前話では、文菜が今の恋に小さな揺らぎを感じ始める気配がありました。
第5話は、その揺らぎの正体を探るように、現在と過去を静かに往復します。
ゆきおとの穏やかなピクニック。やわらかな昼の光の中で、文菜の記憶は大学時代へと戻っていきます。
佃武との恋は、まっすぐで、優しくて、そして少しだけ怖い恋でした。好きになるまでの時間、好きになってからの涙、そして「もっと好きになってほしかった」という別れの言葉。
過去の恋の答え合わせが、今の恋の予告のようにも見えてしまう——。
第5話は、優しさが生むすれ違いと、“話さなかったこと”の重さを描いた回です。
※第5話「なみだとあくび」のネタバレを含みます。
ドラマ「冬のなんかさ、春のなんかね」5話のあらすじ&ネタバレ

私が見た第5話は、今の恋と、昔の恋がゆっくり重なっていく回でした。
ゆきおとのピクニックの空気がやわらかいほど、思い出の中の“まっすぐさ”が眩しく見えて、あとからじわじわ刺さってきます。
現在:ピクニックの昼、思い出がふっと戻ってくる
文菜は恋人のゆきおとピクニックをしていて、並べられたお弁当や、食べる前のちょっとした沈黙や、噛む音までが穏やかでした。笑いながらもどこか遠くを見るような文菜の表情が、そのまま過去の記憶につながっていきます。
その「思い出」は、同じように“お弁当”があって、“動物園”があって、そして相手が泣いてしまうくらいまっすぐだった恋でした。
文菜は、今の自分が手のひらで触れられる範囲の幸せに寄り添うように、昔の自分を呼び戻していきます。
大学3年の秋:まだ「今すぐ別れな」と言えた頃の文菜
回想の中の文菜は、今よりずっと“正しさ”に迷いがありませんでした。友達の真樹がよくない恋愛(不倫)をしていると知ると、ためらわずに「今すぐ別れな」と言ってしまう。言葉が鋭いというより、迷いがないんです。
真樹は真樹で、その正しさに真正面からぶつかってきます。「私がいいって言ってるんだから、別にいいじゃん」という態度は、文菜の「それは違う」に火をつけるし、でも同時に“他人の恋は、外側からは切れない”っていう現実も見せつけます。
この時点で文菜はまだ、「恋は正しいかどうか」で測れると思っていた側の人でした。けれどこの回想は、その価値観が少しずつほどけていく入口にも見えます。
佃武の告白:泣いていると思った、あの瞬間から
ある日、同級生の佃武が文菜に告白します。
きっかけは、文菜が小説を読みながら泣いているのを見たこと。佃はその姿が忘れられなくて、好きになったと伝えます。
ただ、その「涙」は本当の涙ではありませんでした。
文菜が使っていたのは目薬で、佃が見たのは“泣いているように見えた”瞬間だった。最初のすれ違いが、もうこの時点で生まれているのが切ないです。
文菜はすぐに返事を出せず、いったん保留にします。ここから二人は、告白と即交際ではなく、「会う」「話す」「帰る」を何度も繰り返して、じわじわ距離を縮めていくことになります。
返事保留の時間:映画とお茶、好きになる手前の会話
文菜は「返事はまだ」と言いながらも、佃と映画に行ったり、お茶をしたり、会う回数を重ねます。
恋って、決意より先に“習慣”ができることがあるじゃないですか。会うことが当たり前になって、次の約束が自然にできて、それが安心になっていく。
佃はその時間を、焦らずに丁寧に歩きます。押しつけがましさがなくて、でも感情は隠しきれなくて、会話の端々に「好き」がにじむ。文菜はそのにじみを受け取りながら、まだ「好きです」とは言い切らない。
その絶妙な距離が、見ている側としてはもどかしいのに、妙にリアルでした。好きになるって、最初から一直線じゃないんだよなって。
文菜の誕生日:スノーボールと手紙が「返事」になる
そんな曖昧な期間を経て、文菜の誕生日がきます。佃はスノーボール(雪玉の小さな置物)をプレゼントし、さらに手紙で改めて気持ちを伝えます。
言葉にするとシンプルだけど、“手紙”って逃げ場がないんですよね。
目の前で言うよりも、書いて残してしまうから。佃のまっすぐさが、そこに全部乗っている。
文菜はその手紙を受け取って、ついに交際を受け入れます。返事は大げさな宣言じゃなく、すっと差し出されたものを握り返すみたいな、静かな決断でした。
動物園デート:幸せ泣きと、気になってしまった「あくび」
付き合い始めた二人は動物園へ行きます。
文菜はお弁当を作ってきて、佃はそれを食べながら、幸せすぎて泣いてしまう。大人がデートで泣くって、普通ならちょっと照れるはずなのに、佃はそのまま泣いてしまうのが、逆に胸を打ちます。
文菜は「好きって言ってくれてありがとうね」と言葉を返し、佃はそれでさらに感情が溢れてしまう。恋の温度が高いというより、“気持ちが隠せない”人の涙でした。
でもこの日の文菜には、ずっと引っかかっていたことがあります。佃がやけにあくびをすること。文菜は「退屈なのかな」「疲れてるのかな」と気になりながらも、その場で聞けないまま、笑顔の裏に疑問をしまいこみます。
佃の誕生日:焼肉の帰り道、言葉にできない衝動がこぼれる
次は佃の誕生日。二人は焼肉に行き、帰り道で佃が不器用に気持ちを出します。「キスしたい」と口にしてしまう感じが、軽い甘さじゃなくて、緊張の中からやっと出てきた言葉なんです。
文菜はそれを受け止めて、二人はキスをします。
照れた顔を隠すみたいに笑って、でもどこか確かめ合うような間があって、その空気がとても“若い恋”でした。
佃の家:ベッドの上で始まる「終わり」の話
その後、文菜は佃の家へ行きます。ベッドの上で文菜が「する?」とたずねる場面があって、二人の距離は一気に大人の領域へ踏み込んでいきます。
ただ、そこで佃は“浮かれる”より先に確認をしたくなる。
文菜が初めてではないことを知って、佃は元恋人とどう終わったのかが気になると言います。文菜が「付き合ったばかりなのに、もう終わりを気にしてるの?」と聞くと、佃は「終わりたくないから気にしてる」と返す。
佃は「永遠は正直ないと思う。でも、ないかもしれないものになれたらと思う」と言い、恋が終わる未来を先に想像してしまう自分を、うまく隠せません。文菜は「もうちょっと信じてほしい」と伝え、佃を抱きしめます。
正直すぎる抱擁:「土田さんの日々が楽しければ、それでいい」
抱きしめられたまま、佃はさらに正直になります。
好きになった側が負けだとか、好きの重さが相手の負担にならないようにしなきゃとか、そういう器用なコントロールが自分にはできないと先に言ってしまう。
そして、「うざくなったり重くなったり気持ち悪くなったら言ってね」と、突き放すようでいて、実は相手の反応に怯えている言葉を出す。文菜が「正直なところが好き」と言うと、佃は時間が止まってほしい、失うのが怖い、と繰り返します。
極めつけが、「土田さんの日々が楽しければそれでいい。最悪、そのとき横にいるのが俺じゃなくても」という自己犠牲みたいな一文。愛しているのに、自分を端に置いてしまう。優しさがまっすぐすぎて、胸の奥がざわつきます。
2か月後:別れ話は佃から、「もっと好きになってほしかった」
幸せが濃いぶんだけ、展開は容赦がありません。2か月後、文菜と佃は別れ話をしています。
切り出したのは佃で、理由は「もっと好きになってほしかった」。
文菜は別れたくなくて、話し合いの場を何度か設けます。好きの形を合わせようとして、言葉を探して、理解しようとして、それでも結論は変わらない。二人は結局、別れることになります。
若さゆえの勢いとか、相性の一言では片付けたくないくらい、ここまで丁寧に近づいた二人なのに、最後はすごくあっけない“終わり”として置かれます。
ラスト:あくびの答え合わせ、「話さないとわからない」まま終わる恋
別れが決まった帰り道、文菜は最後だからと、ずっと聞けなかったことを口にします。あの動物園デートで、どうしてあんなにあくびをしていたのか。
佃の答えは、文菜の予想と真逆でした。退屈だったのではなく、楽しみすぎて前日にほとんど眠れなかった。だから当日は眠気が出てしまったのだと打ち明けます。
文菜は「逆じゃんね」とこぼして、そこで初めて、二人の間にあった“すれ違いの小ささ”と“致命傷の大きさ”を同時に見てしまう。佃はしゃがみこんで泣き、恋の始まりに流した涙とは違う種類の涙で、自分の終わりを受け止めます。
そして現在へ:「優しすぎる人」と、今の私
回想が終わると、文菜は現在に戻ります。優しすぎて、まっすぐで、正直で、でもそのまっすぐさが恋を壊してしまうこともある——そんな記憶を抱えたまま、文菜は今も「優しすぎる人」と付き合っている。
ピクニックの空気は、あたたかいのに少しだけ怖い。
第5話は、過去の恋の“答え合わせ”であり、今の恋の“予告”みたいに静かに終わりました。
ドラマ「冬のなんかさ、春のなんかね」5話の伏線

第5話は「謎を散りばめて回収する」というより、“勘違いが恋を動かす”構造がそのまま伏線になっていました。ここでは、回収済みと未回収を分けて、私が引っかかったポイントを拾っていきます。
回収済み伏線
第5話の中で「引っかかり→答え合わせ」まで描かれたものを先にまとめます。大きい事件ではなく、日常の小さな誤解が中心です。
物(小道具)
- 目薬:佃が「泣いている」と思った決定的なきっかけ。実際は目薬で、恋の入口から“見間違い”が始まっていた。
- お弁当:動物園デートの象徴。幸せ泣きまで含めて、二人の関係が一番まっすぐだった瞬間の記憶として回収された。
セリフ
- 「終わりたくないから気にしてる」:付き合い始めたばかりなのに“終わり”を先に語る佃の不安の正体が、後半の別れにつながって回収された。
- 「もっと好きになってほしかった」:別れの理由として提示され、佃の“欲しいもの”が何だったのかが明確になる形で回収された。
タイトル
- 「なみだ」:告白の起点になった“涙(に見えた目薬)”と、動物園での“幸せ泣き”、ラストの“別れの涙”まで、涙が始まりと終わりをつないだ。
- 「あくび」:文菜の中で疑いになっていたが、最後に「楽しみすぎて眠れなかった」と判明し、誤解として回収された。
沈黙(言わなかったこと)
- あくびを“その場で聞けなかった”沈黙:聞けないまま積もったモヤモヤが、終わった後にしか言葉にならない形で回収された。
未回収の余白
ここからは、第5話で置かれたままの“余白”です。次回以降、別の恋の場面で同じ形で響いてきそうなものを挙げます。
物(小道具)
- スノーボール(プレゼント)と手紙:付き合う決め手になった“形に残る想い”。文菜は今の恋では、こういう「残るもの」をどう受け止めるのか、まだ答えが出ていない。
セリフ
- 「最悪、そのとき横にいるのが俺じゃなくても」:優しさの顔をした自己否定にも見える一言。文菜が「優しすぎる人」との恋を続ける上で、同じ種類の不安が再来しそう。
- 「永遠はないと思う。でも、なれたら」:恋を続けたいほど終わりを想像してしまう癖。文菜自身の“考えすぎ”とも重なっていて、今の恋でどう出るかが未回収。
タイトル
- “勘違い”が恋の根っこになる構造:涙もあくびも、恋のきっかけや不安の芽が「見間違い」「読み違い」から始まっていた。これがシリーズ全体の型なら、次回以降も同じ構造で別の誤解が来そう。
沈黙(言わなかったこと)
- 文菜が「好き」をどの程度言葉にできていたのか:佃が欲しがった“もっと好き”は、気持ちの量というより、安心できる言葉だったのかもしれない。でも文菜はそこを言語化しきれていないまま終わった。
- 真樹の恋の行方:不倫をしている真樹に対して「別れな」と言える文菜が、今では“まっすぐじゃない自分”を抱えている。その変化の途中がまだ描かれていない。
ドラマ「冬のなんかさ、春のなんかね」5話の感想&考察

第5話は、事件が起きるわけじゃないのに、心の奥をずっと指で押されるみたいに痛かったです。
恋の中の「小さな誤解」が、ちゃんと話せないまま致命傷になる過程が、ものすごく静かに描かれていました。
“まっすぐ”だった文菜が、眩しいのに怖い
大学3年の文菜って、良くも悪くも迷いがないんですよね。真樹の恋を見て「それは違う」と言い切れるし、自分の感情も「保留」として扱える。曖昧に逃げるんじゃなく、まだ言葉が追いつかないから保留にする、という感じ。
だからこそ、その文菜が今の自分に戻る瞬間が怖い。
あの頃の文菜は、恋に対して真剣で、でも“真剣だからこそ”傷つき方も真っ直ぐで、逃げ道が少ない。私は回想を見ながら、「あのまっすぐさが折れる瞬間が、このあと何回も来たんだろうな」と思ってしまいました。
佃の優しさは、救いにもなるし、檻にもなる
佃って、とにかく正直で、優しくて、相手のために自分を端っこに置ける人です。動物園でお弁当を食べて泣いちゃうのも、感情を隠さないっていうより“隠せない”人だからで、そこがすごく愛おしい。
でも同時に、佃の優しさはどこか自己否定とセットになっているようにも見えました。「最悪、横にいるのが俺じゃなくても」って、優しさの顔をした怖い言葉です。相手を自由にしているようで、実は“自分は選ばれないかもしれない”と先に思い込んでしまう。
優しい人ほど、相手を疑えない分、疑っているのは自分自身なんだなって、私はこの回で思い知らされました。
「終わり」の話をするのは、冷めてるからじゃない
佃が付き合ったばかりで「終わりたくないから気にしてる」と言うシーン、胸がぎゅっとなりました。恋の終わりを想像するのって、冷めているからじゃなくて、好きすぎるからこそなんですよね。
ただ、その“好きすぎる”が続くと、相手に求めてしまう。佃が言った「もっと好きになってほしかった」って、たぶん「もっと愛して」だけじゃなくて、「もっと分かりやすく愛してほしかった」「安心させてほしかった」も混ざっている気がします。
文菜が悪い、佃が悪い、じゃなくて、二人とも言葉が間に合わなかった。だから余計に、見終わった後に残るのが苦いんです。
「あくび」の答えが、遅すぎるほど残酷だった
ラストの答え合わせが、本当に残酷でした。あくびは退屈じゃなくて、楽しみすぎて眠れなかったから。つまり文菜の不安は、相手の愛情が大きかった証拠で、完全にすれ違いだった。
でも、ここがポイントで。すれ違いの内容が小さいほど、「話せば解決したのに」が強くなるんですよ。たった一言、動物園で「眠い?」って聞けたら、文菜の中の小さな疑いは消えたかもしれない。
なのに、聞けたのは“終わったあと”。恋って、終わってから上手になるものじゃないのに、終わってからやっと上手になる。第5話は、その矛盾が痛いほどきれいに描かれていました。
「優しすぎる人と恋愛は相性が悪い」…それでも、今の恋に戻る
そして最後に残った言葉が、「優しすぎる人」との相性の話でした。私はここが、この回の一番の“怖さ”だと思っています。
佃の優しさは、文菜を傷つけたわけじゃない。だけど、優しさのままでは乗り越えられない不安があった。恋愛って、どこかで相手に「わがままになってほしい」「こっちを選んでほしい」って思う瞬間があるから、優しすぎる人は“選ぶ言葉”が出せなくなる。
文菜は今、ゆきおと一緒にいる。優しすぎる人と、また恋をしている。第5話は、過去の恋の終わりを見せながら、「同じ種類の痛みを、今度はどうする?」って静かに問いかけてきた回でした。私はその問いが、次回以降ずっと尾を引く気がしています。
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