第2話の「校閲ガール」は、第1話の爽快感とは少し違う温度で始まります。
悦子の勢いはそのままに、今度は“仕事としての校閲”が正面から立ちはだかる。
張り切る気持ち、良かれと思った行動、そして現場のルール。そのズレが、小さな違和感として積み重なっていくのが第2話です。
この回で描かれるのは、成功よりも失敗、称賛よりも後始末。
校閲という仕事が「目立たないからこそ怖い」理由と、チームで働くことの意味が、じわじわと浮かび上がってきます。
悦子が“主人公”から“現場の一員”へ踏み出す、重要な一歩が刻まれた回でした。
ドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール」2話のあらすじ&ネタバレ

第2話は一言でいうと、悦子が「張り切り過ぎて大失敗」する回です。
第1話の暴走が“愛される暴走”だったとしたら、2話は仕事の現場で一度しっかり痛い目を見る。その中で悦子は、校閲部というチームに「所属する覚悟」を、初めて身体で理解していきます。
合コンの席でも、悦子の脳内は“幸人”で埋まっている
冒頭、悦子は会社の女性社員たちと合コンに参加します。
けれど、悦子のテンションはどうにも上がらない。理由は明確で、前回街で出会って一目惚れした“幸人”の存在が、頭から離れないからです。
恋のフィルターがかかった悦子の視界では、目の前の男性たちが別の生き物に見えてしまうほど、比較対象が“幸人一択”になっている。
この「恋が日常の解像度を狂わせる感じ」は、軽いラブコメ演出に見えて、後半の“校閲ミス”へ繋がる重要な下地にもなっています。
幸人は住む場所を失い、森尾の家へ。三角形の辺が伸び始める
一方の幸人は、住んでいたアパートの取り壊しで行き場を失い、悦子の高校の後輩でファッション誌『Lassy』編集者の森尾登代子の家に転がり込むことになります。
森尾は幸人を“モデル”として育てようとし、距離を一気に縮めていく。
ここが面白いのは、三角関係の構図を取りながらも、単なる「好きの奪い合い」にしない点です。
- 悦子は“文章/本”の世界から幸人に近づいていく
- 森尾は“見た目/ファッション”の世界から幸人に関わっていく
同じ男性を巡っていても、接続している回路が違う。
だからこの三角形は、ドロドロよりもズレと緊張感が先に立ち始めます。
今回の校閲案件は「人気ブロガー・亜季」の節約術ブログ本
校閲部に配属されて間もない悦子に回ってくる今回の仕事は、人気主婦ブロガー・小森谷亜季の節約術ブログを書籍化した原稿です。
編集担当は文芸編集部の貝塚八郎。貝塚はこの仕事にどこか乗り気ではありません。
言葉を選ばずに言えば、ブログ本を“軽い仕事”だと見ている節がある。
けれど悦子は真逆で、亜季の節約アイデアそのものに強い関心を示します。
校閲は誤字脱字を直すだけではなく、文章の背景や、書き手が何を伝えたいのかまで理解しないと精度が上がらない。
悦子は、その入口に全力で突っ込んでいきます。
悦子、校閲の枠を越えて“アイデア出し”を始めてしまう
問題はここからです。
悦子は原稿を読みながら、自分の知っている節約術や「こうしたらもっと伝わるのに」というアイデアを、付箋で次々と原稿に足していく。
校閲者が内容に踏み込む、かなり危ういムーブ。
編集担当の貝塚は当然困惑します。出版物は「良い案が出たから載せる」で動かない。
- ページ数が増えればコストが上がる
- スケジュールがズレれば発売日が動く
- 発売日が動けば販促やイベントの段取りが崩れる
悦子の善意は、制作全体に波紋を広げる提案でもある。
熱意は正しい。でも、職能の境界線を越えた熱意は、現場では事故にもなり得る。第2話が描くのは、まさにその衝突です。
亜季が悦子に会いたがり、悦子はさらに加速する
付箋だらけのゲラを見た亜季本人は、なぜか怒らない。むしろ面白がり、「会ってみたい」と言い出します。
悦子は“作者に会える”ことに舞い上がり、実際に亜季と会って意気投合。
ここで悦子は一段ギアを上げ、アイデア出しをさらに重ねていきます。
これは、悦子の長所がそのまま短所になる瞬間。
相手の感情の温度を上げるのが得意だからこそ、創作意欲も膨らませてしまい、制作の現実とぶつかり始める。
「あとがきに名前を書きたい」—悦子が勘違いする“評価”
亜季はさらに「あとがきに悦子の名前を書きたい」と申し出ます。
悦子は大喜びします。自分の存在が作品に刻まれる。認められた気がする。
しかし、藤岩りおんが釘を刺す。
「校閲は陰で支える存在だ」
この言葉が第2話の背骨です。
校閲は舞台に立たない。作者と同じスポットライトは浴びない。でも、作品が“読める形で成立する”ために不可欠な役割。
ところが悦子はそれを「嫉妬」と受け取ってしまう。ここが悦子の未熟さであり、人間臭さであり、次の落下への助走になります。
表紙の“致命的な脱字”が発覚する
本は完成し、いよいよ発売へ。
その直前、表紙の英字「POCKET」が「POKET」になっていることが発覚します。Cが抜けている。
校閲者として致命的なミス。
しかも本の顔である表紙。悦子は一気に折れます。
中身よりも表紙。
目立つほど見落としやすい、校閲の怖さがここに凝縮されています。
刷り直し不可。5000冊の“訂正シール貼り”
校閲部長・茸原は関係各所に頭を下げますが、出版記念イベントが迫っており刷り直しはできない。
苦肉の策として、訂正シールを貼る対応が決まります。
初版5000部。
5000冊すべてに手作業でシールを貼る。
校閲部総出の作業が始まり、悦子は初めて、自分のミスがチーム全体の時間を奪う現実を知ります。
それでも誰も悦子を責めない。淡々と手を動かす同僚たちを見て、悦子は校閲部の“温度”をようやく理解します。
藤岩りおんの過去—校閲ミスが奪ったもの
藤岩は、自分の過去を語ります。
かつて校閲ミスで、ミステリー小説の犯人名を誤らせてしまったこと。その結果、作家は景凡社で書かなくなり、会社は大きな損失を被った。
校閲のミスは、恥で終わらない。
著者との信頼、出版社の信用、次の仕事。すべてを削る。
藤岩の「陰で支える存在」という言葉は、嫉妬ではなく、同じ轍を踏ませないための警告だった。
悦子はここで、初めてそれを理解します。
出版記念イベントでの謝罪と、亜季の“救い”
出版記念イベント当日。
訂正シールにざわつく会場の空気に耐え切れず、悦子は壇上前で自分のミスを告白し、謝罪してしまいます。
処理の順番より、感情を優先する悦子らしい行動。けれど、ここで亜季が壇上で語ります。
訂正シールはむしろ「自分らしい」。
節約を掲げる本に、刷り直しでお金をかけるより、シールで直すほうが意味がある。
さらに、亜季の涙は怒りではなく、夢が叶った喜びの涙だったと明かされる。
ミスは消えない。
でも、受け止め方で意味は変わる。
第2話のクライマックスは、そこにあります。
ラスト:是永是之という名前が、静かに恋へ繋がる
後日、悦子は区民プール帰りに幸人と再会し、仕事の話を楽しそうに語ります。その中で出てくるのが「リニアモーター牛」という謎ワード。
視聴者だけが気づく。
その言葉を書いた作家こそ、幸人のペンネーム「是永是之」だということを。
幸人は正体を明かさず、ファッションショーのチケットを渡す。文字を通して、二人はすでに繋がっている。
第2話は、仕事の失敗で地面に叩きつけられながら、恋の回路が静かに開き始めるところで終わります。
校閲は、間違いを直す仕事じゃない。
書き手の頭の中と、読者を繋ぐ仕事。
その核心に、悦子は少しだけ近づいた回でした。
ドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール」2話の伏線

第2話は、事件としては「表紙の誤植」と「シール貼り」ですが、脚本的には“この先10話を走るための骨格”をかなり仕込んできています。
派手な伏線ではなく、仕事ドラマらしく小さな違和感を積み重ねるタイプ。その地味さこそが、このドラマの強さです。
「校閲は陰で支える存在」—悦子の成長曲線を決める言葉
藤岩の忠告は、単なる説教ではありません。この一言が、悦子という主人公の物語に明確な“軸”を与えています。
悦子は、目立ちたいし、評価されたいし、ファッション誌の編集者になりたい。一方で、校閲という仕事は本質的に“裏方”です。ここには明確な矛盾があります。
第2話は、この矛盾をどう引き受けるか、という問いを悦子に突きつける回でした。
表紙の誤植という痛い失敗と、シール貼りという地味で過酷な後始末を通して、藤岩の言葉が「正論」ではなく「実感」として悦子に染み込んでいく。この段階で一度ちゃんと転ばせたこと自体が、かなり大きな伏線になっています。
幸人=是永是之。正体を隠す構造が“恋”と“仕事”を絡ませる
悦子は幸人に惹かれています。
けれど、悦子が熱っぽく語っているのは、幸人という人物そのものよりも、是永是之の文章だったりする。
つまり悦子の恋は、最初から二重構造です。
- 見た目としての幸人
- 言葉としての是永是之
幸人が正体を明かさないのは、単なる恋愛の駆け引きではありません。
「書き手」と「受け手」という距離感、そして校閲という仕事のテーマとも直結しています。
恋が仕事を邪魔するのか。
それとも、仕事が恋を進めてしまうのか。
その交差点が、第2話のラストで静かに仕込まれました。
5000冊のシール貼りが示した“地味ーズ”の結束とチームドラマ化
第1話は悦子の個人戦でしたが、第2話で物語は一気に“チーム戦”に移行します。
校閲部総出で行われるシール貼りは、単なる後始末ではありません。
- 誰も悦子を責めない
- 感情をぶつけず、黙々と手を動かす
- それぞれが仕事として責任を引き受ける
ここで、校閲部の人たちが「冷たい集団」ではないことが明確になります。感情を表に出さないだけで、仲間を見捨てない人たち。
これは伏線というより、今後の物語の“土台”。
悦子が何かをやらかすたびに、校閲部がどう支え、どうぶつかるのか。その関係性が、第2話で完成しています。
貝塚の“温度の低さ”が、後々の価値観の変化を呼ぶ
貝塚は、文芸編集者としてのプライドが高い人物です。
だからブログ本に対しても、悦子の暴走に対しても、温度が低い。
ただ、第2話で重要なのは、亜季が壇上で語った「夢だった」という言葉を、貝塚も確実に聞いている点です。
作家の夢は、純文学だけじゃない。
生活から生まれる言葉にも、人生が乗る。
この価値観の更新が、後の貝塚の変化につながっていく前振りとして、第2話にきっちり置かれています。
「リニアモーター牛」は“思い込みを疑え”というメタ伏線
第2話の最後に出てくる「リニアモーター牛」は、単なるギャグではありません。
“リニア”と聞いて、多くの人が即座に近未来的なイメージを思い浮かべる。
でも、その思い込みこそが事実確認を曇らせる。
校閲の仕事は、まさにこの“思い込みを疑う”作業です。
だからこの謎ワードは、恋の小道具であると同時に、校閲ドラマとしての核心を象徴するメタ伏線になっています。
第2話は、派手な事件は起きない。
でも、ここで仕込まれた伏線があるからこそ、悦子はこの先、何度も転び、立ち上がり、校閲部の一員として育っていく。
その助走として、かなり完成度の高い一話でした。
ドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール」2話の感想&考察

第2話を観終わった後、僕の感情はとてもシンプルでした。
「笑えるのに、胃が痛い。」
誤植って、本当に一瞬で起きる。しかも、起きた後のリカバリーが地獄。
ドラマなのに、仕事で冷や汗をかいた記憶を思い出してしまう人が多かったのも、かなり納得です。
2話は“悦子の敗北”の回。でも、この敗北は必要だった
第1話の悦子は、正直かなり“無敵”でした。熱意で押し切って、結果的に正解を引く。視聴者としても気持ちがいい。
でも第2話で、悦子は一度ちゃんと負けます。表紙の誤植という形で、「熱意では取り戻せない現実」にぶつかる。
この敗北があるからこそ、悦子は“校閲部の一員”になっていく。
校閲という仕事は、目立つ成功よりも、地味な損失回避の積み重ね。その分、失敗したときの痛みは派手です。ここを通らないと、悦子の成長はどうしても嘘になる。
僕は第2話を、「物語を現実に引き戻すための回」だと思っています。
「善意の暴走」は、現場でいちばん扱いづらい
悦子の行動は、全部“善意”です。
亜季の本をもっと良くしたい。読者に届く本にしたい。著者の夢を叶えたい。
ただ、現場で一番怖いのは、悪意よりも善意だったりする。
善意は止めにくい。本人が正しいと信じているから。しかも悦子の場合、実際にアイデアが良かったりするから、なおさら止まらない。
でも、仕事は「正しさ」だけでは回らない。
役割分担、責任範囲、スケジュール、予算、対外的な信用。その全部で成り立っている。
第2話で悦子が学んだのは、校閲の技術というより、「現場の構造」だったと思います。
訂正シールは、現代の仕事の縮図だと思う
訂正シールの場面が刺さるのは、単に作業がしんどいからじゃない。“ミスをした本人が、身体を使って償う”という構図が、現代の職場にも通じるからです。
しかも、シール貼りって、やればやるほど成果が見えない。貼った瞬間は「直った」けど、最終的に棚に並ぶのは“普通の本”。誰も「この本、5000冊手で直したんだよね」とは思わない。
つまり、校閲の仕事そのものなんですよね。
成果は「何も起きないこと」。そしてそれがいちばん尊い。第2話はそこを、かなり直球で描いていました。
視聴者の反応が“トラウマ掘り起こし”になった理由
放送当時、視聴者の反応がやたらと「身につまされる」「胃が痛い」に寄っていたのが印象的でした。
笑える回なのに、感想が軽くならない。これは、第2話が“現場のリアル”をちゃんと突いていた証拠だと思います。
亜季の「夢だった」は、編集・校閲・作者を救う“言葉の校閲”
亜季が壇上で語った、「本を出すのが夢だった」という言葉。
あれは単なる感動要員の台詞ではありません。
誤植=恥
迷惑=怒り
涙=失望
こう固まっていた空気を、「節約というテーマに合っている」「夢が叶って嬉しい」という新しい意味に差し替える。
出来事そのものではなく、出来事の“読み”を訂正している。
これは、ある意味で言葉の校閲です。
出来事をどう解釈するかで、場の空気も、人の心も変わる。その力を、亜季は持っていた。
悦子は、それを目の前で見た。
だからこそ次回以降、悦子は「正しさ」だけでなく「伝わり方」まで意識し始める。第2話は、その分岐点だったと思います。
「リニアモーター牛」は恋のギャグじゃなく、校閲ドラマの宣言
最後の「リニアモーター牛」。
笑った人も多いと思うけど、僕は笑いながらちょっと怖くなりました。
校閲の世界って、「それ常識だよね?」が普通に崩れるから。思い込みが事実確認を狂わせる。その怖さを、あの一言で示している。
そして恋も同じ。
悦子は幸人を「イケメン大学生」として見ている。
森尾は「モデル候補」として見ている。
悦子は是永是之を「変わった作家」として読んでいる。
でもそれは全部、ラベルでしかない。
このドラマは、校閲を通して「ラベルを剥がして中身を見る」話なんだと思います。第2話は、仕事で痛い目を見せながら、恋のほうでも“正体”という巨大な誤植を仕込んだ回でした。
仕事と恋が、同じ地平で走り始めた。
第2話は、そのスタートラインだったと思います。
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