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【全話ネタバレ】ラストマンの最終回結末&伏線解説!41年前の事件の真相と兄弟の秘密とは

【全話ネタバレ】ラストマンの最終回結末&伏線解説!41年前の事件の真相と兄弟の秘密とは

TBS日曜劇場『ラストマン-全盲の捜査官-』は、「全盲のFBI捜査官 × エリート刑事」という軽快なバディものの裏で、41年前の未解決事件・親子のすれ違い・兄弟の宿命といった重厚な家族サスペンスを忍ばせたドラマです。

第1話の“肉じゃが”の違和感、繰り返し語られる“忘れられない味”、護道家の揺れる正義、皆実が来日した本当の理由──。

全ては最終回の真実へ収束していきます

この記事では、全話のあらすじ&ネタバレを時系列で総まとめしつつ、各話に散りばめられた伏線、キャラの動機、“ラストマン”というタイトルに込められた二重の意味まで読み解いていきます。

最終回で涙した人も、これから見返したい人も、『ラストマン』という物語の全貌をここで改めて整理してみてください──。

目次

ドラマ『ラストマン』とは?作品概要と基本情報

ドラマ『ラストマン』とは?作品概要と基本情報

TBS日曜劇場『ラストマン-全盲の捜査官-』は、2023年春クールに放送された刑事ドラマ

全盲のFBI特別捜査官・皆実広見(福山雅治)と、警察庁人事畑出身の刑事・護道心太朗(大泉洋)がバディを組み、難事件を解決していく物語です。

表向きは「1話完結の事件もの」ですが、全体を通しての縦軸は、41年前に起きた強盗放火殺人事件その被害者の息子が皆実、加害者として服役している男の息子が心太朗であり、ふたりは“被害者遺族”と“殺人犯の息子”として、因縁だらけの関係からスタートします。

脚本は『グランメゾン東京』『危険なビーナス』などで知られる黒岩勉。王道のバディものの軽さと、「共生」「親ガチャ」「ネットリンチ」といった現代的なテーマを同居させた作りが特徴で、最終回後も考察記事やレビューが多く出続けているタイプの作品です。

皆実広見はなぜ目が見えないのか?

皆実が失明したのは、10歳のときに起きた“41年前の事件”が原因です。

広尾にある自宅が強盗放火の被害に遭い、不動産業を営んでいた父・皆実誠と母・勢津子は刺されて死亡、その後の火災で焼死体として発見されました。皆実自身も重傷を負い、そのときの怪我がもとで視力を失っています

両親を亡くした皆実は、アメリカに住む祖父母に引き取られ、その後FBI特別捜査官へ

作中では「モテたかったから」と冗談を飛ばしますが、実際にはこの事件の真相を突き止めることこそが、彼が捜査官になった本当の理由だと公式プロフィールでも明かされています

皆実がラストマンと言われている理由

作中で「ラストマン」という呼び名は、まずはFBIでのあだ名/コードネームとして説明されています。皆実について「鋭い分析力・嗅覚・触覚を駆使して、どんな事件も“必ず”終わらせる“最後の切り札”としてFBIで“ラストマン”と呼ばれている」と明記されています。

つまり元々の意味は、

「行き詰まった事件に投入される“最後の一手”、最後に立つ男」
という、プロファイラーとしての肩書きなんですよね。

実際、各話の皆実は「途中で担当を降りることがない」キャラとして描かれています。多少やり方が変でも、とにかくケースが“終わる”まで付き合う。たとえ真犯人が弱い立場の人間でも、「罪は罪として裁く/事情は事情として汲む」をやり切ることで、“事件を終わらせる責任”を自分で引き受けている。その姿勢があってこそ、「ラストマン」の肩書きに説得力が出てきます。

中盤の8話では、この「ラストマン」という言葉にもう一段深い意味が乗せられます。皆実は心太朗に向かって、

「あなたこそが過去に縛られた男、ラストマンだったようですね」

と告げる。これに対して視聴者から「タイトルにそんな意味もあったのか」と驚きの声が上がった、とまとめられています。

ここでの“ラストマン”は、

  • 過去の事件に取り残されて動けなくなっている
  • その場に“最後まで立ち尽くしている”男

という、心理的な意味合いを帯びてくる。

僕なりに整理すると、

FBI的な意味でのラストマン
→ どんな事件も最後までやり切る「最後の切り札」

物語的な意味でのラストマン
→ 過去に縛られたままの“最後の一人”であり、それでも前に進こうとする人

という二重構造になっていると思っています。

皆実は、10歳で両親を失い視力も奪われた“被害者”でありながら、その過去に飲み込まれず、「最後まで真相を見届ける役」を自ら引き受けている人物です。

プロとしては事件のラストマン、人生レベルでは“自分のトラウマと向き合うラストマン”。その二つの顔が重なっているからこそ、タイトルとしての「ラストマン」がしっくりハマるんだと感じます。

【全話ネタバレ】ドラマ「ラストマン」のあらすじ&ネタバレ

【全話ネタバレ】ドラマ「ラストマン」のあらすじ&ネタバレ

1話:新時代のヒーローが抱える“強さ”と“弱さ”

全盲のFBI捜査官・皆実広見と、日本の警察官僚・護道心太朗。

この二人の“最悪の出会い”から始まる第1話は、王道バディものの面白さと、今の社会を正面から見ようとするまなざしが同居した、かなり骨太なパイロット回でした。

“視えないこと”を武器にも弱点にもする皆実

物語の導入は、皆実が乗った飛行機内のトラブルから。暴行犯として連行されていると思われた男こそ、来日したばかりのFBI特別捜査官——という皮肉なすれ違い

その後の蕎麦屋では、皆実が足音や匂いだけで心太朗を識別し、彼の焦りや嘘を淡々と見抜いていく。視覚障害を“特別能力”に変換しながらも、それが同時に危うさも孕むという、複雑な立ち位置が最初からくっきり描かれていきます。

歓迎式典では、皆実が「連続爆破事件の真犯人を必ず捕まえる」と宣言し、捜査一課と早々に対立。

実行犯ばかり追う一課に対し、皆実は“爆弾を作って配っている一人の人物がいる”と断言し、速聴・嗅覚・プロファイリングを駆使して独自捜査へ踏み込んでいきます。

加害者の“弱さ”に寄り添う皆実と、社会の怒りを背負う心太朗

事件の鍵となるのが、爆弾を作った青年・渋谷英輔。

皆実は渋谷の行動パターンと“匂い”を頼りに追い詰めますが、心太朗が取り押さえられた隙に皆実は袋叩きに遭い、渋谷を取り逃がしてしまう。皆実は決して無敵ではなく、支えがないと壊れてしまう——その“弱さ”が鮮烈に描かれたシーンでした。

退院後に辿り着いた団地では、柔軟剤の匂いから“家族と暮らす青年”を想像し、心太朗に洗濯物を確認させるというロジックが光ります。包丁を向ける渋谷の母に対しても、皆実はまず“聞く”姿勢を崩さない。

終盤、渋谷はかつて自分をいじめた同級生がいる交番で爆死しようとし、皆実に銃を向ける。

ここで際立つのが、二人の主人公のスタンスの差。心太朗は「被害者ヅラするな」と怒りをぶつけ、皆実は渋谷が引き金を引けない“優しさ”を見抜き、「あなたは優しい」と声をかける。この“怒り”と“赦し”の対比が強烈です。

“無敵の人”をどう描くかという挑戦

渋谷の動機は「感謝されたから」。何者でもないと思っていた青年が、歪んだ承認欲求に呑まれていく構図は、現代の“無敵の人”論そのもの。

しかし脚本は断罪にも救済にも偏らず、皆実に「不必要な人間なんていない」と言わせる一方で、心太朗の怒りで視聴者の感情を代弁させる。この絶妙なバランスが、作品の誠実さを支えています。

縦軸の大きさと、人間味あるキャラクター配置

護道家の影、41年前の事件など大きな縦軸もさらりと提示され、単発刑事ドラマを超えるスケールを予感させます。捜査一課の佐久良円花や護道泉、吾妻らの個性も立ち、皆実の“人たらし”ぶりも丁寧に掘られる。

事件後、敵対したはずの一課に「皆さんのおかげです」と頭を下げる皆実の姿に、多くの視聴者が心を掴まれたのも納得です。

視覚描写も実にリアルで、杖の扱いや動線の取り方など、現実への敬意が感じられる。一方で、皆実は殴られもするし、危険にも晒される。“強さと弱さが同居するヒーロー像”がここで確立されたと言えます。

第1話はテンポの良さ、掛け合いのキレ、事件のカタルシス、そして社会的テーマまできちんと押さえた、非常に濃い1時間でした。

ラストの「M-1出ませんか?」という軽妙なオチも含め、皆実×心太朗はすでに完成された漫才コンビのよう。このバディがどこへ向かうのか——物語への期待が一気に高まる最高のスタートでした。

2話:相棒は“殺人犯の息子”――先入観と血のラベルをひっくり返す回

2話のサブタイトルは「相棒は殺人犯!?」

しかし実際に視聴者へ突きつけられるのは、「相棒は殺人犯“の息子”」という、もっと生々しいレッテルでした。

皆実が着任早々に吾妻ゆうきを勝手にチームへ加え、心太朗はただでさえ苛立ち気味。そこに河川敷で女性の絞殺死体が見つかり、現場で皆実が遺体に触れつつ死亡推定時刻や殺害場所を“音と匂い”から言い当てるまでは、1話の延長線にある“変人コンビの事件もの”として進んでいきます。

過去の事件が呼び起こす“血の記憶”

空気が変わるのは、心太朗が“ローズの香水+ベルトでの絞殺”という手口から、12年前に自分が担当した風俗嬢殺害事件を思い出した瞬間

犯人として逮捕し、自白させた悪徳医師・青柳はすでに出所し、今は告発系ジャーナリスト・新城の庇護下にいる。

皆実と訪ねた新城邸で心太朗は青柳へ掴みかかり、「お前がやったんだろ」と怒りを爆発させる。しかし青柳は冤罪を主張し、新城は「12年前、護道は証拠をでっちあげて自白を強要した疑惑がある」と告げる。

さらに新城の配信動画で、心太朗が“護道家の養子”であり、生みの父は強盗殺人犯である事実が全国に暴露され、物語は一気に緊迫していきます。

クラシカルなミステリと“先入観の罠”

事件自体は本格ミステリの構造。新たな被害者は12年前の被害女性と同じ店で働いていた元同僚で、手口も同様。にもかかわらず青柳には“生配信中”という鉄壁のアリバイがある。

皆実は「出所して即、同じ手口で殺すか?」と疑問を呈し、「ローズの香りは警察内部しか知らない情報だ」と指摘し、一瞬“身内犯説”へ誘導する

しかしこの回の本当のトリックは事件そのものではなく、“先入観のトリック”です。

新城の動画をきっかけに、「人権無視の悪徳刑事」「殺人犯の息子」というラベルが一気に心太朗へ向かい、12年前の違法な取り調べも相まって、捜査一課内の空気すら凍っていく。

バディ分裂の裏にあった皆実の作戦

クライマックスでは、皆実が最初から青柳を真犯人と見抜いていたことが明らかになります

ローズの香りが付いた靴のサイズと青柳の足を照合し、生配信の“音の反響”から「配信場所は自宅ではなく倉庫」だと聞き分けていた。

心太朗へ一度“バディ解散”を告げたのも、青柳に復讐の隙を与えておびき出すための作戦。

倉庫で人質にされる心太朗を前に、皆実がレーザーポインタだけを頼りに青柳の肩を撃ち抜くシーンは、1話で示された“目が見えない皆実の射撃の秘密”をバディの信頼として回収する名場面です。

“血のラベル”をどう超えるか

そして深掘りされるのが、心太朗自身の“血の物語”。

実父が強盗殺人犯だと知って以来、「自分にも悪が潜んでいるかもしれない」という恐怖が生まれ、正義に異様なほど執着するようになった。だから違法スレスレの捜査でも迷いがなく、「悪人の顔は見ればわかる」と言い張る。

皆実はそんな彼を、「父の件を避け続けてきたからこそ、いつかそっち側へ引き寄せられるのが怖い人間」と見抜いたうえで、ラストに「あなたは変態クソ野郎なんかじゃない。正義感の強い、ごく真っ当な人間です」と告げる。

この一言は、心太朗が自らに貼り付け続けてきた“血のレッテル”を剥がす、初めての“外側からの無罪判決”として強く響きます。

障害のヒーロー化とリアリティ

皆実の盲目描写については現実の当事者から「現状とは違う部分もある」という指摘もある一方、ドラマは所作や動線に細かなリアルを積み重ね、フィクションとしてのヒーロー性と現実との距離感を絶妙に保っている。

この“フィクションと現実の間の揺れ”もまた、作品のテーマである“共生”を考える上で興味深いポイントです。

2話は、先入観、血のラベル、加害者家族、警察の闇——そのすべてを、皆実と心太朗という両極のキャラクターを通してひっくり返した回でした。

ここから父の真相、護道家の秘密、皆実自身の過去へどうつながっていくのか。ヒューマンドラマとしても、ミステリとしても、非常に密度の高い一話だったと思います。

3話:不倫より殺人の方が「マシ」なんてない――芸能スキャンダルが炙り出す価値観

公式あらすじを整理すると、皆実が捜査一課へ正式配属されてすぐ、お騒がせ俳優・本条海斗の殺害事件が発生します。

第一発見者は、大物俳優・羽鳥潤。皆実は羽鳥が出演する刑事ドラマ『名探偵マイホームズ』の熱烈なファンということもあり、心太朗と現場へ向かいます。

部屋の匂いや温度、空気の流れを指先で読み取る皆実は、何かに気づくものの「バディなら言わなくても分かる」と心太朗の観察力を試すように黙したまま

。佐久良班は羽鳥を最有力容疑者として追い、泉は共演女優・篠塚真菜やプロデューサーの風間みどりの動きを丹念に追っていく、という骨格が描かれていきます。

“第一発見者が犯人”の王道からのひっくり返し

物語の中盤、羽鳥があっさり「自分が殺しました」と自白し、血の付いた台本まで提出してくるため、“第一発見者犯人説”に見えてしまう。

しかし皆実は、台本の扱い、スペアキーの位置、遺体に触れたときの微細な違和感を積み重ね、「羽鳥ではない」と即座に否定します。真犯人は風間プロデューサー

彼女は本条と不倫関係にあり、その弱みをネタに脅されていた末、衝動的に殺害へと踏み切ってしまった。皆実と心太朗がテンポよく事実を積み重ねていく“古畑劇場”のような推理クライマックスは、この回の最大の見せ場でした。

不倫の連鎖が事件を加速させる

複雑なのは、羽鳥自身もまた真菜との不倫を抱え、その証拠写真を本条に握られていたという点。

そして、この不倫情報を本条にリークしていたのが、羽鳥の妻・千晴であることを佐久良が突き止めていく。

構図はこうです。「妻が夫の不倫を知り、被害者にリーク→被害者が加害者に転じ夫を脅迫→圧迫された風間が殺害へ追い込まれる」。責任の所在が複雑に絡まりながら、“誰かの弱さ”が“別の誰かの暴走”を引き起こしていく、

非常に人間くさい連鎖が浮き彫りになっていきます。

「不倫ばかり叩く世の中」への直球

ここで皆実が語る「不倫が殺人より重罪みたいに扱われ始めたら、どんどん生きづらくなる」という言葉が、このエピソードのテーマを鋭く射抜きます。

不倫も殺人も“人を傷つける行為”であることは同じなのに、世間は“叩きやすい方”ばかりに罰を集中させる。

その不均衡が、SNS社会では歪んだ炎上構造を生み、一線を越える者まで出てくる――そんな現代の空気を本話は描いています。皆実の言葉は論理的には正しいのに、視聴者心理はどこかモヤモヤする。その“感情と理屈のねじれ”こそ、3話の面白さでした。

バディの信頼が「言わずとも伝わる」段階へ

バディものとしても進化が見えます。皆実はあえて“答え”を言わず、心太朗に推理を委ねていく。

視覚情報を共有しなくても、二人が同じ結論へ到達する様子は、1・2話で築いた信頼が確かな形になった証拠ラストの「ラストをいただきに」「アグリーです」という掛け合いは、ただの軽口ではなく、バディとしての成熟を象徴していました。

佐久良の“線引き”が光る

地味に存在感を増したのは佐久良。

ワイドショー的な断罪ではなく、通話履歴や行動記録から事実を積み上げ、「夫婦の問題は外野が裁くものじゃない」と冷静に線を引く姿勢が非常に印象的。感情ではなく事実、噂ではなく証拠――刑事としての矜持を静かに示したシーンでした。

3話は、不倫・芸能スキャンダル・殺人という刺激的な題材の裏に、「何をどこまで叩くのか」「その基準は誰が決めるのか」という問いを置き、視聴者自身の価値観を鏡のように照らし返す回でした。

バディの距離はより近く、テーマはより深く。『ラストマン』が単なるエンタメを超えて“今の社会”を描こうとする姿勢が、もっとも鮮明に表れたエピソードだったと思います。

4話:奇跡の出会い――痴漢と冤罪、虹がかかる瞬間

ジョギング中の皆実と吾妻が倒れた男性を発見し、心不全として処理されかけた死に皆実が違和感を覚えるところから物語は始まります。

遺体の手にはブラックライトで浮かぶ紋章。同じ印と死因を持つ被害者が複数いることがわかり、公安まで巻き込む大規模捜査へと発展します。

しかし紋章の正体は“痴漢撃退スタンプ”。被害者は「痴漢冤罪被害者の会」を名乗っていたものの、実際はSNSでつながった痴漢加害者グループだったという、鮮やかなひっくり返しが用意されています。

真鍋の復讐と“冤罪”のブラックな真相

毒針で彼らを狙っていたのは、婚約者を痴漢冤罪で亡くしたと思い込んでいた女性・真鍋

しかし捜査の末、婚約者自身も加害者グループの一員だったことが判明します。

彼女は“冤罪で愛する人を失った被害者”ではなく、“冤罪という言葉に操られてしまった被害者”。「冤罪被害者の復讐」という分かりやすい構図を裏切り、“冤罪”を都合よく利用する加害者側の醜さと、そこに巻き込まれる人間の痛みを描いた点がこの回の核心でした。

吾妻の原点と、皆実の“虹”の言葉

同時に、吾妻の過去が初めて掘り下げられます。

高校時代、陸上選手だった彼女は盗撮とストーカーにより日常を奪われ、外にも出られない恐怖の日々を過ごしていた。その時にネット記事で皆実の存在を知り、点字の手紙を送った──この事実が明かされるのが本話の大きな転機です。

皆実が返した言葉は「理不尽なことばかりでも、ふいに虹がかかる瞬間がある」。この一文が吾妻の支えになり、トラウマの中で“自分を守るために閉じこもる少女”から“誰かを守るために走る大人”へと変わる始点になっていたことが示されます。

終盤、電車内で犯人に飛びかかり、自ら毒針を受けながらも乗客を守ろうとする吾妻。

その姿は、かつて皆実の言葉に救われた少女が、今度は他者を救う側に立つという“虹の継承”そのもの。ここまでの積み重ねが一気に回収される印象的なシーンでした。

二人の“被害者”が示す別の道

真鍋と吾妻は、どちらも理不尽さに傷ついた“被害者”として描かれています。しかし、一人は復讐に飲み込まれ、殺人へと手を染める。もう一人は皆実の言葉を“虹”として受け取り、前へ進む道を選ぶ。

ドラマは二人を単純に対置して善悪で裁くのではなく、痴漢と冤罪をめぐる社会の歪さや、そこに巻き込まれる人の心の脆さを静かに提示するだけにとどめます。だからこそ、ラストで皆実が吾妻へ向けた「虹は必ずかかる」という優しい後押しが、説教ではなく、生き延びるための灯りのように響いてくるのです。

第4話は、犯罪トリック以上に“ことばが人を救い、未来を変える”というテーマが深く刻まれた回でした。痴漢・冤罪というセンシティブな題材を扱いながら、それを人間ドラマとして昇華した、シリーズ屈指のエモーショナルなエピソードだと思います。

5話:本物の味――嘘だらけのSNS世界で、“誰のための真実か”を問う

インフルエンサーを狙った空き巣・強盗事件が続く中、皆実が京吾に広域捜査を依頼した直後、人気料理系インフルエンサー・ナオンが自宅で殺害される。

現場のテーブルには彩り豊かな料理がずらり──しかし皆実は「何かがおかしい」と直感する。

ここまでが公式情報とも一致する導入で、5話は“嘘と真実”を立体的に描く仕掛けが丁寧に積み上げられていきます

料理は誰が作った? “本物の味”に隠された違和感

ナオンはフォロワー数ランキング2位。3位は“スパイスの女王”青嶌、1位は顔出しNGのカナカナ

皆実と心太朗が事務所で事情を聞く間も、皆実は料理を味わうばかりで心太朗はイライラ。それでも皆実の“舌”が事件の鍵を握っていることがのちに判明する。

その後、青嶌が自宅で何者かに襲われ頭を負傷。疑いはカナカナ、さらには彼女の元夫・古郡へ向かっていく。

しかし真相はさらに一段捻れている。ナオンは実は「料理が一切できない」インフルエンサーで、雇った料理人が作った料理を自作として投稿していた。

では事件当夜のテーブルに並んだ“ちゃんとした料理”は誰が作ったのか──皆実が違和感を口にし始めた瞬間から、物語は一気に加速する。

決め手となるのは、ナオンの飼い犬の足についたドレッシング。処分したはずのサラダの香りを皆実が嗅ぎ分け、その成分から“青嶌だけが使うオリジナルスパイス”が検出される。こうして、古典的なロジック×五感のプロファイルで青嶌の犯行が浮かび上がる

青嶌の暴走――フォロワーのために犯罪すら“コンテンツ化”

青嶌は、強盗犯・古郡を脅し、料理系インフルエンサーを狙った一連の事件を自作自演していた。さらには自分が襲撃される“被害者ショー”まで計画し、フォロワー数1位の座を奪おうとした

ナオン殺害後、彼女のフォロワーが急激に増えたのを目にし、「被害者になれば自分もバズる」と思いついてしまう。殴りを躊躇する古郡に向けた「こっちは命かけてインスタやってんだよ!」という叫びは、承認欲求が歪んだ先の狂気を象徴していた。

カナカナの正体――“守るための嘘”だけが残される

一方、トップインフルエンサー・カナカナの正体は、もっと静かで切実な嘘だった

顔出しNGのシングルマザーとして人気を集めていた彼女は、実はすでに家を出ており、投稿を続けていたのは娘の雲母。

雲母は母のアカウントを引き継ぎ、学校帰りに一人で弁当を作り、それを“母の手料理”として投稿し続けていた。「いつか帰ってきてくれる」と信じながら──。

皆実は握手した瞬間に「料理をしている手だ」と気づき、雲母のもとを訪れて静かに真相を告げる。そして言う。

「誰も傷つかず、誰かを救う嘘なら、私はいいと思うんです」

この“嘘のグラデーション”が5話の核心だ。

ナオンの虚構、青嶌の虚構──どちらも承認欲求や利得による“加害の嘘”。対して雲母の嘘だけは、“愛を守り続けるための嘘”としてそっと残される。

41年前の事件の影――皆実と心太朗をつなぐ「嘘」

終盤、物語は一気に縦軸へ。護道家での食卓で皆実が「バツイチです」と軽く告げつつ、京吾に「41年前の強盗殺人事件の資料を見せてほしい」と頼む。

その事件で亡くなったのは皆実の両親で、火事の際に皆実は視力を失った

そして容疑者は、心太朗の実父──。ここで初めて“皆実と心太朗の過去が一本の線でつながる”余韻が漂う

嘘と真実のさじ加減が映す、皆実という存在

事件はSNS×承認欲求の“今”を描きつつ、最後に「どの嘘を許し、どの真実を突きつけるのか」という皆実の倫理観を丁寧に照らす。

青嶌には容赦なく真実を突きつけ、雲母には嘘のまま背中を押す。

ここに、“他者の痛みに正確に寄り添うプロファイラー”としての皆実が立ち上がる。そして5話は、ミニマムなSNS事件の裏に、41年前の“巨大な嘘”の気配を忍ばせることで、物語全体を静かに暗転させた。

承認欲求の歪みで胃がムズムズしたかと思えば、最後に背筋がひやりとする──。

5話はその二段構えの余韻が秀逸で、「ラストマン」というドラマの真骨頂が最もよく出たエピソードのひとつだったと思う。

6話:不器用な愛のカタチ――「親ガチャ」と養子縁組が交差する回

物語は護道家の別荘で開かれた清二の誕生日パーティーから始まる

皆実が自然に輪に溶け込んでいる一方で、心太朗だけはどこか場違いな空気をまとっている――この“温度差”が第6話のテーマを静かに示す導入になっている。

そこへ、警備会社社長・菊知が妻と娘を人質に10億円を要求する立てこもり事件が発生。皆実は交渉役として現場へ、心太朗は身代金受け渡し役の秘書を追うため別動隊として動くことになる。

立てこもりの“違和感”――皆実が聞き分けた救いのサイン

事件は一見「社長が家族ごと暴走した狂気の立てこもり」に見える。

しかし皆実は菊知の声の震え方、言葉の選び方に“本人の意思ではない”気配を敏感に感じ取る。室内に入ったあとも、視線の向きや足音から「彼が本当に守りたいのは妻ではなく、別の誰か」だと読み、事件を“立てこもり”ではなく“娘誘拐”と即座に組み替える。

皆実はモールス信号で心太朗へ暗号を送り、離れた場所にいるバディが同時進行で真相へ近づいていく。物理的に離れていながらも“信頼でつながるバディ”としての二人が強く描かれたパートだった。

真犯人・宇佐美の動機――歪んだ「親ガチャ」の怒り

事件の黒幕は、最初に「発砲音がした」と通報してきた男・宇佐美。

彼は菊知と前妻の間に生まれた実子で、自身は貧しい家庭で育った一方、菊知の娘・恵茉は裕福な家庭でバレエまで習っている――その“格差”に激しい怒りを抱き、

「自分は外れくじを引いた。恵茉は当たりくじだ」

という短絡的な“親ガチャ論”に取り憑かれていた。

しかし恵茉は実は養子であり、宇佐美の「血がつながっていれば愛される/裕福なら勝ち組」という前提そのものが誤解だったことが明らかになる。

皆実の言葉――“親ガチャ決定論”をひっくり返す

ここで皆実が語る反論が秀逸だ。

「人生のスタート地点に差はある。でも人生は大小さまざまな“ガチャ”の連続で、総合すれば当たり外れの確率はほとんど同じ。幸福度を上げるチャンスは、誰にも平等に巡ってくる」

さらに、ニューヨークの地下鉄でまったく知らない人に助けられた経験を語り、

「血のつながりでも損得でもない、“人を思う気持ち”が人を救う」

と静かに示す。

“親ガチャ”という言葉がもつ決定論を、真正面からひっくり返していくロジックだった。

三者三様の“親子”――血よりも、選び直す勇気

この「親ガチャ」の議論を、ドラマは複数の親子関係に重ねていく。

  • 菊知と恵茉:血はつながらないが、確かな愛がある親子
  • 菊知と宇佐美:血はつながっているが、心は断絶した父子
  • 清二と心太朗:養子縁組で続いてきた、すれ違いながらも確かに結ばれた親子

特に心太朗と清二の描写は胸に迫る。

幼い頃、誕生日プレゼントをもらえなかった心太朗は“養子の居場所のなさ”を心に刻み、その痛みは長く影を落としてきた。

しかし事件後、心太朗は健康管理用スマートウォッチを清二へ贈る。不器用に距離を詰めようとする息子の姿に、清二がそっと取り出したのは――幼い心太朗からもらった「肩たたき券」。

何十年も大切に保管していたこの小さな紙切れが、清二の不器用な愛情と深い後悔を一気に浮かび上がらせる

バディの宿命――41年前の事件が“二人”を貫き始める

そして終盤、縦軸の物語が大きく動く。

京吾が泉に明かしたのは、
「皆実の両親を殺したのは、心太朗の実父・鎌田だ」
という残酷な真実。

さらに、
「皆実は心太朗を利用して鎌田に会おうとしている」
という疑惑が提示され、視聴者は“被害者の遺族 × 加害者の息子”という二人の関係性が避けて通れない運命にあることを知る。

不器用な愛と、選び直しの物語へ

第6話は、立てこもり事件の緊張感と、親子・血縁・養子・格差といった重いテーマが巧みに絡み合う回だった。それでもラストの将棋シーンでは、皆実の柔らかい声色によってスッと心が軽くなるという“日曜劇場の呼吸”も忘れない。

「誰と生まれたか」ではなく、「どうつながり直すか」。

6話は、その核心を静かに、そして力強く射抜くエピソードだったと思う。

7話:「大切なひと」と愛の非合理性

7話は「後妻業×スパイ×年の差婚」という濃度の高い要素を一気に投げ込みつつ、“人はなぜ人を好きになるのか”という根源的な問いへ踏み込んだ回だった。

東京湾のふ頭で発見された白骨遺体は、3〜4年前に失踪した資産家・葛西征四郎。

妻・亜理紗には後妻業による殺人疑惑、さらにアメリカ大使館が追う“スパイ疑惑”まで降りかかり、警察と大使館がせめぎ合う状況に。しかし皆実だけは初動から「彼女は犯人じゃない」と言い切り、直感の鋭さを見せる。

偽装死のトリックと“守るための嘘”

真相は、DV夫から逃げていた亜理紗をかばった征四郎が、揉み合った末に誤って前夫を死なせてしまった事故だった。

亜理紗は征四郎を守り抜くため、前夫の遺体を“征四郎の死体”に見せかけて海へ沈め、歯科医・美容外科医まで巻き込んで“偽装死+全身整形”を実行

白骨遺体は前夫、現在秘書としてそばにいた青年こそが、整形で若返った征四郎本人という型破りなトリックが明かされる。

整形の若返りに関しては「さすがに無理あるだろ…」というツッコミも成立するのだが、この回はリアリティより寓話としての強度を優先している印象が強い。

後妻業と聞けば「計算高い女」と決めつけがちな空気に対し、皆実は「好きになるのに理由はいらない」と優しくも鋭く言葉を返す。亜理紗が自白してまで夫を守ろうとする姿は、偏見と真実のギャップを象徴的に描いていた。

“恋バナ”が一斉に動き始める

同時に、皆実&デボラ、心太朗&佐久良、泉&吾妻といった“恋のライン”が一気に動くのも7話の大きな特徴

大使館参事官のデボラは皆実の元妻

皆実は過去、女スパイのハニートラップに落ちてしまい離婚したが、今も互いを信頼している。その“愛は終わっても絆は残る”スタイルは、亜理紗と征四郎の“共犯としての愛”と対照的に置かれており、ドラマが描く“愛の多様性”を静かに広げていく

一方、心太朗と佐久良の距離感は、仕事の連携を超えてどこか繊細で、泉と吾妻の一歩引いたような距離も含め、7話では“恋”にまつわる空気が複層的に流れていた。

それぞれの“好き”がまったく違う形をしているのが、この回の面白さでもある。

そして突然突きつけられる、“血の因縁”

終盤、物語は一気に最重要の縦軸へ接続する。

泉が皆実の部屋に隠した“41年前の事件資料”を、心太朗が偶然目にしてしまうのだ。そこには、自分の実父・鎌田が皆実の両親殺害事件の犯人として処理されている事実が記されていた。

それまで“最強のバディ”として視聴者が安心して見られた二人の関係性が、一瞬で“被害者の遺族 × 加害者の息子”という残酷な構図へ反転する。皆実が「善意から秘密を抱え続けてきた」という事実でさえ、心太朗にとっては“裏切り”として刺さる。

愛と正しさがズレたときに生まれる痛みを、7話は非常に丁寧に積み重ねていた。

愛する理由は合理的ではなくていい。守りたい人を守るために嘘をつくこともある。愛は終わっても絆だけ残ることもある。そして、どれほど信頼し合ったバディでも、血の事実がその関係を容赦なく引き裂く瞬間がある。

7話はそんな“愛の多面性”を静かに、しかし力強く描き切った回だった。ここから心太朗がどう揺れ、どう皆実と向き合うのか――ドラマ全体の核心に手が届く、非常に重要な一話だったと思う。

8話:責任――ネットの暴力と“ふたりのラストマン”

縦軸を整理すると、7話ラストで父・鎌田が皆実の両親殺害犯だと知った心太朗は、皆実を問い詰め、「否定はしません」という答えに激昂する。

さらに兄・京吾にも「なぜ自分だけ知らされなかった」と怒りをぶつけ、室長を辞任し、バディも解消。

しかし皆実の新たな“目”としてアテンドに入った吾妻を除き、佐久良班の面々は心太朗の件から距離を置き、皆実はほぼ孤立状態に。そんな中、皆実と吾妻は41年前の事件の第一発見者であり、皆実の命の恩人でもある山藤に会うため御殿場へ向かうが、バスターミナルで“銃を持つ男”と接触し、その男と同じバスに乗り込んだところからバスジャックが始まる。

“二人の清水拓海”が生んだ悲劇

犯人の男は改造銃を発砲し、皆実は吾妻をかばって左肩を負傷。

犯人は自らの顔をスマホで撮らせ「清水拓海だ、拡散しろ」と配信させるが、捜査の結果、彼は2年前に“幼稚園バス置き去り死亡事件”を起こした運転手と同姓同名の別人だったことが判明する

本物の運転手は濡れ衣のままネットで断罪され人生を破壊され、今回の清水も同姓同名というだけで就職先を追われ、母は憔悴の末に亡くなった。

さらに、2年前の“バス置き去り死”はネットで流布したデマであり、実際は心臓疾患を抱えた園児がかくれんぼの最中に倒れた事故だったことも判明

幼稚園がプライバシー保護のため詳細を伏せたことで、真実が歪み、“二人の清水”双方を壊してしまったという構造が浮かび上がる。

バス内部と外部、“見えないバディ”の連携

バス内の皆実は犯人の視線を引きつけながら、吾妻に「みなみうたれた」と小声で送信させ、心太朗へ状況を共有

さらに血の付いたハンカチに「弾数を調べて」と書き、窓から投げ落とす。それを拾った泉が犯人宅から銃の仕様を洗い出し、装填は4発と判明。

心太朗はクラクションのモールス信号で皆実へ残弾数を伝える。

皆実はあえて自分と心太朗を狙わせ、弾を撃ち切らせる──この一連の連携が、バディ解消中であるにもかかわらず「離れていてもつながっている」ことを証明していた。

「想像力の欠片もないバカなネット民と同じだ」

クライマックスで心太朗が犯人に叩きつけるこの一言は、タイトル「責任」の核心そのものだ。

誰かを断罪する軽い書き込みも、積み重なれば人ひとりの人生を奪う暴力になる。ネットの暴力に対する批判であると同時に、「自分の目で確かめず噂に踊らされた清水もまた、同じ過ちを犯した」という鏡像的構造になっている。

皆実は犯人へ真相を伝えたうえで、「大切なのは、自分の目で確かめること」「想像力を働かせ、あらゆる可能性を検証すること」と静かに諭す。

このメッセージは、バスジャック事件だけでなく、41年前の“鎌田の事件”そのものに向けられたブーメランでもある。

「もう一度、私の目になってくれませんか」

事件後、皆実は帰国を早めることに。しかしデボラから「皆実はあなたの存在を知ったとき、本当に嬉しそうだった」と聞かされた心太朗は、皆実のもとへ向かう

「知らなければよかった現実を突きつけられるかもしれない。でも――自分の目で確かめる。」

心太朗の覚悟に応えるように、皆実も「私はどんな真実にも揺らがない。もう一度、私の目になってくれませんか」と手を差し出す。

血の因縁で壊れかけたバディが、より強い“同志”として再結成される瞬間だった。

8話は、「ネットリンチの気持ち悪さ」と「再バディの気持ちよさ」が最も大きい振れ幅で共存する回だったと思う。事件は救いきれない後味を残しながら、それでも「想像力を働かせ、責任を持って世界を見ること」を皆実と心太朗の二人のラストマンが提示する。

軽いバスジャックものに見えて、視聴後に自分のSNSでの一言一言を思い返さずにはいられない──そんな鋭さと余韻を残す一話だった。

9話:スーツを着た「正義」が崩れた夜

物語はいよいよ41年前の強盗殺人事件に一点集中。

皆実と心太朗、泉と吾妻の4人はまず鎌田への面会を試みるものの、病状悪化で会えず、皆実は調書を一から洗い直していきます。

出しっぱなしのペティナイフ、階段でのもみ合い、玄関で倒れていた自分の位置、そして「寝ていたはずの父のスーツから香った匂い」。積み上がる矛盾から皆実は「冤罪と仮定して捜査を進めよう」と方針転換し、心太朗も“殺人犯”と決めつけてきた実父をもう一度信じ直す側へと歩みを進めていきます。

父・誠の“正義”が崩れる瞬間

泉と吾妻が掘り起こしたのは、皆実の父・誠が道路族議員・弓塚と組んだ地上げ屋だったという事実

「正義の人」だったイメージが一気に瓦解し、さらに元ヤクザ・池上の証言で、弓塚による違法行為が“警察ぐるみ”で揉み消されてきた構図が見えてくる。

しかしその池上は証言直後に殺害され、護道清二から京吾へ「事故として処理せよ」という指示が落ちる。この一連は「大きな安定のために小さな悪事に目をつぶれ」という体制の論理そのもので、清二の“正義”が初めて濁った音を立てて揺らぐ場面でした。

若い世代の正義が“旧い正義”と衝突

池上の死を事故扱いした父に怒りを露わにした泉は、“古い正義”を受け入れず単独捜査に踏み切る

吾妻と共に防犯カメラ映像を確保したものの、尾行に気づいて皆実たちに連絡した直後、「絶対に早まるな」という制止を振り切り職質へ。もみ合いの末に刺されてしまうこの展開は、護道家の“黙認の正義”と、泉が体現する“自分で掴む正義”が正面衝突した象徴的瞬間でした。

“信じてきた正義”の裏切り

犯人を追いつめた心太朗が銃口を向けた先にいたのは、皆実の命の恩人であり、心太朗にとっても尊敬すべき元一課長・山藤

「俺は悪い人間だ」という言葉を残し、自ら身を投げる山藤の姿は、視聴者の信頼までも一気に崩す衝撃。

“若手を消しにかかった正義の先輩”という地獄の構図が明らかになり、警察組織の奥底に染み込んだ腐敗が見えてくる。

スーツの内側に潜む“血”をどう裁くのか

「真犯人はスーツを着ていた?」という考察が象徴するように、弓塚も誠も山藤も、“正義側”の顔でスーツを着込んできた人物たち

その裏地にべったりと貼りついた血と不正。泉が倒れた今、清二の掲げる「安定のための小さな悪」はもはや正当化の言葉として響かない。

そんな中でも、皆実と心太朗は「自分の目で確かめた真実だけを信じる」と前を向く。信じてきた“正義”が次々と剥がれ落ち、何を信じればいいのか分からなくなる夜に、ようやく二人が見つけた灯りは「自分で選び取る正義」。

9話は、“大人の都合で仕立てられた正義”が音を立てて崩れ、最終回に向けて“ふたりのラストマンの正義”だけが残っていく、その決定的な一歩でした。

10話(最終回):「家族」という最後のミステリー

最終回は、泉の刺傷事件の余韻を引きずったまま、41年前の真相へ一気に踏み込んでいく急加速の回でした。

上層部の指示を無視し、佐久良班は弓塚を逮捕。

さらに清二は、これまで弓塚の不正を“安定のため”にもみ消してきたことを認めます。しかし皆実の両親殺害だけは「犯人は鎌田」の一点張り

そこに矛盾を覚えた皆実と心太朗は、家族が封じ続けた“もう一つの物語”を掘り起こし始めます

料亭がつないだ過去と、「兄弟」という答え

2人が向かったのは、母・勢津子と鎌田が働いていた料亭

調べを進めるなかで、2人が店を出す夢を語り合う恋人同士だったこと、地上げ屋として暗躍していた皆実誠によって強引に引き裂かれたこと、そしてその後、勢津子が幼い広見を連れて鎌田の元へ戻り、心太朗も生まれ、4人で暮らしていた過去が浮かび上がります。

ここで回収される“父の味”“肉じゃが”といった小さな伏線はすべて、広見(皆実)と心太朗が実は「同じ父を持つ兄弟」だったという答えにつながっていく――物語全体がきれいに輪郭を結ぶ瞬間です。

41年前の夜――崩れていく“正義”の原点

真相は想像以上に容赦ないものでした。

広見が自分の子ではないと知った誠は激情し、勢津子を刺してしまう。さらに広見まで手にかけようとしたところに鎌田が駆けつけ、もみ合いの末に階段から転落。

先に目を覚ました誠は護道清二を呼び出し、殺人のもみ消しを迫りますが、拒絶した清二を逆上させる形となり、灰皿で殴り殺される

本来ならここで「正当防衛」として処理できたはずなのに、清二は自らの汚職を隠すために放火し、山藤まで巻き込み、事件そのものをねじ曲げてしまう――護道家の“正義”は、この夜から歪み始めていたのだと突きつけられます。

冤罪の代償と、親子それぞれの痛み

視力を失った広見は皆実家の祖父母に育てられ、誠の保険金もその家に入る。

この“家を守るため”だと清二は鎌田に罪を背負わせ、「もう一人の子どもは自分が養子として育てる」と約束。結果として鎌田は冤罪を受け入れ、心太朗は“殺人犯の息子”として人生を歩むことになる

そして最終回最大の痛打となる場面――

真犯人である清二に手錠をかける役目を負わされた心太朗は、「立派な警察官になったな」という父の最期の一言に涙を抑えきれず、「全部罪滅ぼしだったんですね!」と叫ぶ。

愛していたからこそ信じたかった父と、その父が犯した罪。

善意と愛情と欺瞞が複雑に絡み合った“家族というミステリー”の核が、ここで露わになります。

兄弟としての再会――静かで確かな救い

一方、鎌田との再会は静かであたたかい時間でした。

「腹減ってないか?」と昔と同じ声で呼びかける父に、皆実は「私は広見です」と名乗り、2人の息子はそれぞれ感謝と謝罪を伝える。

ここでようやく、皆実と心太朗は“家族の呪縛”から解き放たれ、「兄弟」として肩を並べる関係へと戻っていくのです。

バディものとしての最高のエンディング

ラストは空港。別れのハグののち、皆実が「では、また来週」とさりげなく告げ、次は心太朗がワシントンへ行くことが判明

この“軽さ”が、重い家族の物語を見届けた視聴者の胸に心地よく響く。

壮絶な真相を抱えながらも、最後は笑いと希望で締める――『ラストマン』らしい二層構造のエンディングでした。

最終回は、「家族」という最大の謎を解き明かし、同時に“ふたりのラストマン”が選び取る新たな未来を描いた、圧巻の一話だったと思います

ドラマ「ラストマン」のネタバレ&考察。兄弟の秘密を完全解説

ドラマ「ラストマン」のネタバレ&考察

【時系列】皆実広見と護道心太朗はなぜ“兄弟”になれたのか

ラストマンの肝は、「バディとして“兄弟”みたいになっていく二人」が、最後に本当に兄弟だったと分かる二重構造です

ここでは、人間関係としての「兄弟になっていくプロセス」と、血縁としての真相を分けて整理してみます。

前半…「利用し合うバディ」だった二人

序盤の皆実と心太朗は、完全に「利用し合う関係」です。皆実は“全盲のラストマン”としてFBIから来日した切り札、心太朗は「厄介なゲストを押し付けられたエリート警察官」という立場

心太朗は、皆実の“お守り”をするかわりに、護道家の評価を上げたいという打算がある。一方の皆実も、公式設定どおり「日本の警察との連携強化」という建前の裏で、41年前の事件を再捜査するために来日しており、被疑者とされている鎌田國士の息子=心太朗を“鍵”として指名していました。

つまり前半の二人は、「相性抜群のコンビ」というより、互いに自分の目的のために相手を使っている、かなりシビアなバディです。

それでも事件を重ねるうちに、皆実は心太朗の“真っすぐすぎる正義感”を信頼し、心太朗も皆実の人たらしな優しさにほだされていく。その積み重ねが、後半の大きな爆発に効いてきます。

中盤…「殺人犯の息子」と「被害者遺族」という最悪の関係

物語の中盤で、「心太朗の実父・鎌田が皆実の両親を殺した犯人」とされていることが明かされます。視聴者は早い段階から知っていますが、心太朗本人がその事実と、皆実がそれを知ったうえで自分を指名していたことを知るのは7〜8話あたり

ここで二人の関係は最悪の状態に落ち込みます。
心太朗からすれば、「自分は被害者遺族に監視されていたのか」という裏切り。
皆実からすれば、「真相を追うためには、加害者家族と向き合うしかない」という覚悟。

お互いの“正しさ”が真正面からぶつかり、一度はバディ解消、皆実は日本を去ろうとすらします。

しかし、バスジャック事件(8話)で再び命を懸けて背中を預け合ったことで、二人は「自分の目で確かめるために一緒にやる」という地点に戻ってくる。被害者遺族と加害者家族という最悪の組み合わせだからこそ、一緒に真相を見届けるべきだと、ようやく腹をくくるわけです。

終盤…兄弟だと判明してからの感情の整理

最終回で明かされるのは、「皆実も心太朗も、料理人・鎌田國士と勢津子の息子であり、実の兄弟だった」という事実です。

長年“父だと思っていた男”皆実誠こそが悲劇の元凶であり、母を刺し、自分まで殺そうとしたこと

そして、その罪をもみ消そうとした護道清二が誠を殺し、放火までして事件をねじ曲げたことが分かる。心太朗からすると、実父の冤罪は晴れたが、今度は育ての父が加害者側の人間だった、という二重のショックです。

そんな地獄のような真相を前にしても、二人が最後に選ぶのは「互いを兄弟として受け入れる」こと。

皆実は、鎌田と勢津子と4人で食卓を囲んでいたはずの記憶を“きっとあった時間”として語り、心太朗もそのイメージを共有しようとする。血縁だけでなく、「これから家族であろうとする意志」のほうに比重が置かれているのが、このドラマらしいところだなと感じました

最終回ラストシーンの「では、また来週」が意味するもの

空港での別れのシーンで、皆実は心太朗に向かって「では、また来週」とさらっと言います。初見だと“お別れの挨拶を間違えたボケ”に見えますが、種明かしはすぐ後。

実は心太朗が翌週からFBIの交換研修生としてワシントンに行くことになっており、「来週からはアメリカでバディ続行」という意味だったと分かる。

ここには二重のニュアンスが込められています。

ひとつは、「ドラマは終わるけれど、彼らの物語は続いていく」という余韻。

もうひとつは、「血の秘密」を知ってしまった後でも、二人が“仕事の相棒”として、そして“兄弟”として一緒に未来を生きていくという宣言

「父の料理を教えてください。僕は母の肉じゃがを伝授します」「アグリーです」。

このやりとりからの「では、また来週」は、家族としての時間を奪われた兄弟が、新たな食卓をこれから作っていくという約束の言葉でもある。最終回の余韻は、この一言に全部持っていかれました。

41年前の事件と護道家の罪――兄弟の運命を変えた夜

年表で振り返る“あの夜”までの流れ

ざっくり年表にすると、流れはこんな感じです。

  • 若き日の鎌田國士と勢津子は、同じ料亭で働く恋人同士だった
  • 勢津子は料亭の常連だった不動産屋・皆実誠に見初められ、周囲の圧力もあり結婚
  • 鎌田は身を引くために「他に好きな人ができた」と嘘をつき、勢津子もその嘘に気づきながら誠との結婚を選ぶ

やがて勢津子は誠のもとで広見(皆実)を出産

誠の地上げビジネスは弓塚敏也の汚職と結びつき、池上らを使った“汚れ仕事”でもうけていた。

勢津子は再び鎌田と結ばれ、広見を連れて鎌田のもとへ。そこで心太朗が生まれ、4人で暮らす時期があったと示唆される。

しかし誠の借金と弓塚への恐喝が行き詰まり、運命の「41年前の夜」に突入する。

この「地上げ屋×汚職政治家×元ヤクザ」という構図と、そこで翻弄される一組の男女と二人の子ども──兄弟の悲劇は、かなりドロドロした大人の事情の中から生まれています。


皆実誠・勢津子・鎌田・清二・山藤、それぞれの思惑

最終回で明かされるそれぞれの“思惑”を整理すると、だいたいこうです。

皆実誠
弓塚の悪事の証拠を握り、金をゆすろうとしていた張本人。勢津子を略奪し、地上げビジネスに利用し、最後は妻を刺した“元凶”。

勢津子
鎌田を愛しながらも誠と結婚させられ、その後も鎌田への想いを捨てきれなかった女性。息子たちを守りたかったが、誠に刺され命を落とす。

鎌田國士
かつての恋人とその息子を守ろうとした料理人。誠ともみ合いになって階段から転落し、その後、皆実と心太朗の将来を守るため、自分が殺人犯として服役することを受け入れる。

護道清二
皆実家に呼び出され、誠から「殺人のもみ消し」を迫られる。拒否したものの、勢いで誠を殴り殺し、証拠隠滅のため放火までしてしまう。“正義の家”護道家の名を守るため、鎌田に罪を被せるディールを持ちかけた張本人。

山藤
当時はヒラの警官。清二に命じられて皆実を救出し、その功績で出世していくが、後年は弓塚と清二に完全に取り込まれ、池上殺害や泉刺傷にまで手を染める。

誰一人として“完全な正義の人”はいない。でも、その誰もが、どこかで「自分なりの正しさ」を信じて動いてしまっているのが、この事件の気持ち悪さでありリアルさだなと感じます。

誰がどこまで“加害者”だったのかを整理

視点を少し変えて、「加害の度合い」で整理すると、こんなグラデーションが見えてきます。

第一の加害者:皆実誠
勢津子を略奪し、汚職の証拠で金をせしめようとし、最終的には妻を刺した本人。ここがすべてのスタート地点。

第二の加害者:護道清二・弓塚敏也
誠を殺した清二と、その背後で汚職を繰り返し、多くの事件をもみ消させてきた弓塚。彼らは“公益”や“安定”を言い訳にしながら、自分たちの立場を守る方に舵を切っています。

第三の加害者:山藤
元は“命を救った警官”だったはずが、既得権側の論理に飲み込まれ、池上殺害や泉刺傷という直接的な暴力まで行ってしまう。

“加害者にされてしまった人”:鎌田國士
実際に誠を殺してはいないのに、一連の罪をかぶって服役し続けた料理人。息子たちを護道家と皆実家に託すために、あえて自分を悪役にした男でもあります。

このグラデーションを見ていると、「誰が一番悪いのか」を決めるよりも、「誰がどの瞬間に、自分の正義より保身を選んだのか」が重要なんだと分かります。その選択の積み重ねが、兄弟を引き裂き、40年以上も嘘の上に彼らの人生を乗せてしまったわけですから。


「正義のための嘘」と兄弟の人生への影響

清二たちがついた嘘は、一応“誰かを守るための嘘”として描かれています。

皆実家の保険金、護道家の名誉、鎌田の息子たちの将来──それらを守るために、「鎌田が皆実夫婦を殺し、放火した」という物語を捏造した、と。

しかし、その“正義のための嘘”は、結果として兄弟の人生を深く傷つけます

皆実は両親を殺した犯人の息子を知らずにバディとして迎え、心太朗は「殺人犯の息子」として生きてきた自分の血を憎み続けてきた真実が明かされたあとも、実父は牢獄で人生を終え、育ての父は自分の手で逮捕しなければならない。

それでも二人は、「嘘をついた大人たち全員を憎む」のではなく、「自分たちはどう生きるか」のほうを選びます。

清二を逮捕することを“父への最大の敬意”として受け止め、鎌田には“普通の息子”として感謝を伝える。正義のための嘘に振り回されながらも、最後は自分の手で“新しい正義”を選び取る兄弟の姿が、この物語のカタルシスだと僕は思います。

「父の味」と肉じゃがに隠された伏線

皆実と心太朗の“家庭の味”のエピソード

1話ラストで、皆実が自宅で心太朗に振る舞うのが「母の味」である肉じゃが。皆実が「どうですかね? 私の母の味なんですけど」と聞いたとき、心太朗は「なんだか懐かしい味がします」と答えます。この一言が、放送当時から「え、過去に何かある?」「兄弟なの?」とSNSをざわつかせたのは有名な話

最終回で明かされるとおり、この肉じゃがは勢津子のレシピで、にんにくが隠し味。皆実も心太朗も、幼い頃に同じ“母の味”を食べていたからこそ、「懐かしい」と感じたわけです。

一方で、心太朗の“父の味”として語られるのがオムライス。公式クイズやレビューでも、彼の思い出の料理として何度も取り上げられています。

皆実の肉じゃがと、心太朗のオムライス。どちらも「親に作ってもらった家庭の味」であり、“兄弟で分かち合えなかったはずの食卓”を象徴するモチーフなんですよね。

父親像/家族像のズレが兄弟の伏線になっていた話

食べ物の話は、そのまま「父親像/家族像」のズレともリンクしています。皆実にとって“父”は、裕福な家に住む実業家でありながら、最終的には母を殺し、自分をも殺そうとした男=皆実誠。だからこそ彼は、料理や食事を心から楽しみながらも、“家族の団欒”というものにどこか距離を置いているように見えます。

一方、心太朗にとっての“父”は、厳しくも「正義の護道家」を体現する清二

肩たたき券を40年近く大事に持っていたというエピソードが象徴的ですが、清二の愛情はいつも不器用で、息子にはなかなか伝わなかった。

そんな二人が、1話で同じ肉じゃがを「母の味」「懐かしい味」と共有し、最終回で「今度は父の料理と母の料理を教え合おう」と約束して終わる。

これは、ねじれた家族の歴史の上に、新しく“兄弟としての家族像”を作り直していくという宣言だと僕は受け取りました。

血の真相だけでなく、「父の味」「母の味」という、いちばん生活に近いところに伏線を仕込んでいたからこそ、この兄弟オチはここまで説得力を持ったんだと思います。

ドラマ「ラストマン」の結末と映画の続編は?

ドラマ「ラストマン」の結末と映画の続編は?

まずは連ドラ本編の“着地”をざっくり整理します。

41年前の強盗放火殺人事件の真相は、
「皆実誠が勢津子を刺殺 → 広見も殺そうとする → 清二が誠を殴り殺し、放火で揉み消した」
というもの。

記録上の犯人とされていた鎌田は、広見と心太朗を守るためにあえて罪をかぶって服役していたことが判明します。

同時に、皆実と心太朗がどちらも鎌田と勢津子の実の息子=同父同母の兄弟であることも明らかに。皆実は「自分を捨てたと思っていた父」が実は最後まで自分を守ろうとした人間だったと知り、心太朗は「殺人犯」と憎んできた父の真実と向き合うことになります。

組織側の決着としては、弓塚は暴対の捜査で逮捕され、不正のもみ消しを続けてきた清二も関与を認めて在宅で取り調べを受ける流れに。資料の多くは時効ですが、護道家と警察の“聖域”が崩れたという意味では、象徴的なラストです。山藤は自ら命を絶ち、池上口封じや泉刺傷の件も含め、長年の闇ごと幕を下ろす形になりました。

そしてラスト。
鎌田の最期を兄弟ふたりで看取り、「父のオムライス」と「母の肉じゃが」を教え合おうと約束したあと、皆実は空港で心太朗に向かって例の一言──「では、また来週」。実は心太朗が次の交換研修生に選ばれており、「来週からはワシントンでまたバディだよ」という意味だったと種明かしされます。

過去の物語はきちんと締めつつ、“未来はまだ続く”ところで終わる。ここが、連ドラとしての『ラストマン』の結末ですね。

映画「ラストマン」の続編はどうなっている?

放送当時からSNSでは
「アメリカ編いつ?」「映画でやってほしい」
と続編希望の声がかなり多く、ニュースサイトも「“では、また来週”は続編フラグでは」と取り上げていました。

その“フラグ”は、がっつり回収されています。

2025年12月24日公開:
『映画ラストマン -FIRST LOVE-』

→ 連ドラの“正統な続編”で、最終回から2年後が舞台。
再び日本を訪れた皆実が、心太朗を北海道の事件に呼び出す物語と公式に説明されています。

2025年12月28日放送:
完全新作スペシャルドラマ
『ラストマン-全盲の捜査官- FAKE/TRUTH』

→ こちらは、身代金10億ドルを要求する爆破テロ事件に挑むストーリー。

映画と連動した構成で、「映画で本筋を追い、SPドラマで“もうひとつの真実”を楽しめる」二段構えの企画になっています


公式サイトでも、皆実と心太朗が “実の兄弟になった無敵バディ”として再登場する ことが明記されていて、連ドラのメッセージを引き継いだ完全な続編パッケージとして位置づけられています。

結論として、「ラストマンの結末と続編は?」という問いにはこう答えられます。

  • 連ドラとしては
     → 41年前の事件と兄弟の出生はきっちり決着
  • 物語世界としては
     → 映画+SPドラマで“その後”が正式に描かれる

この二段構成で理解しておくと非常に分かりやすいと思います。

ドラマ「ラストマン」の感想&まとめ

ドラマ「ラストマン」の感想&まとめ

全話見終えたうえでの、率直な感想をまとめます。

① バディものと家族サスペンスの“二段構え”が強い

最初は「全盲のFBI捜査官×ヤバめの刑事」という、派手な設定のバディもの。その裏で、1話ごとの事件に「親」「子」「責任」「ネットの暴力」といったテーマを埋め込んでいく構造は、黒岩勉らしい“エンタメと社会性のミックス”だなと感じました。

そこにさらに、41年前の事件と兄弟オチという大河級の家族サスペンスを縦軸に乗せてくる。正直、情報量はかなり多いはずなのに、1話完結の爽快さを失わずに最後まで走り切ったのは見事です。

② 「兄弟の物語」としての納得感

個人的に一番気持ちよかったのは、「兄弟オチをやるなら、ここまで伏線を張ってほしい」というラインをちゃんと超えてきたところ。

  • 2話ラストの肉じゃがの“懐かしさ”
  • 繰り返し出てくる“忘れられない味”のモチーフ
  • 心太朗の出自が2話の時点で示されていること
  • 清二や弓塚の“正義のための嘘”が、ずっと背景で不穏に描かれてきたこと

このあたりが全部、最終回の「実の兄弟でした」「父の愛でした」の着地点に論理的に繋がるので、サプライズ系の真相にありがちな“ご都合感”が薄いんですよね。

兄弟であり、被害者遺族と加害者家族でもあり、そして同じ父母を持つ刑事同士。

関係性のややこしさをきちんと構造として組み上げたうえで、「それでも一緒に生きていこう」というところまで持っていくラストは、脚本としてかなり満足度が高かったです。

③ 役者陣の熱量と“泣き笑い”の振り幅

最終回の感想を拾うと、やはり「号泣した」「水分がなくなるかと思った」といった声がとにかく多い。特に、鎌田役・津田健次郎の最期の場面と、大泉洋の号泣演技の組み合わせは、ニュースになるレベルで話題になっていました。

一方で、その重さを福山雅治×大泉洋コンビのコメディリリーフがしっかり中和してくれる。ラストの「では、また来週」からの、心太朗のぼやき(あれはほぼ大泉さん本人のアドリブらしい)でふっと笑わせて終わるバランス感覚が、本当に巧い。

シリアスとギャグの振り幅が大きいのに、キャラクターがブレないのは、俳優陣の芝居あってこそだと思います。

④ あえて言うなら、清二パートはもう一歩欲しかった

あえて一つだけ“欲を言う”とすれば、護道清二パートの掘り下げは、もう半歩見たかったところです。視聴者レビューでも「どうしてあそこまで弓塚に手を貸したのか」「清二側の事情を説明するエピソードがもう少し欲しかった」という声がちらほら。

とはいえ、連ドラの尺の中で、

  • 腐敗した“古い正義”の象徴としての清二
  • それでも息子を愛していた一人の父親としての清二

という二面性をここまで描き切ったのは十分健闘だとも思います。ここは、映画&SPドラマでさらに“護道家の今”がどう描かれるのかに期待したいところですね。

⑤ 「共生」と「親ガチャ」のドラマとして

ラストマンは、「共生」と「親ガチャ」をかなりストレートに扱ったドラマでもあります。

  • 全盲の皆実と、見えている心太朗が互いの弱点を補い合う“身体的共生”
  • 被害者遺族と加害者家族だった二人が、真実を共有することで“心理的共生”に至るプロセス
  • 生まれを選べない兄弟が、「親ガチャ」の結果として背負わされた運命を、自分の選択で上書きしていくラスト

この三つが、最終回で綺麗に一本の線になる。
だからこそ、ラストの空港シーンが、単なる“お別れ”ではなく、「ここからようやくふたりの人生が始まる」というスタートラインに見えるんですよね。

総じて、『ラストマン』は

  • バディものとしても
  • 家族サスペンスとしても
  • 社会派ドラマとしても

ちゃんと“それぞれ1本分の重さ”を持っている作品だと感じました。

そしてその全部を引き受けたうえで、最後に皆実が軽く「では、また来週」と言って去っていく。
重さを引きずらせないラストまで含めて、「エンタメとしての着地の仕方」がすごく好みです。

続編の映画とSPドラマがどこまで“兄弟の物語”を進めてくれるのか。
ライター目線でも、まだまだ語れそうな余白がたっぷり残っているので、この記事を書く手も当分止まりそうにありません。

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