ドラマ「人は見た目じゃないと思ってた。」第6話「盲目のインフルエンサー」は、“カバーガール探し”の焦りから始まって、最後は親子の距離が静かにほどけていく痛みまで描いた回でした。
引退したさくらの穴を埋めるため、編集部は新しい表紙の顔を探す。そこで大和が見つけたのが、盲目のファッションインフルエンサー・陽菜でした。
見た目を扱う雑誌の表紙に、“見えない”彼女が立つ。
その意味の重さを、当事者たちが少しずつ受け止めていく――。
第6話は、仕事の成功より先に、「生きるために見られる」という覚悟が問われる物語です。
※ここから先は、ドラマ「人は見た目じゃないと思ってた。」第6話「盲目のインフルエンサー」のネタバレを含みます。未視聴の方はご注意ください。
ドラマ「人は見た目じゃないと思ってた。」6話のあらすじ&ネタバレ

第6話は、“カバーガール探し”という仕事の焦りから始まって、最後は「親子の距離って、こんなに静かに離れていくんだ…」という痛みまで描き切った回でした。
そして何より、見た目を扱うファッション誌の世界で、“見えない”陽菜が表紙に立つことの意味が、想像以上に重たくて、でも温かい。
引退したさくらの穴を埋めるため、編集部が動き出す
「月刊NOA」編集部は、引退した七瀬さくらの代わりとなる“新しいカバーガール”を探し始めます。表紙は雑誌の顔で、企画の目玉でもあって、誰を立てるかで空気も売れ方も変わる。
だからこそ、編集部の探し方は必死で、でもどこか手探りで、焦りも混ざっていく感じがありました。
大和も当然その輪の中にいます。野球一筋で生きてきた彼にとって、表紙や“カバーガール”という言葉は、まだ自分の体に馴染みきっていない。
それでも、いま目の前の仕事を前に進めるために、彼は“探す側”として走り出します。
大和が見つけたのは「盲目のファッションインフルエンサー」陽菜
新しいカバーガール候補を探す中で、大和が出会った(見つけた)のが、盲目のファッションインフルエンサー・陽菜でした。
視力を失っているのに、ファッションを発信している。その事実だけで、もう矛盾みたいで、なのに目が離せない。大和が「惹かれる」と言葉にされるのも、すごく自然でした。
大和は陽菜にコンタクトを取り、実際に会いに行きます。そこで彼は、陽菜の存在感と、写真や発信から伝わる強さに、まっすぐ触れてしまう。
この回の大和は、恋とか下心とかより前に、「この人を表紙に立たせたい」と思ってしまった感じがありました。
カバーガールのオファー、そして陽菜が告げた「編集長の娘」
大和は陽菜に、カバーガールとして表紙を飾ってほしいとオファーします。すると陽菜は、その場で“自分が編集長・礼の娘であること”を告白します。
ここ、情報としては一言で済むのに、重さが全然一言じゃないんですよね。
「仕事の候補」として出会った人が、実は自分の上司の“家族”だった。しかも、ただの家族じゃなくて、距離や確執を匂わせる関係だった。
大和は一気に、仕事の現場から“家庭の奥”へ踏み込んでしまった形になります。
でも、それでも引き返さない。引き返せないというより、大和は「この人の強さ」を見てしまっているから、簡単に諦められないんです。
後日、陽菜が辞退を申し出る「私には務まらない」
数日後。陽菜は大和に、カバーガールの話を辞退したいと伝えます。
理由は「やっぱり私には務まらないと思う」という、いちばんシンプルで、いちばん心が折れる言い方でした。
陽菜は、自分で自分のことが見えないことを語ります。顔も服も、何も分からない。朝起きて、自分がこの世に“存在している”のかすら分からなくなることがある。
だからこそ彼女は、おしゃれをして人に見てもらうことで、ようやく生きている実感をつかむ、と。
さらに陽菜は、「見てほしい人がいるから頑張れる」とも口にします。
でも今回の辞退は、その人のためとか、誰かのためとかではなくて、単純に「自分の力不足」だと結論づける。
この言い方が、逆に刺さるんですよね。
“私は弱いから無理です”じゃなくて、“足りないからやめます”。自分を責めながらも、現実的に線を引こうとする感じ。そこに、陽菜の強さと痛みが同時に滲んでいました。
大和が頭を下げた理由は「写真から伝わった強さ」
陽菜の辞退を受けて、大和は否定しません。責めません。
その代わり、陽菜の写真から感じた“強さ”について、まっすぐ言葉にします。
大和が伝えたのは、「生きるために、人から見てもらう」という覚悟。その覚悟が伝わる表紙になるはずだ、という確信でした。
つまり彼は、“見えない人”を表紙に立たせたいんじゃなくて、“見てもらうことで生きる人”を表紙に立たせたいと思ったんですよね。
そして大和は、陽菜に向かって頭を下げます。
「務まらないなんてことは絶対にない」と言い切って、頼む。
この瞬間の大和は、仕事を取りに行ってるだけじゃない。
陽菜が“自分の価値”を自分で消そうとするのを、止めたいみたいにも見えました。
編集部に戻った大和、礼に「説得してほしい」と懇願する
陽菜の辞退を覆せないまま編集部に戻った大和は、編集長・礼に頼み込みます。
「陽菜を説得してほしい」。つまり、母親として動いてほしい、と。
でも礼は、簡単に「分かった」と言えない。
彼女は大和に、陽菜が突然の事故で盲目になってしまってから、親子の心の距離が少しずつ離れていったことを打ち明けます。
礼は「私は力になれない」と言ってしまう。
そして、その言葉の最後には、ちゃんと「ごめんね」がついている。母親の“諦め”と“罪悪感”が一緒に出てくる言い方でした。
礼の本音を、陽菜が“そばで”聞いていた
ここで残酷なのは、礼が大和に話していたその本心を、陽菜が近くで聞いていたこと。
母の心の内は、娘にとっては「知らなければよかった」種類の痛みでもあるし、「知ってしまった以上、黙れない」痛みでもあります。
礼は、陽菜のために何かをしたい気持ちがあるのに、「力になれない」と言ってしまう。陽菜は、母が抱え続けてきた諦めを、そのまま受け取ってしまう。
でもその瞬間、陽菜は逆方向に動きます。
母を責めるでもなく、母に甘えるでもなく、“決断”で返すんです。
陽菜が出した答え「私でよければお願いします」
礼の言葉を聞いた陽菜は、大和に向かって「私でよければお願いします」と言い、カバーガールのオファーを引き受けます。
この承諾は、単に「気が変わりました」じゃない。
母の本音を聞いたからこそ、陽菜は“自分がやるしかない”と決めたように見える流れでした。
表向きは仕事の返事だけど、内側では「母の夢」と「自分の痛み」が結びついてしまっている。
陽菜はその結び目を、ほどくのではなく、抱えて前に進む方を選びます。
撮影当日、陽菜は笑顔でカメラの前に立つ
表紙撮影当日。陽菜は緊張しながらも、笑顔でカメラの前に立ちます。
盲目であることと、表紙に立つこと。普通なら相反しそうな2つを、陽菜は同じ身体で成立させようとする。
ここで、ファッション誌の表紙が“ただの見た目の勝負”じゃなくなるんですよね。
陽菜にとっては、見せることが生きることで、見られることが存在証明で、その中心に「NOA」という舞台が置かれてしまった。
大和は、その舞台に陽菜を連れてきた人として、その姿を見届ける側に立っています。礼は、編集長として現場を回しながら、母として“娘が表紙に立つ瞬間”を見ている。
撮影の途中、陽菜が座り込み、泣き出してしまう
撮影は順調に進んでいるように見えたのに、途中で陽菜は突然座り込んで泣き出してしまいます。
我慢して、立って、笑って、そこまで全部やってきたからこそ、限界がふっと表に出たような流れでした。
礼はそんな陽菜を抱きしめます。
編集長という立場を越えて、母親の体温で包み込む。
陽菜は涙の中で、自分の本音を言葉にします。
夢(「月刊NOA」の表紙を飾ること)が叶うのはうれしい。でも、叶っても自分は見られない。だけど、それでも“母の夢”が叶うのがうれしい、と。
この瞬間、陽菜の中にある矛盾が全部むき出しになります。
叶えたいのに、苦しい。うれしいのに、悲しい。自分のためなのに、母のためでもある。
礼が涙を流しながら返した「もっと迷惑をかけて」
陽菜の言葉を受けて、礼は涙を流します。
そして「一人で頑張りすぎだよ」と伝え、さらに「もっと迷惑をかけてよ。お母さんなんだから」と優しい言葉で娘を包み込みます。
礼のこの言葉は、慰めというより、遅れてきた許可みたいでした。
“頼っていいよ”じゃなくて、“迷惑をかけていいよ”。頼ることに罪悪感を持ってしまう子にしか届かない言い方。
陽菜は、自分の痛みを言葉にしたことで、初めて母の涙に触れます。
そして礼は、娘の痛みを“編集長の仕事”としてではなく、“母の感情”として受け止めます。
エピローグ:娘が表紙を飾った「月刊NOA」を、礼が見つめる
第6話の最後には、陽菜が表紙を飾った「月刊NOA」を礼が感慨深い表情で見つめる場面が描かれます。
それは“編集長としての成果物”であるはずなのに、礼にとってはそれ以上に、娘が立った証であり、親子が一歩寄った証でもある。
そして同時に、今までの時間を取り戻せないことの証でもあるように見えました。
表紙は完成して、撮影も終わって、仕事としては区切りがつく。
でも親子の物語は、ここで終わりじゃなくて、むしろここから「どう関わり直すか」が始まる。そんな余韻を残した第6話でした。
ドラマ「人は見た目じゃないと思ってた。」6話の伏線

第6話は“その回の物語だけで完結している”ように見えつつ、よく見ると、次回以降に持ち越す余白がちゃんと残されていました。
ここでは、第6話で提示された要素を「回収済み」と「未回収」に分けて整理します。
回収済み伏線
第6話の中で「疑問として出たものが、その回の中で答えまで描かれた」ポイントです。
物(小道具)
- 「月刊NOA」の表紙(完成物):陽菜が表紙を飾り、礼がその雑誌を見つめる場面まで描かれ、カバーガール探しの“結果”が目に見える形で回収された。
セリフ
- 「務まらないと思う」=辞退の理由:陽菜が“自分で自分が見えない”こと、存在の実感の薄さ、そして「見てもらうことで生きる実感を得る」感覚まで言語化され、辞退の背景が明確になった。
- 「私は力になれない」:礼のこの言葉が、親子の距離の説明(事故以降の心の離れ)として機能し、後半の抱擁と涙で“本心の更新”まで描かれた。
- 「もっと迷惑かけて」:礼が“母として関わる覚悟”を言葉にして、親子の関係が一段階変わる合図になった。
タイトル
- 「盲目のインフルエンサー」:盲目であることが単なる設定ではなく、陽菜の生き方(見られることで生きる実感)と表紙撮影の涙に直結して、タイトル通りの核心として回収された。
沈黙(言わなかったこと/隠したこと)
- 礼と陽菜の“距離”の正体:はっきり喧嘩した描写というより、事故をきっかけに少しずつ離れた、という“静かな分断”が語られたことで、これまでの沈黙が説明された。
未回収の余白(次回以降の焦点)
ここからは、第6話で提示されたものの「まだ描き切っていない」「深掘りの余地がある」ポイントです。続編や次回以降で回収される可能性があります。
物(小道具)
- 陽菜の“発信”そのもの(インフルエンサーとしての活動):大和が陽菜の存在を知ったきっかけにはなっているものの、陽菜がどういうスタイルで、どんな気持ちで発信してきたかは、まだ余白が大きい。
セリフ
- 「見てほしい人がいる」:陽菜が口にしたこの言葉の“相手”が誰なのかは、明確には示されていない。母を指しているようにも見える一方で、言い切らない形で残されているのが気になる。
- 大和が感じた「強さ」の行き先:大和が陽菜に惹かれ、強さを見て、頭を下げた。この熱量が今後“仕事の成長”として回収されるのか、それとも“別の感情”に転じるのかは、まだ分からない。
タイトル
- 「人は見た目じゃないと思ってた。」という作品テーマとの接続の深掘り:第6話は“見た目を見られない人が、見た目で生きる”という強い問いを提示した回。ここで投げた問いが、次回以降の大和の価値観にどう残るかは、まだ答え合わせが先。
沈黙(言わなかったこと/隠したこと)
- 事故の具体的な経緯と、その後の生活:礼が「事故で盲目になってから距離が離れた」と話す一方で、事故の詳細や、その後どう支え合えなかったのかの“決定的な出来事”は語られ切っていない。
- “引退したさくら”のその後の線:第6話はカバーガール探しの起点として「さくらの引退」が置かれているけれど、そこから先の余韻はまだ別の形で回収されそう。
ドラマ「人は見た目じゃないと思ってた。」6話の感想&考察

※ここからは私の感想と考察です。同じシーンでも受け取り方は人それぞれなので、「私はこう感じた」という温度で書きます。
第6話は、派手な展開があるわけじゃないのに、見終わったあと、胸の奥がずっと静かに痛かったです。
“見た目”の話をしているはずなのに、最終的に刺さってくるのは「存在していいのか」っていう、生き方の根っこだったから。
「自分が存在してるか分からない」って、こんなに孤独なんだ
陽菜が語った「朝起きて、自分がこの世に存在しているのかも分からない」という感覚。これ、言葉にするだけでも相当苦しいはずです。
私、ここがいちばん胸にきました。
目が見えない、という物理的な状態以上に、「今日の私は、ここにいる?」って、自分の輪郭が曖昧になる怖さ。
だから陽菜は、おしゃれをして“人から見てもらう”ことで、生きてる実感を掴む。
見た目って、虚飾じゃなくて、彼女にとっては命綱なんですよね。
礼の「力になれない」は、母の弱さじゃなく“罪悪感”に見えた
礼が大和に「私は力になれない」と言ってしまう場面、あれは冷たい拒絶というより、罪悪感の表れに見えました。
助けたいのに助けられなかった時間が積もって、「今さら私が入っても」という諦めになってる感じ。
母親って、子どもの前で“強い顔”をしようとするじゃないですか。
でも礼は、編集長としては強いのに、母としてはずっと間に合ってない気持ちを抱えてる。そのねじれが苦しかった。
そして陽菜は、そのねじれを聞いてしまう。
親子の距離って、誰かが悪者じゃなくても、静かに壊れるんだな…って思わされました。
陽菜の「お母さんの夢が叶うから」が、優しさにも自己犠牲にも見えた
撮影中に泣き出した陽菜が、礼に伝えた言葉。
夢が叶うのはうれしい。でも自分は見られない。だけど“母の夢”が叶うのがうれしい。
この言葉、優しさにも聞こえるし、自己犠牲にも聞こえるんですよね。
自分の夢のはずなのに、最後に「お母さんの夢」と言ってしまうところが、陽菜の“頼れなさ”を物語っている気がして。
頼らないのが強さ、じゃなくて。
頼れないのが癖になってる人の言葉、というか。
だから礼の「もっと迷惑かけてよ」は、本当に必要な言葉だったと思います。
「頼っていい」より、「迷惑かけていい」の方が、陽菜みたいな子には届く。
大和がしたのは“口説き”じゃなく、“存在の肯定”だった
大和が陽菜に頭を下げたとき、私は恋愛っぽいドキドキよりも、存在の肯定を感じました。
陽菜が「務まらない」と言ったのは、能力の問題じゃなくて、世界に立つ許可が自分に出せないから。
大和はそこに「あなたの強さは伝わる」「表紙になる価値がある」と返した。
これ、仕事の言葉に見えるけど、実際は“あなたはここに立っていい”という許可でもあるんですよね。
大和が少しずつ、この業界の言葉を自分の言葉にしてきた結果が、第6話で出た感じがしました。
最後に礼が表紙を見つめた顔が、全部を背負ってた
ラスト、礼が娘の表紙を飾った「月刊NOA」を見つめるシーン。あの表情が、うれしさだけじゃないのが分かるのが、しんどいのにリアルでした。
「夢が叶った」って言葉は簡単だけど、夢って叶うまでの道のりが全部ついてくる。
しかもこの夢は、事故と確執と沈黙を抱えたまま叶った夢だから、軽く喜べない。
でも、それでも表紙は残る。
見える形で残るからこそ、親子はここから“関わり直す”しかない。
私は、第6話の着地を「きれいにまとまった回」だとは思わなかったです。
むしろ、きれいにまとまらない痛みを抱えたまま、それでも一歩寄った回だった。だから刺さりました。
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