第6話は、「記憶」と「うそ」の扱い方が、それぞれの過去をえぐってくる回でした。
“命を守るための手術”と、“人生を守るための選択”が同じテーブルに並び、潮五郎の「昔のけじめ」と、颯良の「うそになった約束」まで重なる。優しさで始めたはずの行為が、誰かの胸を刺す危うさを帯びていきます。
記憶障害の患者・北岡孝典は、転院初日から病院を抜け出し、生活の匂いが残る食堂へ向かう。そこで潮五郎と再会するが、孝典の反応は薄い。覚えていてほしい側ほど過去に縛られ、忘れている側ほど先へ進んでしまう残酷さが、ここで露わになります。
さらに孝典は颯良を亡き息子・昌也と呼び、潮五郎は「息子のフリをしてくれ」と提案する。うそで救える時間はあるのか。うそでしか救えない人がいるのか。
第6話は、その問いに答えを出すのではなく、“一日だけの真実”を積み上げていく回でした。
※ここから先は第6話の結末に触れるネタバレを含みます。
ヤンドク!6話のあらすじ&ネタバレ

第6話は、「記憶」と「うそ」の扱い方が、登場人物それぞれの過去をえぐってくる回でした。
“命を守るための手術”と、“人生を守るための選択”が、同じテーブルに置かれてしまう。そこに、潮五郎の「昔のけじめ」と、颯良の「うそになった約束」まで重なって、感情が一気に雪崩れます。
記憶障害の患者・北岡孝典が転院、そして病院を抜け出す
お台場湾岸医療センターに運ばれてきたのは、北岡孝典。
脳の“記憶”に関わる場所の近くに病変を抱えていて、症状としても記憶障害が出ている。しかも本人はその自覚が薄く、診察や検査の流れを受け止めきれない。
そんな孝典が、初手から病院を抜け出して向かった先が「食堂」。
病院という閉鎖空間で、唯一“生活の匂い”が残っている場所に引き寄せられるあたり、すでにこの回のテーマが出ている。記憶が揺らぐほど、人は「匂い」「音」「味」に寄っていく。
田上潮五郎と北岡孝典、因縁の再会が“食堂”で起きる
食堂で孝典を見つけたのが、田上潮五郎。
潮五郎にとって孝典はただの患者じゃない。高校時代、互いに番長として張り合い、地元一の“マドンナ”を巡って何度もタイマンを張った相手——要するに、青春の延長線にいる「因縁のライバル」です。
ところが当の孝典は、潮五郎を見ても反応が薄い。
潮五郎が熱量を上げれば上げるほど、孝典は「何の話だ…?」と置いていかれる。ここが残酷で、“覚えていてほしい側”ほど、過去に縛られている。
妻・真理子が抱える現実「手術で命は助かっても、記憶が失われるかもしれない」
北岡の妻・真理子は、状況を冷静に説明する立場として登場します。
孝典は手術が必要な状態。ただし、病変の場所が場所なので、手術が成功して命が助かっても、記憶をかなり失う可能性がある。
ここで真理子が突きつけられているのは、単なる「延命」じゃない。
“夫が夫として戻ってこないかもしれない未来”です。自分の名前を呼ばれない、家族の思い出を共有できない、その生活を想像しながら「手術を選ぶ」って、普通にしんどい。
潮五郎のスイッチが入る「思い出させたい」から「思い出してほしい」へ
潮五郎は病室に通い、当時の思い出を語り始める。
この時点では“昔話を聞かせて思い出させよう”という素朴な作戦ですが、孝典の反応は薄い。そこで潮五郎が次に出すカードが——革ジャン&リーゼントの“番長スタイル”。
ここ、笑える絵面で誤魔化せないポイントもあります。
潮五郎の本音は「思い出させたい」じゃなくて、「思い出してほしい」。相手のためというより、自分の胸の奥に残った“未完了”を終わらせたい。それが、後半の「どて煮」に繋がっていく。
孝典が颯良を見て「昌也?」——10年前で止まった親子の時間
転機は突然で、孝典が新人看護師の鈴木颯良に向かって、息子の名前を呼ぶ。
「昌也?」——10年前に亡くなった息子の幻を、颯良に重ねてしまった。
しかも、孝典の息子・昌也は、10年前にカナダで亡くなっている。
親子として“次の約束”を果たせないまま時間が止まった状態で、父の記憶が揺らいでいる。だからこそ、颯良という「若さの輪郭」に引き寄せられる。
この呼びかけを見た潮五郎が、最悪にして最善の提案をする。
「息子のフリをしてくれないか」——ここから第6話は、“うそ”の倫理に突入します。
颯良が「うそをつきたくない」と拒む理由は、過去の“うそになった約束”
颯良は即答で拒否します。
患者にうそをつきたくない。職業倫理というより、もっと個人的な傷に近い。
その裏にあったのは、颯良自身の高校時代の記憶。
音楽部で一緒だった恋人が脳腫瘍で亡くなったこと。入院中に不安を吐き出した彼女に、颯良は「絶対治る、また一緒にピアノを弾こう」と励ました。でも結果は違った。励ましは、“うそ”になってしまった。
この経験が、颯良を脳神経外科の現場に引き寄せた。
同じように苦しむ人に寄り添いたい、という動機は綺麗に見えるけど、本人の中身はもっとドロっとしている。
「もう二度と、うそで誰かを傷つけたくない」。その自己防衛も確実に混ざっている。
中田啓介の言葉「つらい記憶ほど刻まれる。でも重ねれば書き換わる」
ここで、中田啓介が颯良に声をかける場面が入ります。
颯良が手術台の掃除にやたら力を入れてしまう癖を指摘した上で、脳科学的な示唆を置く。つらい記憶ほど強く刻まれるが、新しい経験を重ねれば書き換えられる——。
このセリフは、単に颯良を救うための言葉で終わらない。
ドラマ全体の“裏テーマ”にも聞こえるのが怖いところで、記憶の書き換えは、患者の話だけでなく、病院の中で起きている“何か”にも重なってしまう。
湖音波の説得「誰かを幸せにするためのうそなら、希望」
田上湖音波は、颯良に“息子のフリ”を頼み込みます。
ポイントは「孝典のため」だけじゃなく、真理子のためだと強調するところ。
湖音波の医師としての軸は、患者が手術室を出たあと、家族がどう生きていくのかまで含めて考えること。
だからこそ、ここで出てくる言葉が、
「誰かを幸せにするためのうそなら、希望なんじゃないですか」。
倫理的にグレーなのは、湖音波も分かっているはず。
それでも「今日の時間が、真理子の明日を支える」と見ている。医療ドラマでよくある“正論”じゃなく、生活を守る論理で押してくるのが、この主人公の強さです。
颯良が決意、一日だけの“昌也”になる
颯良は悩み抜いた末に引き受けます。
大事なのは、颯良が「うそを肯定した」わけじゃないこと。彼は、うそをつくことの痛みを知っている。だから、引き受ける瞬間は“覚悟”になる。
ここから先は、幸せな時間があるほど、後で刺さる展開になるのが分かっている。
視聴者としては、もうこの時点で胃が痛い。
食事とキャッチボール——真理子の「叶えたかった一日」を取り戻す
3人は外出し、食事へ。さらに約束だったキャッチボールもする。
真理子にとって、これは“過去の穴埋め”じゃない。息子が生きていたらあったはずの時間を、孝典にプレゼントする行為です。
キャッチボールのグローブは、大友が用意してくれた。
こういうところで、チームとしての温度が出る。湖音波の勢いが空回りしないのは、周囲が“支える役”を自然に引き受けるから。
そして、地味に効いたのが“トマト”の場面。
昌也の好物がトマトで、でも颯良はトマトが苦手。それでも口にする。
ここ、コメディっぽい動きなのに、構造はガチで、「他人の人生を演じる」ってこういうことだよな…って刺さる。
潮五郎&麗奈の学ラン・セーラー服作戦——「同じシチュエーションなら思い出すかも」
帰り道、潮五郎が城島麗奈を連れて現れます。
潮五郎は学ラン、麗奈はセーラー服。高校時代の“あの空気”を再現すれば、孝典が思い出すかもしれない。
この作戦、映像的にはお祭りで、理屈としては乱暴。
でも潮五郎の心理を考えると分かりやすい。
「記憶を戻す」という大義の顔をしているけど、実際は——自分の心残りを清算したい。ここまで来ると、ほぼ祈りです。
孝典が潮五郎を認識→しかし直後に倒れる、緊急手術へ
作戦は一瞬だけ当たります。
孝典の口調が当時に戻り、潮五郎を認識する。潮五郎にとっては、ここが“回収”の瞬間。
ただ、その直後に孝典は倒れてしまう。
「思い出した!」という感情の波が、脳の状態に影響したのか、あるいは偶然そういうタイミングだったのか。いずれにせよ、ここで現実が追い越してくる。
緊急手術になり、命は助かった。
でも病変の位置が位置なので、術後の記憶はかなり失っているかもしれない。
“命か、記憶か”という問いが、最後まで重く残ります。
真理子の言葉が救いになる「今日という日のおかげで、2人で乗り越えられる」
ここで真理子が、潮五郎たちに感謝を伝える。
「今日という日のおかげで、これからの人生、何があっても2人で乗り越えていけそう」——この言葉、作戦が正しかったかどうかの採点じゃなく、“生き方”に変換しているのが強い。
結果として孝典が全部を取り戻したわけじゃない。
それでも真理子は、今日を「無駄じゃなかった」と言える。視聴者が救われるのは、この視点の切り替えが入るからです。
どて煮が起こした“一瞬の回復”——潮五郎が言いたかった「ありがとう」
数日後。
潮五郎は中田から「懐かしい匂いや音は、理屈じゃなく心に届く」という話を聞き、どて煮を持って孝典の病室へ向かう。
どて煮は孝典にとって故郷の味。
一口食べた孝典が、空を仰いで「…うまい」と呟く。この“間”がもう反則。
そして続けて出たのが、
「な、俺の言うたとおりやろ!」。
ここで明かされるのが、潮五郎が執着していた“本当の理由”。
食堂の看板メニューになったどて煮に赤ワインを入れるアドバイスをくれたのが孝典で、そのお礼をどうしても言いたかった。
つまり潮五郎は、記憶を戻したかったというより、礼を言って終わらせたかった。
記憶が戻ったのは一瞬。
でも、その一瞬で「ありがとう」が成立した。第6話はこの“瞬間の価値”を、ちゃんと肯定して終わらせたのが良かったです。
颯良に渡されたUSB——恋人のピアノが「うそじゃなかった」と証明する
湖音波は、颯良にUSBを渡します。
中には、病院のベッドの上でピアノを弾く、颯良の恋人の映像。彼女が懸命にリハビリをしていた姿が残っている。
ここが、颯良の“うそ”を塗り替える。
「絶対治る」と言った言葉は結果的に叶わなかった。けれど彼女は、その言葉を信じて「弾けるようになりたい」と努力していた。
つまり颯良の言葉は、ただの嘘ではなく、彼女の時間を前へ進めた“支え”だった可能性がある。颯良が涙を流すのも当然です。
屋上の会話、そして鷹山から中田へ“娘”の連絡——不穏な引き
終盤、屋上で湖音波が中田に礼を言います。
父のこと、そして颯良の恋人の担当医に繋いでくれたこと。湖音波は中田の気持ちを「分かっている」と言い、病院を良くするためなら協力するとまで伝える。
ただ、その直後に入るのが不穏な電話。
鷹山から中田に連絡が入り、鷹山のところに中田の娘がいることが示される。ここで一気に、物語の空気が“医療”から“支配”に寄る。
この引きのせいで、第6話の温度が「良い話だったね」で終われない。
“記憶を書き換える”という言葉が、次回以降はもっと別の意味を持ち始めそうで、嫌な予感しかしません。
ヤンドク!6話の伏線

第6話は単発の感動回に見せつつ、ちゃんと“次の爆弾”を仕込んできました。
特に「記憶」「うそ」「匂い(五感)」が、この先の本筋(病院の闇)とどう接続するかがカギになりそうです。
伏線1:中田啓介のキーワード「記憶は書き換わる」—誰の“記録”が書き換わる?
中田が颯良に語った「つらい記憶ほど刻まれる。でも新しい経験を重ねれば書き換わる」という言葉。
この回では“颯良を救う言葉”として機能しました。
ただ、ドラマとして見ると、このセリフは便利すぎる。患者の記憶の話だけでなく、病院側の“都合の悪い過去”にも同じ構造を当てられるからです。
たとえば今後、
- ある出来事の「記憶(証言)」
- ある出来事の「記録(カルテ/ログ/報告書)」
このどちらが書き換えられていたのか——みたいな展開に入った時、このセリフが回収される可能性が高い。第6話は、その“概念伏線”を置いた回だと思います。
伏線2:鷹山勲が握るカードは「中田の娘」—支配の方法が“仕事”から“家庭”へ降りてきた
ラストの電話で示されたのが、「鷹山のところに中田の娘がいる」という状況。
ここ、単に“偶然居合わせた”で済ませるには不自然です。
鷹山が病院の運営サイド(管理側)にいる人物である以上、彼の強みは本来「権限」と「人事」。それが第6話で、家族(娘)というプライベートな弱点に切り替わっている。
つまり、これから起きるのは医療の是非だけじゃない。
“情報戦”と“人質に近い圧”が絡む可能性がある。中田が不穏に見える理由が、ここで一気に具体化していきそうです。
伏線3:颯良の「うそになった約束」とUSB——次は“誰の嘘”が暴かれる?
颯良は「うそをつきたくない」と拒んだ。
その背景には、恋人にかけた言葉が“うそになってしまった”痛みがある。
第6話では、USBの映像によって、颯良の言葉が“無意味ではなかった”形で救済された。
でも、ここで終わらない気もします。
このドラマ、優しい回の後に必ず「別の嘘」を置くタイプ。颯良が“嘘の加害者になりたくない”という軸を持った以上、今後は——
- 病院の側がついた嘘
- 中田が隠している嘘
- 鷹山が操作している嘘
このあたりに颯良が巻き込まれた時、彼の立場が試される。第6話は颯良を“嘘と向き合える人物”にした回で、ここが伏線です。
伏線4:潮五郎の「匂い」と「味」——記憶回復の鍵が“どて煮”で提示された
孝典の記憶が一瞬戻ったのは、どて煮の匂いと味。
この仕掛けは感動のための装置で終わらず、今後の展開にも使える。
なぜなら、五感で引っ張る記憶は「理屈じゃない」ので、言葉や証拠より強い。
もし今後、誰かが“忘れたい過去”を抱えていて、でも核心に近づく鍵が「匂い」「音」「味」だった場合、第6話のどて煮がそのままテンプレになる。
つまりこの回は、「記憶を戻すルートは会話だけじゃない」という方法論の提示でもあります。
伏線5:湖音波の医師観「患者の先まで」——正しさが“違法/違反”と衝突する前触れ
湖音波は「誰かを幸せにするためのうそなら希望」と言い、颯良に息子のフリを頼んだ。
この思想は、人を救う力になる一方で、危ない。
医療現場では「善意」は免罪符にならない。やり方次第では、患者の尊厳や説明責任の問題に踏み込みます。
第6話はたまたま真理子が肯定してくれたから成立した。
でも次は、同じやり方が「越権」として跳ね返ってくる可能性がある。湖音波は“患者ファースト”を掲げるぶん、組織(病院)と衝突しやすい。そこへ鷹山の存在が乗ると、物語が一気に“組織戦”になります。
ヤンドク!6話の感想&考察

第6話は、医療ドラマの皮を被った「嘘の物語」でした。
“嘘が人を救うこともある”と肯定しながら、同時に“嘘が人を壊す瞬間”も描く。だから見終わったあと、スッキリよりも、胸の奥に残るものが多い回だったと思います。
「うそ」は悪か?——第6話は“採点”ではなく“生活”で答えを出した
第6話のいちばん面白いところは、嘘を「正しい/間違い」で裁かなかったことです。
颯良が息子を演じたのは、倫理的に言えば危うい。潮五郎の学ラン&セーラー服作戦も、脳に負荷をかけるという意味では乱暴。
でも真理子は、それを“結果で裁く”んじゃなく、
「今日という日があったから、これからの人生を2人で乗り越えられる」
という生活の言葉に変えた。これが強い。正論じゃなく、現実の重さを背負った人が出す答えです。
颯良の成長は「うそをつけるようになった」ではなく「うそを引き受けられるようになった」
颯良は、うそが嫌いなんじゃない。
“うそになってしまった約束”を背負っているから、怖い。
それでも第6話で彼がやったのは、うそを軽く扱うことじゃなく、重く引き受けることでした。
昌也の好物のトマトを嫌いでも食べる、キャッチボールの約束を体で再現する。こういう細部の積み重ねが、颯良にとっては「もう一度、誰かの未来に関わる」リハビリになっている。
そしてUSBの映像。
“うそになった言葉”が、彼女の努力を支えた可能性が示されることで、颯良は初めて「自分の言葉が誰かを前に進めた」感触を取り戻した。ここが泣ける。
潮五郎はうるさい。でも、第6話で一番“誠実”だったのも潮五郎かもしれない
潮五郎、正直に言うとテンションが面倒くさい。
声もデカいし、作戦も雑だし、医療現場でやるなよって思う場面も多い。
ただ、どて煮の場面で潮五郎の執着が“礼”に回収された瞬間、評価が変わりました。
潮五郎が欲しかったのは、名誉でも勝利でもなく、「ありがとう」を言う権利だった。人ってそこが終わらないと、次の人生に進めないんだよな…って、変に現実的。
中田×鷹山は“医療の正しさ”ではなく“情報戦”になってきた
この回の最後が怖いのは、感動の余韻を“娘”で切ってきたこと。
鷹山が中田の娘を押さえている(ように見える)状況は、もう医療の話じゃなく、支配の話です。
ここから先、中田がどう動くかの枠組みはシンプルで、
- 動機:守りたいもの(娘/地位/過去)
- 機会:鷹山が権限と情報を握っている
- 後処理:証拠を残さず“なかったこと”にする手段があるか
この3点で見れば、中田の不穏さが「悪」ではなく「追い込まれている可能性」も見えてきます。
もちろん断定はできない。
でも少なくとも、湖音波が言った「ここ、いい病院になりますよ」が、次回以降、綺麗に通る状況じゃないのは確定です。
次回以降の注目点は「嘘を誰が使うか」——湖音波は正義のまま戦えるのか
第6話で描いた嘘は、家族を救うための嘘だった。
でも次に出てくる嘘は、たぶん組織を守るための嘘です。そうなると、湖音波の戦い方が問われます。
湖音波は一直線で、相手の痛みを理解して踏み込める。
だからこそ、組織が“守るための嘘”で固めた時、真正面からぶつかってしまう危険もある。颯良の経験(嘘の痛み)と、潮五郎の経験(未完了の清算)が、今後湖音波のブレーキにもアクセルにもなりそうです。
ヤンドク!の関連記事
ヤンドク!の全記事のネタバレはこちら↓

実話関連についてはこちら↓

ヤンドクの過去の話はこちら↓




コメント