『九条の大罪』のおもちは、壬生がかわいがっていた愛犬です。
ですが、この犬は「壬生のかわいいペット」というだけでは終わりません。原作では、京極との因縁の中心にある存在であり、おもちの死そのものが壬生の価値観と復讐心を形作った出来事として描かれています。
ドラマ版でも、その過去が壬生と京極の関係を読むうえで外せない設定として扱われています。
九条の大罪のおもちは誰?

おもちは、壬生憲剛が飼っていたパグです。
原作では壬生の背中におもちのタトゥーがあり、腹部には「Everlasting love rice cake」という文言が刻まれていること、さらにネックレスまでパグ型でそろえていることが描かれています。
ここまで徹底して体の近くに残している時点で、おもちは単なる飼い犬ではなく、壬生にとって人生の中心に近い存在だったと分かります。
壬生はもともと、冷酷で頭も切れる半グレのリーダーとして描かれる人物です。だからこそ、おもちの存在が見えてくると、この男がただの暴力的なアウトローではなく、失ったものをずっと抱えたまま生きている人間だとはっきりします。おもちを知ると、壬生の怖さだけでなく、なぜあれほど京極に執着するのかまで見え方が変わってきます。
壬生にとっておもちはただのペットではない
原作では、おもちはすでに老犬だった時期があり、壬生はカートに乗せて散歩させながら、あとどれだけこの顔を見られるのかと考えていたと整理されています。
ここから分かるのは、壬生が見た目の強さや勢いだけで生きている人間ではなく、おもちに対してはかなり静かで深い愛着を持っていたということです。
この愛着があるからこそ、おもちの死は「犬が死んでかわいそうだった」で終わりません。
壬生の飼い犬「おもち」はなぜ亡くなった?

ここはかなり重いネタバレになります。結論から言うと、おもちは自然に亡くなったのではありません。壬生が京極から制裁を受けた時、自分の手で殺さざるを得ない状況に追い込まれて命を落としました。
この出来事が強烈なのは、京極がただ壬生を殴ったり金を取ったりするのではなく、壬生が一番大事にしているものを壬生自身の手で壊させたことにあります。
つまりおもちの死は、単なる残酷な事件ではなく、壬生を一生縛るための支配だったわけです。
きっかけは壬生が伏見組の賭場の売上金を狙ったこと
原作では、壬生たちが伏見組が面倒を見ている賭場を荒らし、売上金を奪おうとしたことが発端になっています。
これが京極の怒りを買い、壬生は工場のような場所で身動きの取れない状態にされました。そこでは、京極が「半グレは上への忠誠がない」と壬生を見下し、命令に従うかどうかを試す空気が作られていました。
この場面で大事なのは、京極が単に金を取り返したいわけではなかったことです。京極は壬生を使える人材だと見ていたからこそ、殺して終わりにはしませんでした。代わりに、自分に逆らった人間が一生忘れられない傷を背負うような形で制裁を加えています。
京極が壬生に突きつけた二択
京極は壬生に対して、自分が死ぬか、おもちを自分の手で殺すかの二択を迫ります。
壬生はその場で命乞いをしますが、京極はそこで引かず、何も知らずにつながれたおもちを壬生の前に出しました。京極の狙いは、壬生の忠誠を試すことだけではなく、壬生の心に消えない傷を刻むことでした。
ここが京極というキャラの怖いところです。
自分の命令でおもちを殺させれば、壬生は京極だけを恨んで終わるのではなく、自分の手でやってしまったという罪まで抱えることになります。原作でも、京極はまさにそういう発想で壬生を追い込んでいました。
壬生は涙ながらに自分の手でおもちを殺した
最終的に壬生は、金属バットを持たされ、涙ながらにおもちを殺します。ここは『九条の大罪』の中でもかなり残酷な過去描写で、壬生のキャラを決定づける最重要場面のひとつです。
壬生のような人物が後々までおもちを体に刻み続けているのは、この場面の罪悪感が消えていないからだと読むのが自然です。
つまり、おもちは「壬生の愛犬」では終わりません。おもちの死は、壬生が京極を許せなくなった理由であり、同時に壬生が自分自身も許せなくなった原点です。この二重の傷があるから、壬生の復讐心は単なる反抗ではなく、かなり個人的で執拗なものに見えてきます。
おもちの死が壬生に残したもの

おもちの死のあと、壬生はその記憶を消そうとするどころか、むしろ自分の体に刻み続けます。
背中のタトゥー、腹部の文言、パグ型のネックレス。どれも、おもちが「過去のかわいい思い出」ではなく、壬生の今の行動を支える痛みとして残っていることを示しています。
そしてその痛みは、京極への憎しみへそのままつながります。壬生が京極の支配から抜け出したい理由、京極を越えたい理由、最終的に京極へ一矢報いたい理由。そのいちばん深いところには、おもちを殺させられた記憶があると考えると、壬生の行動全体が一本でつながって見えます。
壬生はおもちを体に刻み続けている
原作で壬生のビジュアルが強く印象に残るのは、筋肉や刺青の迫力だけではありません。
そこにおもちが刻まれていることで、壬生が”ただの暴力的な男”ではなく、失ったものをずっと持ち歩いている人間だと分かるからです。背中のおもちは単なるデザインではなく、壬生が忘れたくない傷そのものだと言えます。
とくに腹部の文言やネックレスまで含めると、壬生はおもちを「過去に飼っていた犬」として処理できていません。今でも自分の近くに置き、見える場所に残し、忘れないようにしている。その執着の強さが、壬生というキャラの人間味にもつながっています。
京極への憎しみと復讐の原点になった
おもちの一件によって壬生は京極を強く憎んでおり、自責の念も抱えていると整理されています。さらにその後、壬生は京極の拳銃などを警察に持ち込んで、京極へ一矢報いるところまで進みます。もちろんこれは法的な事情や生存戦略も絡んだ行動ですが、おもちの件が感情の底にあると考えるとかなり納得できます。
おもちがいなければ、壬生と京極の関係はもっと単純な上司と部下、ヤクザと半グレの上下関係で終わっていたかもしれません。ですが実際は、おもちを自分の手で殺させられたことで、壬生にとって京極は「怖い相手」ではなく「絶対に越えるべき相手」へ変わったのだと思います。

ドラマ版のおもちはどう描かれた?

Netflixシリーズ『九条の大罪』では、壬生憲剛を町田啓太、京極清志をムロツヨシが演じています。
About Netflixの発表でも、壬生は裏社会とつながり九条に厄介な依頼を持ち込む人物、京極は伏見組の若頭として明確に紹介されており、この二人の因縁がドラマでも重要な軸になっていることが分かります。
ドラマ版の全話整理でも、第5話相当のタイミングで「壬生はかつて京極に脅され、自ら愛犬を殺した過去があり、京極を恨んでいました」と説明されています。つまりおもちの過去は、ドラマでも壬生と京極の関係を読むうえで外せない設定としてきちんと拾われています。
シーズン1でもおもちの過去は重要な因縁として扱われた
ドラマ版は全10話の中で多くの事件を圧縮しているため、おもちだけに長い尺を割いているわけではありません。ですが、壬生と京極の関係をただの裏社会の抗争に見せないために、おもちの件はかなり重要な過去として差し込まれています。壬生が京極を恐れながらも恨んでいる理由が、ここでようやく感情として見えてくるからです。
視聴者目線でも、おもちを知ると壬生の見え方が変わります。冷酷で有能な半グレのリーダーという表の顔だけでなく、過去に取り返しのつかないものを失った男として見えるようになるため、壬生の一つ一つの判断がもっと苦く重く感じられるようになります。
まとめ
『九条の大罪』のおもちは、壬生の飼い犬だったパグです。ですが本当の意味では、壬生が京極に支配され、自分の手で大切なものを壊させられた記憶そのものだと言えます。
おもちは自然に亡くなったのではなく、壬生が伏見組の賭場の金を狙った制裁として、京極に二択を迫られた末に命を落としました。
だから「九条の大罪 おもち」で検索する意味は、かわいい犬の情報を知るためではありません。おもちの存在を知ることで、壬生がなぜ京極をこれほど憎み、なぜあれほど執拗に越えようとするのか、その根っこがようやく見えてきます。ドラマ版でもこの過去は重要な因縁として拾われており、おもちは壬生というキャラの核心を読むうえで外せない存在です。
ドラマ全話のネタバレはこちら↓

原作の九条の大罪についてはこちら↓






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