第6話は、恋愛ドラマとして見ても、お仕事ドラマとして見ても、はっきりと「転換点」だと分かる回でした。
森尾の部屋での同居発覚という、悦子にとって最悪の真実から始まり、尾行によって浮かび上がる幸人の不可解な行動。
一方で仕事パートでは、新雑誌の危機と桐谷の原稿をめぐる徹夜校閲が描かれ、校閲部が初めて“チーム”として機能します。
恋と仕事が同時に極限まで追い込まれ、その両方で「納得できるかどうか」が問われる――。6話は、校閲ガールがただの元気主人公ドラマではないと決定づけた一話でした。
ドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール」6話のあらすじ&ネタバレ

第6話は、恋愛パートの“モヤモヤ”が最大化したかと思えば、後半は一転して“仕事パートの熱量”が胸を打つ回でした。
幸人の不可解な行動、貝塚の過去、桐谷の再点火、そしてラストの告白――。物語のエンジンが一段上がる“転換回”として、かなり濃い1時間です。
※この記事は第6話の結末まで触れます。未視聴の方はご注意ください。
森尾の部屋で同居が発覚:悦子の頭が真っ白になる
物語は、悦子が“最悪の形”で真実を知るところから始まります。
最近いい感じに距離を縮めていた幸人が、なんと後輩の森尾の部屋にいる。しかも、ただ出入りしているのではなく「同居している」という状況。
悦子にとってキツいのは、浮気の証拠を掴んだとか、そういう分かりやすい裏切りではない点なんですよね。
幸人が森尾の家にいる理由が、恋愛ではなく「間借り」という、価値観のズレで説明されてしまう。森尾も「変なことはしていない」「彼氏はいる」と釘を刺す。だから怒りの矛先が定まらない。
幸人も謝る。けれど、悦子の中では「恋人でもない女性の家に住める神経」が理解できず、ショックがじわじわ増幅していきます。
ここ、恋愛ドラマだと“誤解が解けて一件落着”に寄せがちなのに、第6話は逆。誤解が解けても感情が片付かないという、人間っぽさで攻めてくるのが厄介で、でもリアルです。
悦子の「疑っちゃダメ」VS心の中の「いや無理」:尾行が始まる
職場でも、悦子の心は落ち着きません。
周囲からは「そりゃ疑うでしょ」「疑わない方が不自然だよ」という声も出る。悦子自身も、口では「疑っちゃダメ」と言いながら、内心は暴風雨です。
そして悦子は、ついに“行動”に出ます。
幸人がどんな人間か確かめたい――そう自分に言い訳しつつ、実質は不安の正体を見える形にしたいんですよね。見えないものが一番怖いから。
きっかけは、街で見かけた幸人が、泣いている子どもをあやしている場面。
悦子の心の声は思わず「やっぱりドストライク」。この時点で、恋はまだ終わっていない。終わっていないからこそ、確かめたくなる。
幸人の不可解な行動:ゲートボール、スナック、腕相撲…何してるの?
悦子の尾行が面白いのは、幸人が“浮気っぽい行動”を一切しないこと。代わりに出てくるのが、意味不明な行動のオンパレードです。
・お年寄りに混ざってゲートボール
・スナックでカラオケ、しかも年上の女性とデュエット(選曲が渋い)
・子どもたちと腕相撲大会
……いや、何この行動ログ。悦子が「つくづく意味不明」とつぶやくのも当然です。
このパート、最初はコメディとして見せつつ、後半で“別の意味”を立ち上げてくるのが上手い。第6話は、序盤の違和感が後半で回収される設計になっています。
そして、尾行している悦子の隣に、なぜか貝塚まで現れて「意味不明だな」と同調する。
編集者としては「作家はもっと書け」という目線になるし、悦子としては「人としてよく分からない」。同じ“意味不明”でも、見ている方向が違うのが面白いところです。
仕事パート突入:「月刊こどものべる」と“子ども向け”の違和感
恋でぐちゃぐちゃの悦子に、仕事の爆弾が落ちてきます。
新雑誌『月刊こどものべる』に掲載される小説の校閲。ところがその原稿が、言葉遣いが難しすぎて子ども向けになっていない。悦子はそこに強い違和感を抱く。
悦子の立場って、ここが絶妙です。
本当はファッション編集をやりたい。でも校閲部にいる。だからこそ「作品が読者に届くか」という視点に、誰よりも敏感になっている。
“誤字脱字を直す”以前に、“この文章は届くのか”を見てしまう。
それが悦子の強みであり、貝塚の地雷でもあります。
悦子が貝塚に意見すると、いつものように反発される。
貝塚は「この作家は目玉だから」と引けない。悦子は「子どもが読めないなら意味がない」と引けない。
この衝突、単なる口喧嘩じゃなく、出版の根っこ(誰のために作るのか)を殴り合っています。
桐谷歩の登場:バイク便の男が貝塚を刺す
そこへ現れるのが、バイク便の男・桐谷歩。
彼は、かつて作家志望で、貝塚が担当していた人物。今は作家を辞め、配達員として生計を立てている。そして貝塚を恨んでいる。
桐谷が放つ「売れるためなら、なんだっていい」という刺し言葉は、悦子に向けた味方の援護射撃ではなく、貝塚への私怨の刃です。
でも結果として、悦子の“違和感”を補強してしまう。
ここから第6話は、貝塚の人物像をひっくり返します。
これまで貝塚は、悦子に「ゲラも見ないで接待ばかり」と言われても軽く流す、余裕のある男に見えていた。
ところが実際は、過去に「作家志望の才能を潰してしまった」という自責を抱えていた。だからこそ、作家への向き合い方が歪んでいた。
貝塚は桐谷のもとを訪ね、当時の言動を謝る。しかし桐谷は簡単には許さない。謝罪って、相手の傷が消える魔法じゃない。第6話はそこを誤魔化さないのがいい。
“目玉作家”西園寺が撤退:雑誌は穴が空き、現場は戦場になる
さらに追い打ち。
『月刊こどものべる』の“目玉作家”が、突然「作品を引き上げる」と言い出し、掲載ができなくなる。
ここ、地味に残酷です。
「子ども向けに迎合できない」という作家の矜持は分かる。けれど雑誌は動いていて、印刷工程もある。穴が空けば現場が死ぬ。
出版って、理想だけじゃ回らない。
理想が強いほど、現場が燃える。
貝塚は代わりの原稿を探す中で、桐谷が書いた“子ども向けの小説”の存在に気づく。
それを読んだ貝塚は強く心を掴まれ、「この作品を載せたい」と上司に掛け合う。
貝塚、頭を下げる:悦子のデートは消え、徹夜校閲が始まる
問題は、時間がないこと。
通常なら校閲に数日はかかる分量。それを“明日の朝まで”。
ここで貝塚が、悦子に頭を下げて頼み込む。犬猿の仲みたいだった2人が、初めて同じ方向を向く瞬間です。
悦子も、幸人とのデートの約束がある。それでも仕事を選び、徹夜に突入する。
さらに熱いのが、藤岩の動き。
本当は結婚記念日で早く帰る予定だったのに、事情を聞いて残る。しかもこの回で、藤岩が既婚者だと判明する。校閲部が誰も知らなかったという驚きも含めて、キャラが一気に立ちます。
そして夜の景凡社に、米岡たちも集まり、校閲部が“チーム”として機能し始める。桐谷本人も呼ばれ、校閲をしながらリアルタイムで原稿を直していく流れに入ります。
森尾の夜:幸人の専属モデル決定と、不倫の清算
一方その頃、ファッション誌『Lassy』側でも動きがあります。
読者投票で、男性専属モデルが幸人に決定。森尾は編集部で祝福され、幸人と前祝いをしようとする。
でも幸人は、悦子たちの徹夜校閲に合流してしまう。
森尾が帰宅しても部屋に幸人はいない。そこで鳴る“浮気相手”からの電話。森尾はここで別れを告げる。
派手な修羅場ではない。
むしろ静かに、自分のダメな部分を切り落としていく感じがある。森尾の未熟さを責めるというより、彼女も彼女で、何かを終わらせようとしている夜です。
朝6時、原稿が完成:桐谷が泣き、貝塚が救われる
夜が明ける直前、原稿はギリギリで完成。
貝塚は校閲部に深く頭を下げ、桐谷もまた感謝を口にする。
悦子が「面白かった」と言うと、桐谷は涙を浮かべながら「書いてきてよかった」「納得できるものが書けてよかった」と救われていく。
ここ、作家が救われる話でありつつ、同時に編集者も救われています。貝塚は「自分が誰かの才能を潰した」という記憶で止まっていた。でも今度は逆に、“世に出す”側に戻れた。
過去を消すんじゃなく、別の結果で上書きする。第6話の最大のカタルシスは、ここにあります。
幸人の本音:「スイッチがどこにあるか分からない」
徹夜明け、貝塚は幸人と向き合います。
幸人は、自分が納得して面白いと思えていない作品が読者に届くはずがない、と言いながら、
「自分のスイッチがどこにあるのか分からない」
と吐露する。だから色んな人に会って、色んなことをしてみた。でも書けない。見放してくれていい――。
ここで、序盤の“意味不明行動”が一気に意味を持ちます。
ゲートボールも、スナックも、腕相撲も、全部「生きた言葉を拾うための旅」だった。
貝塚は言う。
「作家と編集は二人三脚だ。もっと俺を頼れ」
ラスト:幸人の告白「好きだよ。大好きだよ」
そして最後。
幸人は悦子に、「思った通りの人だった」と伝えます。
自分みたいにごちゃごちゃ言わず、目の前のことに一生懸命で――。
その流れで、あまりに真っ直ぐに言う。
「今更だけど、俺、えっちゃんのこと好きだよ。大好きだよ」
この一言で、第6話は終わります。
ドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール」6話の伏線

第6話は“単発ゲスト回”に見えて、実はシリーズ全体に効いてくる仕掛けが多い回でした。恋と仕事が同時に進み、登場人物がそれぞれ「次の段階」に入る準備をしています。ここでは、第6話時点で判明・提示された伏線を整理しておきます。
幸人の“意味不明行動”は、作家としての危機のサイン
ゲートボール、スナック、腕相撲――あれは変人描写ではなく、幸人が「書ける自分」を探す行動でした。
「色んな人に会ってみた。でも書けない」という告白が、尾行パートを“伏線”として成立させています。
この危機は、今後も尾を引くタイプです。
作家のスランプって、才能の枯渇というより「自分が信じていた方法が効かなくなる」症状なので、復活には時間がかかる。だからこそ、ここで一度“底”を見せた意味は大きい。
貝塚の過去=「編集者の罪」が明確に描かれた
貝塚が桐谷に謝罪し、「売れるようにと思って言った言葉で才能を潰した」と自責していたことが明らかになります。
これ、恋愛の当て馬とかではなく、作品の中核テーマに直結する伏線です。
編集者は作品を育てる人であると同時に、言葉ひとつで創作者を折ってしまう存在でもある。
この“編集者の罪”を背負った貝塚が、今後幸人にどう向き合うか。ここがシリーズの見どころになっていきます。
桐谷の再点火は「夢を諦めた人」だけの話じゃない
桐谷が「書いてきてよかった」と涙をこぼすのは、桐谷個人の救済に見えて、実は“他のキャラ”にも波及する構造です。
夢は折れる。でも、完全に消えない。
この第6話の手触りが、以降の物語で「誰が、何を、どこで諦めるのか」を照らす伏線になります。
悦子の選択「デートより仕事」が、異動願望を変質させる
悦子はずっと『Lassy』に行きたい。でも第6話で、貝塚の頼みに応じて徹夜校閲を選ぶ。しかも「今の仕事はファッション誌でも活かせる」と反論する場面がある。
ここは大事です。
悦子の“夢”は消えていない。でも、校閲部での経験が「ただの遠回り」ではなく、夢の実現方法そのものを変えていく。この変化が、後半の悦子の立ち回りを強くしていくはずです。
森尾の不倫清算が、三角関係の温度を上げる
森尾が不倫相手に別れを告げるのは、単なる後始末ではなく、感情の向きが変わったサインです。
幸人が部屋にいない“孤独な夜”を経験したことで、森尾の中の「誰を本気で見ているか」が整理され始めた。
この整理が、次回以降の悦子×幸人にどう絡むかは、見逃せないポイントです。
藤岩りおん「既婚者」判明は、校閲部の見え方を変える
藤岩が結婚している。しかも周囲が誰も知らない。
この情報は、単なる意外性の小ネタに見えますが、僕は“校閲部の描き方”の伏線だと思っています。
校閲部は「会社の中の地味な部署」として描かれがちだけど、そこにも当然、家庭があり生活がある。
仕事の顔しか見えていなかった人物に、生活のレイヤーが増える。
この回以降、校閲部が“背景”じゃなく“人の集合体”として見えてくるんですよね。
ドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール」6話の感想&考察

第6話、僕はかなり好きです。
理由はシンプルで、「仕事の物語」と「恋の物語」が、同じテーマ(納得・言葉・覚悟)でつながっているから。
恋愛ドラマの気持ちよさだけでも、お仕事ドラマの爽快感だけでもなく、両方が同じ一点に向かって収束していく構造が美しい。
第6話は「悦子が主役」から「チームが主役」へ切り替わる回
序盤の“地味スゴ”は、悦子が暴れて周囲を動かす“ワンマン”の快感が中心でした。
でも第6話は、徹夜校閲で校閲部が集結し、貝塚も桐谷も幸人も巻き込んで、作品を完成させること自体が主役になる。
この切り替えで、ドラマの厚みが一段増しました。
仕事って本来、誰か一人の才能じゃなく、複数人の“持ち寄り”で成立するもの。第6話はそこを真正面から描いていて、見終わった後に妙な高揚感が残ります。
桐谷は“過去の幸人”、幸人は“現在の桐谷”という鏡像
桐谷は、夢に一度敗れて、今も傷を抱えている人。
幸人は、成功しているように見えて、今まさに「書けない」という壁にぶつかっている人。
この2人を同じ回に出すことで、ドラマは言葉にしない問いを投げてきます。
- 夢を諦めた人は、負けなのか
- 夢を叶えた人は、勝ちなのか
- “書ける/書けない”の境界線って、どこにあるのか
桐谷が泣きながら「書いてきてよかった」と言う場面は、幸人の未来の可能性でもある。
だからこそ、貝塚が幸人に「頼れ」と言うシーンが効くんですよね。編集者が作家の未来に介入できる瞬間って、確かにある。
“納得”のために徹夜する大人たちが、地味にカッコいい
徹夜って、美談にしすぎると危険なんだけど、それでも第6話の徹夜は“熱”が勝ちます。
なぜなら彼らが守ろうとしているのが、「会社の都合」ではなく、「作品の納得」だから。
桐谷を呼んで、リアルタイムで直しながら詰めていく。
貝塚も「ここを変えたい」と、ギリギリまで粘る。
校閲部も、ただ誤字を潰すだけじゃなく、読者に届く形へ整える。
ドラマとしての誇張はありつつも、「校閲って、最後の砦なんだよな」という尊さは、ちゃんと伝わってくる。
ここが第6話の“お仕事ドラマとしての勝ち”だと思います。
悦子の「尾行」はダメだけど、尾行がなかったら告白は成立しない
悦子の尾行、行為としては完全にアウトです。
ただ、物語として見ると“必要な失態”でもある。
幸人は、自分が苦しい時に、目の前のことに全力で取り組む悦子を見て、心を動かされる。
でも悦子が尾行していなければ、そもそも幸人の“意味不明行動”は“意味不明のまま”で終わっていた。
視聴者も「何やってんの?」で切り捨ててしまう。
第6話は、悦子のダメさ(不安、疑い、暴走)をきちんと描いた上で、それでも最後に“仕事の姿”で巻き返させる。
このバランスがいい。悦子が聖人じゃないから、共感できるんです。
告白の破壊力は「短さ」と「今更」にある
ラストの告白は、恋愛テクニックとして語られがちだけど、僕は“言葉の構造”がうまいと思っています。
- 形容詞が少ない
- 理由を並べすぎない
- 「今更だけど」で照れと覚悟を同時に出す
結果として、「好きだよ。大好きだよ」という、子どもでも分かる日本語が、異常に刺さる。
言葉の直球って、変化球より怖いんですよね。
第6話が残した余韻:恋も仕事も「納得できるか」が核心になる
最後に、僕が第6話を“転換回”だと思う理由はここです。
- 幸人:書くことに納得できない
- 桐谷:納得できるものを書けた
- 貝塚:編集者として納得できる仕事をしたい
- 悦子:今いる場所で納得できる努力をする
- 森尾:納得できない関係を終わらせた
全員が、人生のどこかで“納得”を求めて動いている。
だから第6話は、ただ泣ける・キュンとするだけじゃなく、
見終わった後に「自分の仕事、ちゃんとやろう」と思わせてくる。
この押しつけがましくない“背中押し”が、地味にスゴイんですよね。
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