『トリック劇場版 ラストステージ』は、そのタイトル通り、シリーズのすべてを背負った最終章です。
超常現象を科学でほどき、最後に残るのは人間の欲と弱さ――その基本構造に立ち返りながら、舞台は赤道直下の架空の島国へと広がっていきます。
呪術師ボノイズンミの奇跡は本物なのか。科学で否定しきれない“出来事”を前に、上田次郎は理屈だけでは立ち続けられなくなる。
一方、山田奈緒子は、これまで必死に生き延びてきた自分の立ち位置を揺さぶられる選択を迫られる。
この物語が突きつけるのは、勝敗の答えではなく、「それでも信じてしまうものは何か」という問いでした。
トリック劇場版ラストステージのあらすじ&ネタバレ

「トリック劇場版 ラストステージ」は、上田と奈緒子が“最後”の名の通り、シリーズの根っこ(超常現象を科学でほどき、結局いちばん怖いのは人間の欲と弱さ)にもう一度立ち返りながら、舞台を赤道直下の架空の島国へ広げた集大成です。
事件としてはいつもの「霊能力者のトリックを暴け」なのに、最後に残るのは“勝ったのに勝ちきれない余韻”。その余韻が、タイトルの「ラストステージ」にふさわしい重さを持ってきます。
プロローグ|「呪いを解け」という依頼、そして目の前で起きた“死”
物理学者・上田次郎のもとへ、村上商事の社員・加賀美慎一が現れます。
依頼の内容は明快で、要するに「南の島で信者を集める呪術師(ボノイズンミ)が、レアアース採掘による立ち退きを拒んでいる。霊能力のトリックを暴して、現地住民を“科学で目覚めさせて”ほしい」というもの。上田にとっては、いつも通りの“勝てる喧嘩”のはずでした。
ところが説明の最中、その場に同席していた事業部長・有田雄一(呪いをかけられたとされる当人)が、予言めいた言葉通りに上田の目の前で急死します。TRICKは基本「超常現象はインチキ」が大前提なのに、上田自身が一瞬だけ言葉を失う。この“固まり”が物語のエンジンになります。
上田は強がりながらも、研究費の話や世間体も含めて依頼を受ける方向へ舵を切り、呪術師の正体を暴くために現地へ向かうことに。
ここで大事なのは、上田が「怖いから逃げる」ではなく「怖いからこそ勝って証明する」側の人間であること。TRICKの上田はいつも、勝つことが目的というより、“負けてはいけない自分”を守るために戦う。その不器用さが、後半の奈緒子とのやりとりにもずっと影を落としていきます。
奈緒子は今日も貧乏|“海外旅行”の餌で、いつものように連れ出される
一方その頃、山田奈緒子はというと、相変わらず生活が終わりかけています。
仕事はなく、金もない。しかも今回は、テレビ番組のドッキリ企画に巻き込まれて、本人の努力とは別方向で恥をかく形の“注目”を浴びてしまう。TRICKの奈緒子は、事件に巻き込まれる前にだいたい人生が詰む。ここが笑えるのに、妙に現実的で苦い。
そこへ上田から電話が来ます。おなじみの「君には才能がある」系の口車と、現地に行く交通費・滞在費という分かりやすい誘惑。奈緒子は呪術師云々を知らされないまま、“海外”という言葉だけでテンションが跳ね上がり、結局ついていく。TRICKの黄金パターンが、ここでもきっちり発動します。
加賀美も同行し、さらに現地で合流するメンバーとして、資源開発者・川島治道、医師・谷岡将史らが名前を連ねます。
ここで既に配置が揃っているんですよね。「金の匂いがする会社」「力で押す現場の人間」「科学(医療)を盾にする外部者」。呪術師側が怪しいのは当然として、こちら側にも“綺麗じゃない理由”が匂っている。TRICKはいつも、正義の顔をした側の足元に、先に泥を塗っておきます。
赤道スンガイ共和国へ|観光テンションの裏で、空気がじわっと不穏になる
舞台は「赤道スンガイ共和国」という架空の島国。奈緒子は完全に観光モードで、パスポートを首からぶら下げてはしゃぎ、船の上でも映画の名シーンを真似したり、現地の人にしょうもない手品を披露してみたり、とにかく“うるさいくらい元気”です。
ここまで能天気だと逆に安心するのに、TRICKはこの安心の上に不穏を置くのが上手い。
空港や道中には、シリーズを見てきた人ほどニヤッとする小ネタが散りばめられていて、たとえば現地の人々が崇めている“教祖の写真”が、過去作を思い出させるものだったりする。
奈緒子は嬉しすぎて疑問を持たないけれど、視聴者(観客)は「なんでそれがここに?」と引っかかる。この引っかかりが、後半の“信じる構造”の話へ繋がっていきます。
そして、川を遡って奥地へ向かう船旅の途中、上田の身体に異変が起きます。
背中に発疹が出て、熱が上がり、痛みでまともに動けない。上田が弱っている絵面自体が珍しいのに、奈緒子が「上田さん、冗談でしょ…?」と笑えないトーンになる瞬間がある。ここで初めて、観光テンションのカラフルさが剥がれて、物語が“死”の温度に寄っていきます。
ムッシュム・ラー村|“会社の現場”と“呪術の現場”、どちらも胡散臭い
一行が拠点にするのは、ムッシュム・ラー村。村上商事の現地支社があり、いかにも“開発の前線”という顔をした場所です。支社長・山本をはじめ、現地で働く人間たちが登場して、空気は一気に雑多になります。
都会の会議室で語られる「立ち退き」は、ここでは泥と汗の匂いに変わっている。
さらにここで、矢部謙三と秋葉原人が合流する(あるいは再会する)形になるのもTRICKらしさ。なぜ日本の警視庁が、海外の奥地にいるのか。説明はされるのに、どこか説明になっていない。矢部が真面目に動けば動くほど、状況がズレていく“矢部ワールド”が、海外でも平常運転です。
この時点で観客側の感情は二層構造になります。
- 表の層:「呪術師ボノイズンミのトリックを暴く話」
- 裏の層:「そもそもこの開発は誰のためで、誰が何を隠しているのか」
TRICKは、超常現象を“タネ明かし”するドラマであると同時に、「信じる側/利用する側」の関係を剥くドラマでもあります。ムッシュム・ラー村は、その“利用する側の現場”が一番露骨に見える場所です。
呪術師ボノイズンミ登場|上田が救われるほど、否定が難しくなる
上田の症状が深刻化し、「このままだと命が危ない」と言われた一行は、矛盾に飲み込まれます。本来、彼らは呪術師のインチキを暴しに来た側です。なのに今、上田を助けられるのは呪術師だけかもしれない。理屈の人間が、理屈では動けなくなる瞬間がやってくる。
ボノイズンミは、洞窟の奥にいる。
顔を隠し、儀式めいた所作で人を支配し、村人からは絶対的に信奉されている存在です。そこで行われる治療は、医療行為というより“演出”に見える。でも、その演出の結果として、上田の体調が明らかに回復していく。ここが厄介で、上田は「暗示だ」「偶然だ」と言い切りたいのに、身体のほうが先に“助かった”という事実を持ってしまうんですよね。
そして奈緒子にも変化が起きる。現地に来てから、空に巨大な火球が現れて爆発する悪夢を何度も見るようになる。夢はただの怖い演出にも見えるけれど、TRICKは「夢=超能力」と決めつけない。むしろ、夢が現実に触れていく“きっかけ”として置かれていきます。
第一の死|「犯人だけが死ぬ水」儀式で、川島が“変死”する
上田が回復した頃、別の問題が起きています。
同行していた資源開発者の川島が、現地の若者を殺害してしまう。開発の現場で起きる暴力は、呪いよりもまず現実の刃物として怖い。
その直後、ボノイズンミは人々を集めて宣言します。
「この中に殺人者がいる。全員がこの水を飲めば、犯人だけが死ぬ」
完全に“超常現象のショー”です。村人の視線が集まり、空気が「飲め」と迫る。外部の人間も拒めない。結果、全員が水を口にし、川島だけが苦しみながら倒れ、死ぬ。上田も奈緒子も、その場で“トリック”を見抜けない。TRICKの中で、主人公が即座に勝てない瞬間があると、物語は一気に怖くなります。
ここでの恐怖は「超能力があるかも」ではなく、「この場で、空気が人を殺せるかも」という恐怖です。誰かが「呪いだ」と言えば呪いになる。誰かが「裁きだ」と言えば裁きになる。信じる共同体の中では、それが現実の力になる。その怖さが、この儀式には詰まっています。
第二の死|谷岡の暴走、そして“手首の奇跡”で一気に追い詰められる
川島の死で動揺が広がる中、医師・谷岡が異様に焦り始めます。
彼は呪いに怯える側でありながら、同時にどこか“後ろ暗い側”の匂いも持っている。結果、谷岡はボノイズンミに銃を向け、発砲してしまう。恐怖が理性を押し潰す瞬間です。
そして、その谷岡自身が不可解な死を遂げる。森で発見された遺体は手首がない。
矢部たちがその死体を確認した直後、ボノイズンミは再び皆を洞窟へ集め、今度は「空の水槽」から谷岡の手首を取り出して見せる。ここまでやられると、上田の科学も奈緒子のマジック感覚も、いったん膝をつきます。
ただ、奈緒子は“見せ方”の違和感に気づき始めます。超能力っぽい現象が起きているのに、手品としての匂いもする。つまりこれは「超常現象のトリック」だけじゃなく、「人間の計画(殺し)を、超常現象に見せている」可能性がある。奈緒子の嗅覚が、いつものように“現場の嘘”へ寄っていくんです。
奈緒子が辿り着く真相|霊能力ではなく「共謀」と「罪」が作った“呪い”
ここから物語は、単なる“呪術師のインチキ暴き”ではなく、誰が何のために死を演出したのか、という殺人の輪郭へ入っていきます。
奈緒子が突き止めるのは、ボノイズンミの奇跡の裏に「人為の仕込み」があること、そしてそれが加賀美とボノイズンミの共謀で成立していた可能性です。加賀美には個人的な事情があり、病弱だった娘がボノイズンミの薬草の力で回復した過去が示される。恩義と焦りが、加賀美を“正義じゃない選択”へ追い込んでいく。
さらに、死んでいった人間たちにもそれぞれの“罪”がある形で語られます。立ち退きを強引に進める者、現地を見下す者、研究や金のために人を道具にする者——。TRICKはここで、「呪いで殺された被害者」ではなく「自分が撒いたものを刈り取った側」という後味を残します。だから裁きが成立して見えてしまう。でも、それは正義ではなく、ただの地獄です。
奈緒子がこの真相に触れることで、“霊能力者の勝負”は終わります。残るのは、村と外部の衝突、そしてボノイズンミという存在の意味そのもの。ここからが本当のラストステージになります。
ラストステージ|ボノイズンミの「本当の役割」と、奈緒子の決断
銃で撃たれた傷が悪化し、ボノイズンミは弱っていきます。
奈緒子は洞窟の壁画や、自分が見続けた火球爆発の夢の意味に近づき、ついに気づく。「ボノイズンミは未来を当てていたのではなく、未来を知っていた」。もっと言うと、村を守るために“いつか来る大惨事”を前提に生きていた。
その大惨事とは、地中から噴き出すガスが上空で引火し、村を吹き飛ばす爆発。
ボノイズンミの役目は、ガスが溜まりきる前に、地下深部で先に爆発を起こして村を救うことでした。つまり「人身御供」みたいな形で、誰かが地下に降り、点火しなければならない。ここで奈緒子が背負わされるのは、“霊能力者になる”ことではなく、“役割を継ぐ”ことです。
奈緒子は、矢部や上田に「逃げて」と言い、自分は残ると言い出します。
シリーズを通して、奈緒子は基本的に「生きるのに必死」な人間です。貧乏で、悔しくて、見栄っ張りで、それでも生き延びようとする。そんな奈緒子が「残る」を選ぶのが、ラストの残酷さであり、同時に美しさでもある。
上田は一度洞窟を出る。
けれど途中で、自然の異変(ガスの兆候)に気づき、奈緒子の言動の意味を理解して戻ってくる。上田が科学者として辿り着く結論は、ここでは“勝利”じゃない。「このままだと、奈緒子が消える」。それだけです。
上田は必死に説得します。一緒に逃げろ、と。けれど洞窟内で崩落が起き、二人は瓦礫で隔てられる。そこで奈緒子は、上田に“約束”を残します。
死後の世界があるなら、1年後に連絡する。だからその時は寿司と餃子を奢れ——。
TRICKらしい軽口なのに、ここだけは軽く聞けない。奈緒子の言葉は、冗談の形を借りた遺言であり、上田に残す“逃げ道”でもあるからです。
奈緒子は洞窟の奥へ進み、地下でガスに点火し、大爆発を起こします。
爆発は地下で起き、村は救われる。しかし奈緒子は消息を絶つ。TRICKの“事件解決”はここで終わるのに、感情の決着は真逆に置き去りにされます。
1年後|「本物の霊能力者」を呼ぶ上田、そしてエンドロール後の“本物”
1年後、上田は科学賞の場で「本物の霊能力者がいるなら賞金を譲る」と呼びかけます。
理屈の人間が理屈を捨てて、奇跡を呼び込もうとしている。上田が“科学者として負けた”からではなく、“上田次郎として奈緒子に会いたい”からやる行動です。
当然、簡単には奇跡は起きない。そこに現れるのが奈緒子の母・山田里見で、「奈緒子を呼び出せる霊能力者を探してくれてありがとう」と礼を言って去っていく。この母の言葉が、上田の諦めと未練を両方えぐる。
そして、エンドロールが終わった後。ここが“ラストステージ”の最後の仕掛けです。
記憶を失った奈緒子が現れ、賞金目当てのような顔で「自分は本物だ」と言い、上田にかつて見せたマジックを披露する。
上田は「本物か?」と問うように見つめ、奈緒子は何も思い出さないまま“本物”を名乗る。
ここでTRICKは、霊能力の答えも、二人の関係の答えも、最後まで言い切らない。言い切らないからこそ、終わったはずの物語が、観客の中でずっと続きます。
トリック劇場版ラストステージのトリック

『トリック劇場版 ラストステージ』の“トリック”は、シリーズの王道である「超常現象っぽく見せて、結局は人間が仕掛けている」に加えて、もう一段深いところにあります。
つまり「インチキを暴けば終わり」ではなく、“暴いた先に、なお消えない不穏(=土地・病・企業・信仰)が残る」という作り。ここを押さえると、この映画の種明かしが腑に落ちます。
トリック①:有田の“呪い通りの変死”は、予言ではなく「時限爆弾」
物語の口火になるのが、村上商事の有田が「呪術師に呪われた」と怯えた末に、上田の目の前で突然死する場面。ここで観客も上田も一瞬「いや、これは…本当に?」と揺らされます。
ただ、劇中で示される“理屈”は超能力ではなく、もっと生々しい方向です。
有田は心臓に持病があり、服薬が生命線だった。そしてその薬が入れ替えられていた(=時間差で効いてくる仕込み)という形で、呪いの「予告」を現実にしてしまう。占いが当たったのではなく、当たるように仕込まれていた。TRICKらしい「予言=計画」の構造です。
ここがえげつないのは、死因が“派手な魔術”じゃないところ。むしろ日常の延長にある「薬」「体調」「タイミング」が、呪いに見える形へ変換される。科学で否定できるほど、逆に怖い。
トリック②:上田の発疹と高熱=“呪いの印”ではなく「病の演出」
現地へ向かう途中、上田の身体に大きな潰瘍ができ、高熱で倒れる展開があります。村人は「呪術師は病人が来ると予見していた」と言い、洞窟の儀式で上田は回復。ここも“霊験”っぽさが強い。
でもこの回復も、TRICK的には「霊能力」より「条件の操作」で成立します。
劇中では、上田の発病自体が“外から作られた”可能性(病原体を注射した等)が語られ、呪術師の治療も「薬草」「医学的な知識」に寄っているニュアンスが強い。要するに、病を“呪いっぽく見える形で発生させ”、治療を“奇跡っぽく見える形で提示”する。信仰の土台を、症状と回復で固めるわけです。
TRICKがいつも怖いのは、こういう“情報の非対称”です。病の原因を知らない側から見れば、治した人が神に見える。
トリック③:「犯人だけが死ぬ水」—毒蛇×口内の傷という“条件トラップ”
中盤最大の見せ場のひとつが「器の水を順番に飲む儀式」。全員が飲むのに、最後に飲んだ川島だけが苦しみ、死ぬ。これは“呪い殺し”としては完璧な絵面です。
ただ、ここも“魔法”ではなく条件勝ち。
ポイントは「毒」と「傷」。劇中の説明では、毒蛇の神経毒は“飲むだけなら分解される”が、口内に切り傷があると、そこから毒が入る。そして川島は直前の食事中、口の中を切っていた。つまり「全員が同じ水を飲んだのに、川島だけが死ぬ」状況が成立する。
ここがTRICKの上手さで、儀式の前に「口の中を切った」という“地味な出来事”をちゃんと入れておき、観客が後から「あれか!」と気づけるようにしてある。超常現象ではなく、伏線と物理で呪いが成立する。
トリック④:谷岡の変死は“霊の制裁”ではなく、自然の群れを使った殺し
谷岡は医師として同行しつつも、最後は呪術師に銃を向ける方向へ振り切れます。そしてその後、谷岡が裁かれる。ここも「霊力でやられた」に見せる演出が強い。
ただ劇中で示唆されるのは、呪術師が“手を触れずに殺した”のではなく、特殊な匂いを放つ吹き矢で谷岡を狙い、虫やコウモリに襲わせたという説明。いわば「自然を操ったように見せる」タイプのトリックです。
TRICKの“霊能力者”たちは、しばしば「現象そのもの」を起こすのではなく、起きるように環境を整える。この発想が一貫しているから、シリーズを追っているほど納得しやすい。
トリック⑤:何もない水槽から手首が出る「水葬トリック」の種明かし
本作で語り草になるのが、呪術師が水槽に布を沈め、引き上げた布の中から“手首(腕時計つき)”を取り出す場面。空の水槽に見えた以上、観客の脳がバグります。
ポイントは「屈折率」。
劇中でも上田が触れるのが、ガラスと屈折率が同じ液体で満たすと、ガラスが“見えなくなる”という話です。具体例として四塩化炭素が挙がり、これを使えば“腕の形をしたガラス”が水槽内で消える=「何もないように見える」状態を作れる。
もちろん現実に真似しろという話ではなく(四塩化炭素は有毒で危険)、ここでは「透明=見えない」じゃなく、“見えない条件”を成立させる科学トリックが描かれているのがポイント。TRICKはオカルトを否定する一方で、科学を“魔法に見える道具”として使うのが上手い。
トリック⑥:ラストの「世界の終わり」は、霊力ではなく“地下ガスの現実”
終盤、奈緒子が見続ける「空中大爆発」の悪夢、洞窟の壁画、そして呪術師の「世界の終わり」の予言。ここはシリーズの中でも特に“終末感”が濃い。
しかし種は、「地下に充満するガスが噴き出し、自然発火して大爆発を起こす」という理屈へ回収されます。そして呪術師の“最大の役割”は、その爆発を避けるために地下深くで先に火をつけること。つまり、呪術師は詐欺師というより、村を守る“危険な作業を引き受ける者”だった。
TRICKが最後にやったのは、「超常現象の否定」ではなく、“否定しても救えない現実”の提示だったように思います。
それでも残る最後のトリック:奈緒子はどうやって戻ってきたのか?
ラスト、奈緒子は“死んだように見える”。それでも1年後、上田の前に記憶喪失の女性として現れ、コインマジックで彼を泣き笑いにする。ここは公式に断言されず、解釈が割れる設計です。
一つの見方として、序盤のドッキリ(落とし穴)と呼応して「地下にも抜け道/穴があり、そこへ落ちて助かった」という“構造トリック”が考察されています。爆発後に奈緒子の叫び声が聞こえる、という描写も含めて「生存寄り」に見える材料は確かにある。
ただ逆に、曖昧にしたからこそ、“本物の霊能力者”議論が最後まで燃え続ける。TRICKは最終作でさえ、答えを閉じない。
トリック劇場版ラストステージの伏線

『ラストステージ』は、シリーズの中でも特に“伏線の置き方”がストレートです。なのに気づきにくい。なぜなら、小ネタとギャグの密度が高く、観客が油断するから。笑っている間に、ちゃんと終盤の爆弾が埋められていきます。
伏線①:フーディーニの語り=「1年後に連絡する」という約束
冒頭で語られるフーディーニの逸話は、ただの雰囲気作りじゃありません。
死の床で「死後の世界があるなら1年後に語りかける」と言ったが、結局何も起こらなかった——この話が、そのまま終盤の奈緒子の台詞と響き合います。
この伏線がズルいのは、“霊界否定”の話に見せて、実は上田の心情(待つ側の絶望)を先に作っておくところ。だから1年後の場面が、理屈より感情で刺さります。
伏線②:ツングースカ大爆発の提示=ラストの「空中爆発」回収
奈緒子が見る悪夢は、単なるホラー演出ではなく、ツングースカ級の空中爆発を連想させる映像として繰り返されます。
洞窟にはそれを描いた壁画まである。これが終盤、「地下ガスによる大爆発」という現実の危機へ繋がっていく。
“夢”と“壁画”というオカルト要素で包みながら、最終的には地学・物理へ着地するのがTRICK。
伏線③:上田の発病と「病人を連れて来い」=予知ではなく情報/仕込み
上田が倒れた直後に、村人が「呪術師は病人が来ると予見していた」と迎える。予知に見えるけど、後から見ると「予知に見せる条件が整っていた」可能性が濃くなる。
TRICKは“当てる”より“当たって見える状態を作る”。この回も同じで、そこを疑う視点が伏線になっています。
伏線④:川島の口の傷=「犯人だけ死ぬ水」成立の鍵
食事中、川島が口の中を切るシーン。ここを見逃すと、水の儀式で川島だけ死ぬ理由が一気にファンタジーへ転ぶ。逆に覚えていれば、「全員同じことをしても、同じ結果にはならない」カラクリに気づけます。
この“地味な出来事”を挟むのが、TRICKの上品さでもあり残酷さでもある。
伏線⑤:ガラスと屈折率の会話=水槽トリックの予告
奈緒子が「腕の形のガラスを水槽に残した」と直感し、上田が屈折率の話をする。
ここで一度「説明しかけて、奈緒子が寝る」というギャグに落とすから、観客は笑って流しがち。けれど終盤の水槽トリックは、この会話がそのまま答えになっています。
伏線⑥:冒頭のドッキリ(落とし穴)=奈緒子“生存解釈”への布石
序盤のドッキリで「落ちる」「脱出する」を見せておき、終盤で「地下へ降りる」「爆発の中で消える」を重ねる。これが“構造としての伏線”。
さらに、爆発後の叫び声や抜け道の可能性など、「実は生きていた」側へ寄せる材料も提示されます。
トリック劇場版ラストステージを見た後の感想&考察

「ラスト」と銘打ったTRICKは、単なる大団円ではなく、シリーズが抱え続けた問いを“いちばんTRICKらしい形”で置いていきました。
つまり、答えは出さない。でも、感情だけは置いていく。そのやり方が、正直ずるいです。
海外秘境でもブレない「上田×奈緒子」の型が嬉しい
舞台は“海外の秘境”で、レアアースや企業、部族の土地問題まで絡むスケールなのに、結局この作品が気持ちよく見られるのは、上田が奈緒子を口車に乗せ、奈緒子がブチ切れながらも現場で嗅ぎ分ける——この型が最後まで崩れないからです。
奈緒子が“初海外旅行”に釣られるのも、上田が全部説明しないのも、二人の関係が長く続いた証拠みたいで笑える。シリーズファンほど「うん、これこれ」と安心する導入でした。
呪術師ボノイズンミは「インチキ役」じゃなく、最後は“役割”の人になる
TRICKの霊能力者は基本、インチキの権化です。でも本作の呪術師は、単純な詐欺師に収まらない。彼女は裁くし、操るし、怖い。なのに最後、村を守るために地下へ降りる“役割”を背負ってきたことが明かされる。
ここで作品の景色が変わる。
上田が暴くのは「超能力」だけじゃなく、人が“誰かを必要とする構造”そのものになる。教祖は必要なのか。救いは必要なのか。村の空気は誰が作っているのか。TRICKがずっと描いてきたテーマが、最後にいちばん不穏な形で立ち上がる。
加賀美という“企業側の人間”が、最後に一番人間臭い
加賀美は企業の人間で、依頼主で、信用できそうで、でもどこか怪しい。そして実際、共犯だったと明かされる。彼の動機が「娘を救ってくれた恩義」だというのが、TRICKっぽい救いのなさです。
正義でも悪でもなく、「借り」が人を動かす。
企業の論理と、家族の論理が衝突して、結局“もっとも弱いところ”に落ちる。TRICKは常に、人間の弱さを笑いながら突き刺してくる。
科学で解体する上田が、最後だけは“信じる側”に寄る切なさ
本作で上田が面白いのは、理屈で負けない男が、最後だけ理屈では立てなくなるところです。奈緒子が消えたあと、上田は「本物の霊能力者」を求める企画をぶち上げる。いつもなら真っ先に否定する側なのに。
でも、ここで上田が“オカルトに転向した”わけじゃない。
彼が欲しいのは霊能力ではなく、約束の回収なんですよね。奈緒子が言った「1年後に連絡する」を、学者としてではなく、人として待っている。だから、フーディーニ伏線が刺さる。
ラストのコインマジック=「答え」じゃなく「再会の合図」
記憶喪失の奈緒子が現れ、コインマジックを披露する。あれが本人なのか、別人なのか、幽霊なのか——作品は断言しません。
ただ、TRICKが最後に置いた“確かなもの”は、能力の証明じゃなくて、上田の表情です。泣き笑いで見つめる上田。ここで視聴者も「理屈では決められない」側に連れて行かれる。
科学で勝ってきた物語が、最後だけは感情で締まる。シリーズとして、これ以上ない終わり方だと思いました。
生存説の考察:ドッキリと地下の構造が“答えの代わり”になっている
個人的に好きなのは、奈緒子生存説を「物語の構造」で支える作りです。
冒頭のドッキリ、そして爆発後に聞こえる叫び声、抜け道(穴)への落下という解釈。全部が“断言ではない”のに、積み重ねると生存側へ倒れていく。
TRICKは最後まで、観客に「選ばせる」。
“本物の霊能力者”を断言しないのも、奈緒子の生死を断言しないのも、同じ美学です。信じたい人は信じていいし、全部トリック派はそのままでいい。だから、終わっても議論が続く。
余韻が強すぎて、見終わったあとに「寂しい」が残る
SNSでも「月光が流れた瞬間に無理」「コインで泣いた」みたいな反応が残るのは分かります。理屈の作品なのに、最後は理屈を超えてくる。
事件は解決する。トリックも暴かれる。
それでも二人の関係だけは、最後まで“未解決”のまま。TRICKが長く愛された理由って、結局そこなんだと思います。
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