造が刺さる
9話の核はここです。
校閲は、ミスが出なければ“存在しないみたい”に見える。社内報でも消される。編集部でも邪魔者扱いされる。けれど、その状態こそが「仕事が機能している証拠」でもある。
幸人が言っていた“当たり前を当たり前にする”という話は、点検業務やインフラだけじゃなく、ありとあらゆる裏方仕事に刺さります。
僕らは「誰かに見てもらえる成果」ばかり追いがちだけど、現実は“見えないところ”が崩れた時にだけ、表が崩れる。校閲も、まさにその位置にいる。
雑誌校閲は「精密さ」より「事故らないこと」優先。悦子の挫折は必然
悦子が最初にやらかしたのは、能力不足というより、ルールの誤認です。
書籍の校閲者としては優秀でも、雑誌はスピードと実務で、優先順位が違う。「ブランド名だけは絶対に間違えちゃダメ」という戦場で、「自分は知ってるから大丈夫」と思った瞬間に、校閲者としての“基本動作”が抜け落ちる。
つまり9話は、悦子の成長物語としてもかなりロジカル。
知識や経験が増えた人ほど陥る「確認を省くミス」を、主人公に体験させる。これ、働く人なら他人事じゃないはずです。
森尾と悦子の関係、ここで“作品の背骨”になった
僕は9話で一番好きな場面、森尾の部屋での告白かもしれません。
森尾が「ちょっとだけあった」と言える正直さ、そして「先輩の方が好き」と言い切る勇気。恋愛ドラマだと、この手の場面は嫉妬やドロドロに転がしがちなのに、この作品は友情で上書きしてくる。
森尾にとって悦子は、ただの“派手な先輩”じゃない。
自分が言えなかったことを言える人。自分が引け目を感じる場面で、前に出られる人。だからこそ「憧れ」なんですよね。憧れは、恋より長持ちする。ここが綺麗でした。
幸人が惚れたのは、悦子の“明るさ”より「仕事観」だった説
もちろん恋愛としての相性もあるんだけど、9話で明確なのは、幸人が悦子の仕事に影響されてテーマを見つけたこと。
「校閲って仕事に興味を持った」「日の当たらない場所で輝く人たちを書きたい」――これ、恋愛の褒め言葉としても強いし、作家としての“尊敬”の告白でもある。
恋って、ドキドキだけじゃ続かないじゃないですか。
相手の価値観に影響されて、自分の道が変わる。そういう関係は強い。9話は「二人がどう付き合うか」より前に、「二人がどう影響し合うか」を描いていて、その順序が僕は好きです。
視聴者も泣いた回。愛される主人公の強さ
放送当時、「9話は涙」「みんなに愛されてるえっちゃん」という反応が多く見られたのも象徴的でした。
悦子って、仕事ができるから愛されるんじゃなくて、“失敗しても戻ってくる力”があるから愛されるんですよね。
しかも戻ってくる時に、周りの人の優しさをちゃんと受け取れる。人って、落ち込んでる人に何かしたくても、拒まれるともう踏み込めない。その点、悦子は受け取れる。だから周りも救われる。
最終回直前の「電話」=夢と恋が同時に来る地獄
ラストの“ハイジ着信”は、笑えるのに笑えない。
恋の告白の途中で、仕事の夢が割り込む。しかも『Lassy』という、悦子が何年も追い続けた夢が。
ここで問われるのは、たぶん「夢が叶うこと」じゃなくて、叶った夢の中で自分が何をしたいかなんですよね。
9話で悦子は、校閲の価値を取り戻した。だからこそ、『Lassy』に行くなら“編集者になりたい”ではなく、“当たり前を守る人として行く”になるはず。最終回はその答え合わせ。
9話は、そのために悦子を一回壊して、再構築した回だったと思います。
地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子の関連記事
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