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九条の大罪とウシジマくんの繋がりは?同じ世界・似てるキャラ・共通点をネタバレ解説

九条の大罪 ウシジマくんとの繋がり

『九条の大罪』と『闇金ウシジマくん』の繋がりが気になる人は多いと思います。

結論から言うと、まず作者はどちらも真鍋昌平さんです。そしてもっと大きいのは、真鍋さん自身が『九条の大罪』を「同じ世界を描きながらも、『弁護士』という法の立場から描いた物語」と語っていることです。つまり、まったく別物というより、同じ社会の別の断面を見せる作品として読むのがいちばん自然です。

ただし、ここで気になるのは「じゃあ丑嶋やウシジマくん側のキャラがそのまま出るのか」という点ですよね。

そこは少し分けて考える必要があります。『九条の大罪』の面白さは、直接のクロスオーバーより、「あの世界を法の側から見るとこうなるのか」と感じさせるところにあります。

目次

九条の大罪とウシジマくんの繋がりは?

九条の大罪とウシジマくんの繋がりは?

いちばん分かりやすい繋がりは、やはり作者が同じことです。

Netflixの公式発表でも『九条の大罪』は「国民的ダークヒーロー漫画『闇金ウシジマくん』作者である真鍋昌平による最新漫画」と案内されていて、作品紹介の段階から両作はセットで語られています。

でも、本当に大事なのはそこだけではありません。真鍋昌平さんは文春のインタビューで、『九条の大罪』について「今回は同じ世界を描きながらも、『弁護士』という法の立場から描いた物語」と話しています。

これはかなり重要で、世界観や社会の匂いは地続きで、その中の”見る位置”だけが変わったということです。『ウシジマくん』が金貸しや債務者の側から社会の底を見る作品なら、『九条の大罪』は弁護士という立場から同じ闇へ踏み込んでいる作品だと整理できます。 つまり両作の繋がりは、「同じ作者」より「同じ地面を別の職業から見ている」ことにあります。

その繋がりは、出版社側の見せ方にも出ています

小学館は2021年の書店キャンペーンで、九条間人と丑嶋馨の特製ポストカードや、真鍋昌平描き下ろしの九条間人×丑嶋馨イラストカードを配布していました。これは本編の直接共演を意味するものではありませんが、少なくとも版元も「この2作は並べて楽しむ作品」だと打ち出しているわけです。

闇金ウシジマくんの同じキャラは出てるの?

同じキャラは出てるの?

ここははっきり分けておきたいところです。真鍋さんは「同じ世界」と言っていますが、少なくとも現時点で『九条の大罪』の中心的な読み方は、「丑嶋馨そのものが本編へ大きく出てくる」タイプのクロスオーバーではありません。楽しみ方としては、同じ町の別の場所で起きている話、同じ社会の別の窓口の話、と見るほうがしっくりきます。

だから検索で気になる「同じキャラがそのまま再登場するの?」への答えは、現段階では「それを前面に押し出した作品ではない」です。

むしろ『九条の大罪』がやっているのは、ウシジマくんで見たような半グレ、ヤクザ、売人、搾取される若者たちが、今度は”弁護士の案件”としてどう見えるかを描くことです。 直接のキャラ再登場より、「あの世界の住人が別の形でまた現れる感覚」を楽しむ記事だと考えるとズレません。

九条の大罪とウシジマくんで似てるキャラはいる?

似てるキャラはいる?

似ているキャラは、かなりいます。ただし、「このキャラがウシジマくんの誰それと同一人物です」と断言するより、役割や温度感が似ていると読むほうが自然です。

九条間人は、丑嶋馨に近い”ダークな主人公”です

いちばん分かりやすいのは、やはり九条間人と丑嶋馨の関係です。九条は弁護士、丑嶋は闇金業者なので職業はまったく違います。

ですが、どちらも世間の常識や読者の道徳におもねらず、自分のルールで動き、相手の甘さを一切見逃さない主人公です。しかも、どちらも”善人だから助ける”のではなく、”この世界で生き延びるにはどう処理するか”を先に考えるタイプなので、読後感の苦さもよく似ています。

違いがあるとすれば、丑嶋は基本的に「追い込む側」の主人公で、九条は「守る側」に見えながら、守るためにかなり汚いこともする主人公だという点です。だから二人は同じではありませんが、読んでいて感じるのは「正しいヒーローではないのに、物語の中心に立つ冷たい主人公」という共通の輪郭です。

壬生や京極には、ウシジマくん側のアウトローの匂いがあります

『九条の大罪』で壬生や京極が強く残るのは、ただ怖いからではありません。半グレやヤクザの論理が、日常のすぐ横にある感じで描かれているからです。真鍋さんは取材相手の時計やアクセサリー、入れ墨、小物、部屋の雰囲気まで細かく観察して描いていると話していて、その具体性がキャラのリアリティを支えています。

この描き方は、『ウシジマくん』で裏社会の人間たちが妙に実在しそうに見えた感覚とかなり近いです。

壬生や京極は「ウシジマくんの誰かにそっくり」というより、”真鍋作品のアウトローはこういう温度で立ち上がる”と感じさせるキャラです。 似ているのは顔や設定ではなく、現実にいそうな危なさの出し方そのものです。

曽我部やしずくのような”搾取される側”もよく似ています

もう一つ大きいのが、弱い立場の人物の描き方です。『九条の大罪』には、曽我部、しずく、のらのように、最初から悪人だったというより、弱さや環境につけ込まれて搾取される側へ押し込まれていく人物が何人も出てきます。文春のインタビューでも、真鍋さんは「弱い人間の哀れさと、そこにつけ込む悪や権力のむごさ、怖さ」を描きたいと語っています。

この感触は『ウシジマくん』でもかなり強かった部分です。作品ごとに職業や舞台は違っても、「弱者がただ弱いから落ちるのではなく、強い側がその弱さを食っている」という見せ方が共通しているので、読者は両作を自然につなげて読んでしまうのだと思います。

九条の大罪とウシジマくんはなぜここまで似て見えるのか

なぜここまで似て見えるのか

いちばんの理由は、真鍋昌平さんが同じ社会のきしみを描き続けているからです。『九条の大罪』については、まだ『ウシジマくん』連載中の頃から、半グレやヤクザが「どの弁護士がいい」と話しているのを聞き、そこから犯罪者側から見た弁護士の物語を描けると思ったとインタビューで語っています。

つまり『九条の大罪』は『ウシジマくん』と無関係に突然生まれた作品ではなく、あの取材の延長線上にある作品です。

さらに、POPEYEのインタビューでは、真鍋さんが冷蔵庫やゴミ箱まで見て生活感を想像し、被害者も加害者も「荒れた部屋に住んでいるのがリアル」と話していることが印象的でした。

人物を設定で作るのではなく、生活の痕跡から立ち上げるやり方をしているから、作品が変わっても「この人たち、同じ町にいそうだな」という感覚が残ります。 似て見える理由は、真鍋作品の人物が”物語の駒”ではなく”生活している人間”として描かれているからです。

ドラマ版でもウシジマくんとの繋がりは感じる?

ドラマ版でもウシジマくんとの繋がりは感じる?

Netflixの制作決定時も追加情報解禁時も、『九条の大罪』は一貫して「『闇金ウシジマくん』作者・真鍋昌平の最新作」として紹介されています。ドラマとしては『九条の大罪』単独の作品ですが、入口の時点で「ウシジマくんの作者が描いた法の側の物語」と位置づけられているので、見る前から両作の繋がりを意識しやすい作りです。

実際にドラマを見ても、九条のやり方、壬生や京極の空気、しずくや曽我部のような”使い潰される側”の描き方には、真鍋作品らしい苦さがかなり残っています。直接のクロスオーバーを期待するより、ウシジマくんで見た社会の闇を、今度は弁護士の目線から見直す作品だと思って入ると、一番しっくりきます。

まとめ

まとめ

『九条の大罪』と『闇金ウシジマくん』の繋がりは、まず作者が同じこと、そして真鍋昌平さん自身が「同じ世界を描きながらも、『弁護士』という法の立場から描いた物語」と言っていることにあります。だからこの2作は、別作品ではあっても、同じ社会の別の入口を描いている作品として読むのが自然です。

同じキャラが大きくクロスオーバーするというより、九条と丑嶋のようなダークな主人公、壬生や京極のようなアウトロー、曽我部やしずくのような搾取される側の人物たちに、真鍋作品らしい共通の匂いがあります。

作者が取材と観察で人物の生活感まで作り込んでいるからこそ、『九条の大罪』を読んだ時に「これ、ウシジマくんと地続きだ」と感じるのだと思います。

ドラマ全話のネタバレはこちら↓

原作の九条の大罪についてはこちら↓

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