Netflixシリーズ『九条の大罪』第4話「家族の距離」は、介護施設をめぐる遺言トラブルを入り口にしながら、相続、認知症、介護疲れ、そして法律知識の格差がどう重なると人の財産と尊厳が静かに奪われていくのかを、かなり冷たく描き出す回だった。
公式のあらすじでも、菅原が経営する介護施設「輝幸」の内部で起きていた驚くべき実態と、そこで生じた詐欺と強要事件をきっかけに、九条がかつての師・山城の暴走と正面から向き合うことが示されている。
しかも今回は、単に”悪い施設を暴く話”では終わらない。家守華江の家族関係、九条と山城の師弟関係、壬生と菅原の裏の力関係までが全部「家族の距離」というタイトルに接続されていて、見終わったあとには介護施設の闇よりも、人が誰とどれだけ近く、どれだけ遠かったのかという問題のほうが、ずっと重く残る構成になっていた。
ドラマ「九条の大罪」4話のあらすじ&ネタバレ

第4話「家族の距離」は、認知症の父が遺した4億円の遺産をめぐる相談から始まりながら、実際には”制度を知っている側が、制度を知らない側をどう食い物にするか”を描いた回だった。そしてその搾取の中心に、九条がかつて父のように慕った弁護士・山城がいると分かった瞬間、この回の事件はただの相続トラブルではなく、九条自身の過去と信念を試す事件へ変わっていく。
4億円の遺産相談は、ただの相続争いとして始まらない
このエピソードの発端は家守華江が九条の事務所へ持ち込む遺産相談だが、4話は最初からそれを金の奪い合いとしてだけは見せない。介護を担ってきた娘と、そこから距離を置いてきた家族、さらにその隙へ入り込んだ介護施設という配置が揃った時点で、この事件はもう家の中の関係そのものが崩れている話として立ち上がっている。
家守華江の相談で、4億円の遺産が消えた事実が突きつけられる
家守華江が九条に持ち込むのは、認知症だった父が死んだあと、介護施設の運営会社へ4億円を寄付する内容の遺言が見つかり、財産をまるごと奪われたように見えるという相談である。しかもその父は重度の認知症で、意思能力がほぼない状態だった可能性が高いとされており、それなのに「自分の意思で寄付した」と読むしかない書面が残っていること自体が不気味だ。この時点で第4話は、誰かが露骨に強盗をした話ではなく、書類の形さえ整えば人の人生はいくらでも奪えるという、もっと嫌な現実の話に入っていく。
華江の依頼は「全部取り返してほしい」という分かりやすい言葉で始まるが、見ている側にはそれが単純な強欲や相続バトルに見えないように作られている。そもそもこの案件は、介護施設の代表・菅原遼馬と、そこに関わる弁護士・山城祐蔵の存在が最初からちらついており、相続の相談であると同時に”法を知る側の仕事”の匂いが濃厚なのだ。だから視聴者は最初の面談の時点で、これは裁判で白黒をつければ済む事件ではなく、法律を武器として使う側と、使われる側の差を描く話だと薄々察することになる。
弟夫婦との断絶が、”家族の距離”というタイトルを先に説明してしまう
華江の周囲には、父の介護から距離を置いてきた弟・恵介と、その妻・佐恵子がいて、4話はこの家族関係の温度差をかなり露骨に見せる。長年介護を担ってきた側と、そこから手を引いた側が同じ”家族”の名前で括られていること自体が、事件の土台にあるひずみとして機能している。つまり第4話のタイトルにある「家族の距離」とは、認知症の父と子の距離だけではなく、介護を背負った者と背負わなかった者の距離でもある。
この温度差があるからこそ、介護施設のような”家族の外側の第三者”が入り込む余地が生まれてしまう。華江がどれだけ父を思っていても、家の中で支え合う関係がすでに壊れていれば、孤立した一人が制度と業者に対抗するのはあまりに難しい。第4話はこの構図を早い段階で示すことで、悪いのは施設だけだと割り切れない現実の面倒くささまで含めて、事件の重さを増していた。
華江の依頼を”金目当て”にしない描き方が、この事件をきつくする
華江は被害者の立場にいるが、4話は彼女をただの善良な遺族として平板には描かない。長い介護の中で疲弊し、家族ともうまくいかず、父に対する愛情と苛立ちと罪悪感が全部混ざった状態でここへたどり着いているからこそ、依頼の言葉に単純な清潔さがない。その曖昧さがあるおかげで、この事件は”いい娘の父が悪者に騙された話”ではなく、誰もが少しずつ離れていった先に搾取が成立した話として、ずっと現実味を帯びる。
そして、この曖昧さこそが九条の案件として非常にふさわしい。善悪がきれいに分かれないからこそ、九条は感情ではなく”誰の利益を守る案件なのか”から逆算して立ち回れるし、逆に烏丸はその割り切りに耐えきれなくなる。第4話の依頼が強いのは、事件の中心にいる華江自身が、最初から裁かれる側にも救われる側にも少しずつ足をかけた人物として置かれているからだ。
山城の存在が見えた瞬間、事件は九条の過去へ反転する
この案件が一気に重くなるのは、介護施設側に立っている弁護士が山城だと分かった瞬間である。九条にとって山城は、単なる対立弁護士ではなく、独立前の5年間を過ごした事務所のボスであり、父のように慕った過去を持つ相手だから、ここで争うことは案件の処理以上の意味を持ってしまう。
烏丸はここで初めて、九条がどこから来た人間なのかを知る
4話の冒頭では、烏丸が九条の過去を知ることで、これまでほとんど説明されなかった九条の修業時代が少しだけ見えてくる。九条は独立前の5年間を山城の事務所で過ごしており、山城はもともと尊敬される弁護士だったが、のちに借金を抱え、裏社会とつながり始めた人物として語られる。この情報が入るだけで、山城は単なる腐った大人ではなく、かつて九条が本気で学び、信じた相手だったのだと分かり、対立の切れ味が一気に悪くなる。
九条が普段どれだけ感情を見せないようにしていても、この案件だけは完全な”仕事”として処理しきれない空気がある。烏丸にとっても、九条が誰かに育てられ、誰かに教えられ、その教えの延長で今の仕事をしているのだと知ることで、彼を見る角度がわずかに変わる。第4話はこの師弟関係を先に置くことで、介護施設の闇を暴く話を、九条が自分の原点ごと切る話へ変質させていた。
菅原との面会は、九条が”嫌な予感”を言葉にする前に始まっている
九条が山城の紹介で会うことになる介護施設の代表・菅原遼馬は、表向きには福祉の顔を持ちながら、裏では詐欺と強盗を収入源とし、施設を隠れ蓑として使っている人物として位置づけられている。第4話の時点でも、菅原の物腰や空気の悪さから、ただの経営者ではないことはすぐに伝わってくるし、山城がそんな男と並んでいるという事実だけで、事件の濁りは十分すぎる。つまりこの初対面は、菅原の悪辣さを示す場面であると同時に、山城がもう”昔の弁護士”ではいられない場所まで来ていることを、九条に確認させる場面でもある。
しかも九条は、ここでいきなり山城を斬りにいくのではなく、一度は自分から会いに行き、白状する機会を与えているように見える。その慎重さは未練でもあり、最後の確認でもあり、この人間関係がただの敵味方では処理できないことを示している。九条の怖さは迷いがないことではなく、迷いがあっても依頼人の利益を優先するほうへ必ず自分を押し戻せることだと、この段階ですでに見えてくる。
流木の助言が、九条に”山城の暴走を止める側”を選ばせる
九条が本格的に受任を決めるうえで重要なのが、師匠である流木信輝からの助言である。流木は山城の暴走を止めろと背中を押し、九条もまた、受けた恩より依頼人の利益を優先するという、自分の仕事の原則に立ち返っていく。この場面で効いているのは、九条が恩師を裏切るのではなく、弁護士として教わったことをいちばん忠実に守った結果、恩師の反対側へ立つしかなくなるという皮肉だ。
流木がいることで、山城と九条の関係は単なる師弟決裂では終わらない。同じ弁護士の系譜の中で、どこからが「依頼人のため」で、どこからが「制度を使った搾取」なのかという線引きが、ここではじめて本格的に問われる。4話の九条は恩に報いるか、依頼人を守るかの二択に追い込まれているのではなく、恩人の教えを守るために恩人と戦うという、最悪にややこしい位置へ立たされているのだ。
輝幸の”表の顔”はきれいすぎるからこそ不気味だ
九条と烏丸が施設を訪ねるくだりは、第4話の中でもとくに不穏さが濃い。介護施設という本来は弱い立場の人を守るべき場所が、見た目の清潔さや整った説明で信用を先に勝ち取ろうとしてくるからこそ、その裏で何が起きているのかを想像した時の寒気が強くなる。
見学の最初は、むしろ”まともそう”に見えてしまう
九条と烏丸が足を踏み入れた施設は、表向きには清潔で、外形だけ見れば問題のない介護施設のように整っている。だからこそ厄介で、ここで露骨な暴力の匂いや崩壊した設備が見えてしまえば早いのに、第4話は最初に”普通に見える”ことの恐ろしさを丁寧に見せる。制度を悪用する側がいちばん大事にしているのは、違法なことをしない顔ではなく、違法なことが起きていないように見える外観なのだと、この段階でよく分かる。
介護、福祉、相続という言葉は、表面だけ見れば社会を支えるためのものに聞こえる。けれど4話では、それらがぜんぶ”善意の看板”として先に並ぶからこそ、その裏で行われることの異様さがいっそう際立つ。この施設の気味悪さは汚れていることではなく、汚れを隠すための正しさの演出が完璧すぎることにある。
見せたくない区画がある時点で、福祉はもう福祉ではなくなる
施設の中には、予約なしでは見せたくないような不自然な区画があり、その先にあるのが資産の多い高齢者を囲い込むための隔離めいた場所だと、徐々に見えてくる。外からは穏やかな介護施設でも、裏では監禁状態の部屋、食事制限、暴力を前提とした管理が存在しているという落差が、とにかくえげつない。ここで第4話は、介護の質が低いという話を飛び越えて、老人の尊厳そのものが利益のために”管理可能な資産”へ変えられていることをはっきり示す。
この描き方が嫌なのは、異常な施設だけを特殊な怪物として切り離させないところだ。介護の現場へ家族が毎日深く入り込めない現実があるからこそ、閉じた空間の中で何が起きていても外からは見えにくいし、そこへ制度と書類が重なると、発覚までの時間が長くなる。第4話は”こんな施設があったら怖い”ではなく、”家族が離れた場所では何が起きてもおかしくない”という不信感を残すから、見終わったあともいやに生々しい。
遺言は偶然できたのではなく、暴力で”作られていた”と分かる
恐ろしいのは、遺言書が認知症の混乱の中で偶然書かれたのではなく、入居者に同じ文章を書かせ続け、反抗すれば暴力を加えることで”作られていた”と分かるところだ。肋骨への刺激のような身体的な脅しまで使いながら、寄付の意思を紙に定着させるやり方は、介護というより完全に作業化された支配である。しかもその様子が動画として記録されている以上、搾取は一時の感情的暴走ではなく、施設の中で繰り返されてきた仕組みそのものだと分かってしまう。
ここまで来ると、家守家の相続問題はもう家庭内のトラブルではない。介護施設という福祉の器の中で、相続の意思形成までコントロールし、老人の身体と判断力を同時に利用する構造が見えてしまうから、事件の不快感は一気に増す。4話が胸くそ悪いのは、財産だけでなく”最期の意思”すら商品として加工されていることを、ここまで具体的に見せるからだ。
山城の作る”合法”は、違法よりずっと崩しにくい
介護施設の実態がどれほどひどくても、4話はそこで簡単に九条が勝てるようには作られていない。むしろ山城は、道徳的には最悪でも法的には崩しにくい形まで先回りして整えていて、だからこそ九条も正攻法だけでは勝てないと判断せざるを得なくなる。
遺言の動画と診断書があるから、山城側は異様に強い
山城と菅原が厄介なのは、遺言を書いている場面の動画を残し、認知機能に問題がなかったという診断書まで身内の医師に出させることで、”法的に強い証拠”を先に固めていることだ。形式だけ見れば本人の意思に基づく遺言だと読めてしまう以上、たとえ現場で何が起きていたとしても、それを覆すには相当強い反証が要る。つまりこの回の本当の敵は菅原の暴力だけではなく、暴力の痕跡を法律に通る形へ整えてしまう山城の知識と経験そのものなのである。
ここに九条の苦しさがある。山城はただ悪党とつるんでいるだけではなく、かつて九条へ”依頼人のために働け”と教えた弁護士として、その教えを歪んだ形で完成させてしまっているからだ。4話は、法律を知っている人間が法律の限界も隙も熟知している時、その人は守る側にも奪う側にもなれるのだと、山城を通して突きつけてくる。
山城が差し出す”遺留分で手打ち”は、法的に正しいからこそいやらしい
山城は正面衝突を避けるように、遺留分相当を払って和解する線を示し、少なくとも家族が完全な無一文になる結論だけは避ける形をつくろうとする。ある見方をすれば妥協案だが、実際には”全部は返さないけれど、争えばあなたたちの傷も深くなる”という、よくできた合法の脅しでもある。この提案が気味悪いのは、悪人の開き直りではなく、ベテラン弁護士らしい理性と実務感の顔で差し出されるせいで、むしろ拒みにくく見えるところだ。
九条がこの”手打ち”を飲まないのは、感情で怒っているからではない。依頼人が全額返還を望み、しかも山城側の構造自体に不正の臭いがある以上、ここで法的にきれいな落としどころへ逃げることは、依頼人の利益ではなく、山城の体面を守ることに近いからだ。だからこそ4話の九条は恩師への情を残しながらも、裁判も辞さない姿勢で山城を”対立弁護士”として扱い始める。
久我の顔に止まる九条の視線が、施設内部に別の線があることを匂わせる
施設調査の中で九条が久我裕也の顔に引っかかる場面は小さいが、第4話の後半を支えるかなり重要な違和感だ。九条はその場で何かを断言しないが、ただ見覚えのある反応を残すことで、この施設の情報が内部から外へ漏れうる気配が静かに仕込まれる。ここで”顔を覚えている”という九条の癖が効いていて、法廷の論理だけでなく、人の来歴や立ち位置から盤面を読み替える男であることが改めて印象づけられる。
久我はこの段階ではまだ完全に何者かが明かされないからこそ不気味だ。ただ、菅原の舎弟でありながら、施設の空気に完全には溶け込んでいない感じや、九条が反応するだけの過去の接点があるらしいことが、後半への火種としてしっかり残される。4話がうまいのは、USBという大きな切り札が出る前に、内部から崩れる予感をちゃんと人の顔で作っているところだ。
壬生の線が入った瞬間、鉄壁の構造にようやく亀裂が入る
正攻法では崩せない山城と菅原の構造に、別の角度からひびを入れるのが壬生の存在だ。4話はこのあたりから、九条が裏社会と持ちつ持たれつになっていく危うさまで見せ始め、依頼人を守るための手段がきれいな場所にだけあるわけではないと、さらに後味を悪くしてくる。
菅原が壬生を踏みつけ、500万円を要求する場面で力関係がむき出しになる
菅原は壬生の側の人間と揉めたことをきっかけに、壬生へ500万円を持ってこいと要求し、店先で公然と上下関係を見せつけるような振る舞いを取る。ここでは介護施設の代表という表の顔はほとんど消え、裏社会の力学で相手を屈服させる男としての顔が前面に出る。つまり菅原は、介護施設を経営している半グレなのではなく、半グレの力を介護施設の中へそのまま持ち込んでいるからこそ危険なのだと、ここでようやく本質がむき出しになる。
壬生もただ黙って屈したわけではないが、この場面では菅原のほうが明らかに優位へ立っているように見える。そのぶん、後で壬生が何食わぬ顔で九条へ切り札を渡す流れが、単なる便利キャラの協力ではなく、裏でちゃんと盤面を動かしていた人間の怖さとして効いてくる。4話の壬生は、正義の味方ではないのに、腐った構造を崩すために必要な”別の種類の実務”を担う存在として一気に厚みを増した。
USBに入っていたのは、疑いを事実へ変えるだけの映像だった
壬生が九条へ渡すUSBの中身は、施設で行われていた虐待と遺言強要の証拠映像であり、それが出た瞬間に山城と菅原の”合法的に見える構造”は初めて揺らぎ始める。書類や診断書や説明の言葉がいくら整っていても、老人が殴られ、追い込まれ、意思をねじ曲げられている映像の前では、形式の正しさだけでは逃げ切れない。このUSBが怖いのは、噂や内部告発の証言ではなく、何度でも再生できる現実として虐待が保存されてしまっていることだ。
しかもその証拠が、きれいな内部告発ではなく、壬生のような汚れ仕事の側から出てくるのがこのドラマらしい。正しい場所から正しい手続きで真実が出てくるのではなく、腐った現場を知る人間の手から、いちばん腐臭の強い証拠が出てくるから、見ている側の気持ちも決して晴れない。第4話の反撃は気持ちいい逆転ではなく、汚れた構造を別の汚れた線で裂くしかない現実として描かれている。
ラストのニュース流出は、まだ勝っていないのに空気だけを変える
4話の終盤では、施設での虐待がネットニュースとして表面化し、山城と菅原が築いてきた”法的に強そうな世界”へ初めて外から風穴が開く。しかしこの時点で遺産はまだ戻っておらず、構造そのものも崩壊したわけではないから、終わり方にはカタルシスより不穏さのほうが強く残る。つまり第4話のラストは勝利ではなく、今まで見えなかった闇がようやく社会の表面に浮かび上がっただけで、その先の決着はまだ先へ預けられている。
この締め方がすごくうまくて、視聴者は「やっと動いた」と感じる一方で、山城がここで終わる人間ではないことも分かっているから、むしろ次が怖くなる。しかもニュース化によって、九条はただの弁護士ではなく、裏の証拠を表の世論へ接続する危うい実務家としても見えてくる。4話は介護施設の事件を追う回でありながら、九条がどこまで汚れた線と組んで依頼人を守るのかという、シリーズ全体の不安まで一段深くした回だった。
ドラマ「九条の大罪」4話の伏線

第4話の伏線は、事件解決のためのトリックというより、誰がどの構造に属し、どこまでその構造から逃げられないのかを示すために置かれている。だから見返すと、山城の和解案、久我の違和感、壬生と菅原の衝突、烏丸の不安そうな視線が、全部5話以降へ続く同じ地面の上に置かれていたことがよく分かる。
山城はただの対立弁護士ではなく、九条の”過去の正義”そのものだ
山城との対立が重いのは、九条にとって彼が敵になったからではなく、かつて信じた弁護士像の一部そのものだからである。依頼人のために働けという教えを与えた相手が、いまは制度の隙を使って老人の財産を奪う側へ立っているというねじれは、この先の九条の仕事観にも確実に影響を残すはずだ。
山城は借金や裏社会とのつながりによって変質した人物として語られるが、それでも九条がすぐに切り捨てられない相手として描かれている。だから4話の対決は善悪の衝突より、”自分を作ったもののどこまでを引き継ぎ、どこからを否定するか”という九条自身の内面の問題にもなっている。この線があるから、山城編は単発の悪役退場では終わらず、九条が今後どんな弁護士であり続けるのかを問う縦軸として残っていく。
久我の違和感とUSBは、内部からしか崩れない構造の前触れになっている
久我の顔に九条が反応したことと、壬生からUSBが届いたことは、施設の闇が外部調査だけではなく”内部のひび”から崩れ始める伏線としてきれいにつながっている。山城と菅原の構造は書類と制度で固められているぶん、外からの理屈だけでは崩せず、内部にいた人間の記録や記憶がなければ突破口が作れないのだと、この回は示していた。
この伏線が効いているのは、正義の側がまっとうな調査で勝つのではなく、汚れた現場にいた誰かの蓄積した違和感や証拠が、あとから盤面をひっくり返す構造が見えてくるところだ。そしてそれは同時に、九条が依頼人を守るために裏の線を使うことをためらわない弁護士として、さらに深みに入っていく前触れでもある。第4話の時点ではUSBは一枚の切り札に見えるが、実際には”表の制度を裏の証拠でしか崩せない”という、このドラマ全体のルールを先に言い当てた小道具にもなっていた。
家守家のひずみは、事件が終わっても消えない問題として残る
4話の相続争いは一見すると施設の不正が中心に見えるが、家守家の距離そのものが事件の成立条件になっている以上、たとえ遺産が戻ってもすべては元に戻らない。長く介護を担った者の疲弊と、そこから離れていた者の後ろめたさや無理解は、施設の問題が明るみに出たあとにも、家族の中へ残り続けるはずだ。
だから「家族の距離」というタイトルは、認知症の父と家族の距離だけでなく、事件後にも埋まりきらない心の距離まで予告しているように見える。4話の時点ではまだ華江の本音も、弟側の言い分も、完全には整理されないままなので、その未整理さ自体が次回の感情的な余韻を支える伏線になっている。この作品は問題が発覚した瞬間より、その発覚のあとに家族が何を抱え続けるかのほうを重く見る傾向があり、4話はその入口としてかなり丁寧だった。
烏丸が九条を見つめる視線は、後半の関係の揺れを先に作っている
4話の烏丸は、九条のやり方をただ批判する若手ではなく、九条がどんな過去を持ち、どんな相手と戦おうとしているのかを横で見続ける立場へ入っている。その視線の中には学びもあれば警戒もあり、九条と山城の対決を見ているはずなのに、実は”自分は将来この人とどう向き合うのか”という問いも同時に育っている。
介護施設の一件は山城と九条の師弟対決であると同時に、烏丸が九条という弁護士の輪郭をさらに濃く知ってしまう回でもある。九条が恩師に対してすら依頼人の利益を優先するなら、いずれ自分と対立した時もそうするだろうという予感は、烏丸の中に確実に残る。4話の烏丸の役割は大きく声を上げることではなく、九条の仕事の危うさを静かに記録し続けることで、後半の関係性の揺れを先に仕込むことにあったように見える。
ドラマ「九条の大罪」4話の見終わった後の感想&考察

第4話を見終わってまず残るのは、介護施設の怖さというより、”ちゃんと制度を知っている人間が悪意を持った時のほうが、露骨な暴力よりずっと厄介だ”という実感だった。しかもこの回は、そこへ家族の後悔や介護疲れまで重ねてくるから、ただ悪人を憎んで終われず、見終わったあとも妙に気持ちがざらつく。
4話で一気に”ギアが上がった”と言われるのもかなり分かる
視聴者の感想でも、4話目でおもしろさのギアが一段上がったという反応や、単なる悪徳弁護士ものと思っていたら急に潮目が変わってきたという声が見られたが、それはかなり自然な受け止めだと思う。ここまでの案件が九条の異様さを見せる導入だったとすれば、4話はそこへ家族、介護、相続、師弟関係を全部重ねることで、作品の主題を一段深いところまで押し下げてきた。
私もこの4話で作品の見え方がかなり変わった。ひき逃げや薬物のような”明らかにアウトな世界”だけでなく、もっと生活に近い場所に同じ搾取のロジックが潜んでいると見えた瞬間、このドラマは単なるアウトロー劇ではなく、社会派ドラマとしての嫌さを一気に増したと思う。第4話は、九条が誰を弁護するかより、九条が何と戦う時にいちばん人間らしく見えるのかを初めてはっきり教えてくれた回でもあった。
菅原と山城の怖さは、”制度を知っている悪”の怖さだ
菅原が怖いのはもちろんだが、正直この回でいちばんぞっとしたのは山城のほうだった。菅原の暴力性は目に見えるぶんまだ分かりやすいが、山城は遺言の動画も診断書も和解案も、全部”法的に通りそうな形”で並べてくるから、見ている側の逃げ場まで奪ってくる。
一方で、視聴者の間では菅原が怖すぎる、トラウマ級という反応も出ていて、それもすごく分かる。後藤剛範が演じる菅原には、怒鳴り散らすタイプの派手さではなく、福祉と暴力を同じ手つきで扱える人間の気味悪さがあって、その静かな怖さが画面越しでもかなりしんどかった。この二人が並ぶことで4話は、”力ずくで奪う悪”と”ルールで奪う悪”の両方を一度に見せる回になっていたと思う。
家守華江を”完全な被害者”にしなかったところが、この回のうまさだと思う
華江が完全無欠の善人ではなく、介護の疲れや家族への怒りや父への後悔を抱えたまま依頼人として座っているから、この回はぐっと現実的になっていた。もし彼女がただ清らかな娘として描かれていたら、施設の悪を告発して終わるだけの話になったかもしれないが、4話はそうしない。
私はここがかなり好きで、介護の話は善意だけでも悪意だけでも片づかないからこそ刺さるのだと思った。誰かをちゃんと愛していても疲れるし、疲れたことで罪悪感も抱くし、家族の中で役割が偏れば感情もゆがむ。そのややこしさがあるから、施設に財産を奪われたという事実以上に、華江の表情や言い方のほうが長く残る。『九条の大罪』がうまいのは、被害者側の中にも”きれいではない感情”を残すことで、事件を社会の現実に着地させるところだ。
4話は”九条が恩人を斬る夜”として見ると、さらに後味が悪くて良い
介護施設の不正だけでも十分重いのに、この回が忘れにくいのは、九条が父のように慕った山城と真正面から対立する話としても成立しているからだ。恩人を切ることに快感があるはずはないし、しかもその判断の根拠になっているのが、もともと山城から教わった”依頼人のために働け”という弁護士観だというのが皮肉すぎる。
だから4話の九条は、正義の側に立つ主人公というより、自分を作った過去まで傷つけながら前へ進む主人公に見える。その切れ味の悪さがあるから、九条は相変わらず気持ちよく好きになれる人物ではないのに、むしろ前より気になる存在になっていく。この回で九条は”悪徳弁護士かどうか”という単純な問いを超えて、”何を守るためなら自分の過去まで切れる人間なのか”という、もっと厄介な主人公へ変わったと思う。
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