第7話「ある、ない、いる、いない」は、小林二胡の葬儀を終えた直後から、文菜の心が“次”へ進むことを許されなくなる回でした。
山田と交わす生死と創作の会話、ゆきおが用意したポトフの優しさ、誕生日の伊香保温泉という未来の約束が、全部「今の恋人に何をどこまで話すべきか」という問いに収束していきます。
さらに、多田との打ちっぱなしで見える山田の“いるのにいない恋人”の影、エンちゃんが持ち帰る「手紙」という提案、山田が書き上げた短編『その温度』まで、言葉の重さがじわじわ絡み合う構成。ラストでは、ゆきおと後輩・紗枝の「軽くご飯」が小さな火種になり、次回の揺れが静かに仕込まれます。
ここからはドラマ「冬のなんかさ、春のなんかね」第7話「ある、ない、いる、いない」の内容を、結末まで含めて整理していきます。
ドラマ「冬のなんかさ、春のなんかね」7話のあらすじ&ネタバレ

ここからはドラマ「冬のなんかさ、春のなんかね」第7話「ある、ない、いる、いない」の内容を、結末まで含めて整理していきます。
第7話は小林二胡の葬儀後から始まり、文菜が生死や創作、そして“今の恋人に何をどこまで話すべきか”に揺れ続ける回です。山田との会話、ゆきおのポトフ、エンちゃんの助言、小太郎とのラーメン、そしてゆきおの後輩・紗枝の動きまでが、一本の線としてじわじわ繋がっていきます。
文菜は二胡の死をきっかけに、過去の恋を悲しむだけでは終われなくなります。ゆきおといる時間は楽しいのに、山田と会い続けていることや、言えない気持ちが増えていくことで、文菜の中の“誠実でいたい”と“まだ選び切れない”が真っ向からぶつかり始めます。その一方で、山田や小太郎、そしてゆきおの後輩・紗枝まで動き出し、文菜が“誰とどう向き合うのか”が一気に揺さぶられる回になっています。
葬儀後の山田との会話、生きている人の時間について
小林二胡の葬儀が終わったあと、文菜は山田と落ち合います。二人はまず、二胡が亡くなったという事実を前にして、すぐに慰め合うのではなく、生きることや書くことについて静かに言葉を交わします。文菜が生前に二胡と最後に会った時のことを話すと、山田は「きっと小林さんは嬉しかったんじゃないかな」と返し、その一言が文菜の胸に深く残ります。
山田は創作という仕事を、誰かの人生の時間をもらって成り立つものだと捉えています。そのため、自分はあまり人の人生に影響を与えずに死んでいきたいとまで口にし、文菜も「私も」とどこか本気で同意します。けれど同時に文菜は、「でも読みたいですけどね、私は。山田さんの新作」とも伝え、生きている側の欲も隠しません。
この場面では、二胡の死が“過去の恋人がいなくなった悲しみ”としてだけではなく、今の自分が誰とどう生きるかを考えさせる出来事として置かれています。
第7話の出発点は、喪失を悼むことよりも、その喪失のあとに残された人間が何を選ぶのかを見つめ直す時間として始まっているのです。山田と文菜が静かなまま会話を続けるからこそ、二胡の不在が余計に大きく見えてきます。
ゆきおのポトフと、「話してくれてうれしい」の痛み
山田と別れたあと、文菜は恋人のゆきおの家を訪ねます。葬儀で疲れているだろうと考えたゆきおは、あらかじめポトフを作って待っていてくれます。温かい食事と穏やかな声だけでも十分やさしいのに、ゆきおは文菜が話し始めるまで急かしません。
文菜はそこで、二胡が自分に小説を書くことを勧めてくれた人であり、かつて付き合っていた相手でもあったと、ゆきおに正直に話します。聞きたくなかったのではないかと文菜が気にすると、ゆきおは「うれしいよ、話してくれて」と返します。さらに「文菜は大切なことをあまり話してくれないから」と軽く言うのですが、その軽さが逆に、二人の間にずっとあった小さなズレをはっきり見せてしまいます。
ゆきおは責めていませんし、怒ってもいません。だからこそ文菜は反論もできず、複雑な表情のまま言葉を失います。この夜に刺さるのは、優しさが救いになるのではなく、むしろ文菜の“まだ全部は話せていない”を照らしてしまうところでした。ポトフのあたたかさと、文菜の後ろめたさが同じ食卓に並ぶことで、第7話の苦しさが一気に濃くなっていきます。
多田との打ちっぱなしで見えた、山田の“いるけどいない恋人”
数日後、文菜は担当編集の多田に誘われて、ゴルフの打ちっぱなしに出かけます。ここでの会話は恋の相談のようでいて、実は「生きている側のエゴ」を見つめる時間になっています。多田は葬儀後の山田の様子を聞きながら、山田が口にしていた“彼女”の話題を出します。
そこで分かるのは、山田が現在形で抱えている恋人の存在が、もうこの世にはいない人かもしれないということです。文菜は、死んでいることを認めてあげないなんて、生きている人間のエゴだと言います。多田は、すべての「好き」がうまくいくわけではないけれど、誰かを好きでいること自体は尊いのだと受け止め、文菜の中にある“正しさだけでは切れない感情”をそっと認めます。
この場面では、山田の“彼女がいる”という言葉の意味が急に変わります。相手が「いる」のに「いない」かもしれないという曖昧さが、第7話のタイトルそのものに重なって見えてきます。
山田の恋人の話は、文菜がいま抱えている「今ここにいる恋人に、今ここにいない人たちの影が混ざってしまう」苦しさを、別の角度から映し返しているようでした。文菜が山田に惹かれているのか、ただ理解されていると感じるのか、その境目もさらに曖昧になります。
誕生日の伊香保温泉、楽しいのに苦しい予約
同じ頃、文菜はゆきおと外で食事をします。ゆきおは自然な流れで、文菜の誕生日に伊香保温泉の宿を予約したことを伝えます。未来の予定をちゃんと立てて、文菜と過ごす時間を楽しみにしていることが、ゆきおの言葉の端々から分かります。
文菜もその場では素直に喜びますし、ゆきおと一緒にいる時間が楽しいこと自体は嘘ではありません。だからこそ厄介で、文菜は「ゆきおといると楽しいのに、どうして裏切っているのだろう」と自分に対して問いを向けます。楽しさと後ろめたさが同時に存在してしまうことで、文菜の恋は“どちらが本命か”の単純な話ではなく、“どの自分がいちばん嘘ではないか”という苦しさに変わっていきます。
伊香保の予約は、ゆきおがちゃんと先を見ていることの証拠です。けれど文菜は、その先へ進むほど、今の曖昧さを抱えたままではいられないと痛感していきます。誕生日旅行の約束は、ご褒美のように見えて、実際には文菜に「選ぶこと」や「話すこと」を迫る静かな締め切りでもありました。
第7話のゆきおは本当にやさしいのに、そのやさしさが文菜をさらに追い詰める構造になっているのがしんどいです。
エンちゃんが真樹に会いに行く、昔の手紙の記憶
文菜の様子を見て、このままではよくないと感じたエンちゃんは、自分から動きます。
エンちゃんが会いに行ったのは、大学時代の友人で、かつて不倫をしていた真樹でした。エンちゃんは、どうやってその恋を終わらせたのかを、まっすぐに聞きます。
真樹は、自分の不倫を終わらせるきっかけが「手紙」だったと打ち明けます。うまく話せなくなった最後の段階で、自分の気持ちを手紙に書き、相手からも返事をもらって、もう会わないと決めたのだと言います。そして、その手紙を書くきっかけをくれたのは、当時「やめたほうがいい」としつこく言ってきた文菜から受け取った、あたたかい手紙だったと明かされます。
この場面で印象的なのは、今の文菜が迷っている方法を、昔の文菜が誰かに手渡していたことです。文菜は過去に、言葉で誰かを引き止めたり、止めたりしようとした人だったのに、今は自分の言葉を信じられなくなっています。
真樹の回想によって、文菜がもともと“何も言えない人”ではなく、むしろ言葉で向き合おうとしてきた人だったことが見えてきます。だからこそ、現在の“書けなさ”がいっそう切なく感じられる構成でした。
イスニキャクのごはんと、「手紙は?」という提案
真樹の話を聞いたエンちゃんは、その足で文菜に会いに行きます。
場所は喫茶店イスニキャクで、いつものように食べながら話す流れなのに、会話の中身はいつもよりずっとまっすぐです。エンちゃんは遠回しにせず、「手紙は?」とそのまま文菜に提案します。
言葉にすると傷つけるかもしれない、でも言わなければ何も伝わらない。そんな文菜の迷いに対して、エンちゃんは“あたたかさのある伝え方”として手紙を出してくるわけです。この提案は恋のテクニックではなく、「うまく話せない時でも、気持ちに形を与える手段がある」と文菜に思い出させる行為でした。エンちゃんは文菜の代わりに何かを決めるのではなく、文菜の言葉を文菜の手に戻そうとします。
しかもエンちゃん自身も、半年ぶりに忠志に会って、自分が簡単には相手を手放せないことを再確認しています。誰かを好きでいるのに会わないでいることの不自然さも、エンちゃんは身をもって知ってしまったばかりです。
だからこの「手紙は?」には、文菜を助けたい気持ちだけじゃなく、自分自身も“生きている間にちゃんと向き合いたい”という思いが滲んでいました。エンちゃんが動いたことで、第7話の人間関係はさらに静かに前へ押されていきます。
公園で書けない文菜、どの言葉も嘘に見える
エンちゃんの言葉を受けて、文菜は出版社近くの公園でノートを開きます。
手紙の下書きを始めようとしますが、書き出してみると、どの言葉もどこか嘘っぽく見えてしまい、続きを書けません。書こうとしているのは本音のはずなのに、文字になった途端に自分の気持ちから遠ざかってしまうのです。
文菜は、言葉が嘘に見える感覚を通して、ふと山田の小説のことを考えます。もしかしたら山田も、こういう“書きたいのに真実から遠ざかる感じ”を抱えながら、作品を書いているのかもしれないと想像します。ここで文菜の悩みは恋愛の次元だけではなく、「書くこと」と「本当のこと」の距離まで広がっていきます。
日が少しずつ落ちて、公園の空気が冷えていくのに、文菜はその場から動けません。言葉を選ぶことと、自分の気持ちを決めることが、もうほとんど同じ作業になってしまっているからです。
第7話の文菜は、誰に会うかより先に、自分が何を感じているのかを文章にできないところで立ち止まっていました。手紙が書けないという出来事ひとつで、文菜の迷いの深さが想像以上にはっきり見える回だったと思います。
山田が持ち込んだ短編『その温度』、文菜が素材になる
文菜が公園で言葉に詰まっている同じ頃、山田は出版社へ向かいます。
そこで多田に渡したのが、短編小説の原稿でした。タイトルは『その温度』で、内容には文菜との関係を思わせる描写が色濃く含まれていたとされます。
作品の中で描かれていたのは、友人の家にいること、恋人からの電話が鳴ること、平静を装うこと、自販機の前の父子の光景など、すでに文菜と山田の間にあった時間に近いモチーフでした。
山田はそれを露骨な恋文として書くのではなく、曖昧な“友人”や“恋人かもしれない人”として書きます。けれど曖昧に書いているのに、かえって山田が文菜を“恋人のように思っている”ことがはっきり伝わってしまうのが、この短編の怖さでした。
文菜はまだその原稿の全貌を知りませんが、視聴者側には、山田がもう「ただ話を聞いてくれる小説家の先輩」ではいられない段階に来ていることが見えます。
文菜が書けないでいるあいだに、山田は文菜を素材にした言葉を書き上げてしまうという対比が、第7話の中でもかなり残酷でした。書けない人と書けてしまう人、その距離がそのまま関係の危うさにも見えてきます。
夕暮れの公園、小太郎とラーメン屋の笑える時間
日が暮れるまで公園で考え込んでいた文菜の前に、小太郎が自転車で現れます。
小太郎は難しいことを言うでもなく、ただ「ラーメンでも行かない?」と誘います。文菜はその軽さに引っぱられるように立ち上がり、一緒に元バイト先のラーメン屋へ向かいます。
ラーメン屋では店主が初孫が生まれた話を嬉しそうにしていて、文菜も小太郎も自然に笑います。重たい話をするわけでも、恋の相談をするわけでもなく、ただ目の前の湯気と会話に身を置く時間です。この場面で小太郎がしているのは、文菜を正しさへ導くことではなく、“ちゃんと笑える場所”へ一度だけ連れ戻すことでした。
二胡の死、ゆきおへの後ろめたさ、山田への相談、書けない手紙。そういう全部を抱えたままでも、ラーメンの熱さで一瞬だけ息がつけることが文菜には必要だったのだと思います。
小太郎の役割は解決策を出す人ではなく、文菜が自分を嫌いになり切る前に、日常の側へ引き戻してくれる人として描かれていました。第7話の中で小太郎の存在が妙に愛おしく見えるのは、この“救い過ぎない救い方”のおかげでした。
ゆきおと紗枝の「軽くご飯」、静かなラストの不穏
一方その頃、美容室では閉店後の片づけを終えたゆきおに、後輩の紗枝が声をかけます。
紗枝は「よかったら軽くご飯」「聞きますよ、私でよかったら」と、相談に乗るような距離で近づきます。ゆきおは「何を?」と返しつつ、最終的には「行こっか、軽く飯」と応じます。
この流れは、第7話のラストに置かれた小さな火種としてかなり効いています。
文菜が“本当のことを話すべきか”で苦しんでいるその裏で、ゆきお側にも別の対話の入口が開いてしまうからです。ゆきおと紗枝の食事は、ただの同僚の相談相手にも見えるのに、“今の文菜がいちばん見たくない場面”にも見えてしまう曖昧さがありました。
さらに放送後には、紗枝がどんな形でゆきおに踏み込むのか、ゆきお側の物語も動き始めるのではないかという声が上がっていました。
第7話の終わり方は、文菜だけが揺れているのではなく、ゆきおの側にも“別の誰かが入る余白”がもう生まれていることを示したラストだったと思います。ここまで文菜の迷いを追ってきたからこそ、次回は文菜が揺れる番ではなく“揺らされる番”になる予感が濃く残りました。
ドラマ「冬のなんかさ、春のなんかね」7話の伏線

第7話は、大きな事件が起きるというより、言葉と沈黙の中にじわじわ伏線を仕込んでくる回でした。
二胡の死をきっかけに、文菜の過去と現在がいっぺんに動き始め、そこへ山田、小太郎、紗枝までが絡みます。表面上は静かな会話劇なのに、見返すと“次が怖くなる種”がかなり多いです。
しかも今回は、伏線が分かりやすい小道具よりも、誰が何を言えなかったか、誰にだけ何を言えたか、という形で置かれています。
手紙、短編、食事の約束、伊香保の予約、そして紗枝の「聞きますよ」まで、全部が“誰とどこまで話すか”に繋がっているのが特徴です。第7話の伏線は、恋が進むサインというより、隠してきたことが隠し切れなくなっていくサインとして並んでいました。
回収された伏線:二胡の死が、文菜の現在を揺らしていること
まず第7話で回収されたのは、二胡の死が“ただの過去の悲しい出来事”ではなく、いまの文菜の恋に直接響いているという点です。文菜は葬儀後に山田と生死や創作の話をし、ゆきおの家では二胡と付き合っていた事実まで打ち明けました。
これで二胡という存在は、隠れた元カレではなく、文菜が今も抱えたままの一部として表に出たことになります。つまり第7話は、文菜が過去を“整理済みの思い出”として処理できていないことを、正面から認める回だったと言えます。
その上で、ゆきおの「大切なことをあまり話してくれないから」という一言が、二人の関係のズレを可視化しました。今まで見ないふりができていた温度差が、ここでようやく会話になったわけです。この一言が出たことで、文菜とゆきおの恋は“穏やかで優しいまま続く関係”ではなく、“話さないままでは続けられない関係”へ進んだと考えられます。第7話の回収は派手ではないけれど、かなり本質的でした。
未回収の伏線:ゆきおの違和感と、紗枝の存在
いちばん分かりやすい未回収は、ラストで置かれた紗枝の動きです。紗枝はただ食事に誘っただけとも言えますし、ゆきおの変化に何か気づいて近づいたとも見えます。ゆきおがその誘いを断らなかったことも含めて、第8話以降の揺れを予告しているようでした。
さらに怖いのは、ゆきおの違和感が今回初めて言葉になったことです。これまではやさしさが前面に出ていましたが、実はずっと「文菜は大事なことを話してくれない」と感じていた可能性があります。ゆきおはまだ問い詰めていないだけで、違和感そのものはちゃんと抱え続けていたと考えると、第8話でその違和感が別の形に変わる可能性が高いです。
しかも次回の予告では、文菜の誕生日に温泉旅行へ行ったあと、数日後に風邪を引いた文菜が山田を呼ぶと示されています。第7話の時点で紗枝とゆきおの“軽いご飯”が置かれ、第8話予告で山田と文菜の距離がまた近づくと分かっているので、両側から関係が揺れ始める構図がかなり濃厚です。ただの脇役の気配では終わらないと思います。
未回収の伏線:山田の“いるけどいない恋人”と短編『その温度』
山田に関しては、第7話で一気に情報が増えたのに、核心はむしろ曖昧になりました。亡くなった恋人を“生きているかのように抱え続けている”こと、そして文菜をモデルにしたような短編『その温度』を書いたこと。この二つが重なることで、山田が文菜をどう見ているのかが以前よりずっと複雑になっています。
短編の内容は、文菜との距離を友人とも恋人とも言い切れないまま描いていて、山田の感情の置き方がそのまま出ていました。しかも文菜が“書けない”で止まっている日に、山田は“書けた”側として原稿を持ち込んでしまう。この対比は、文菜が山田に惹かれているかどうか以前に、二人が言葉を通じて互いを必要としてしまう関係に入りかけていることを示す伏線です。
山田の恋人の話も、まだ説明が足りていません。どうして亡くなった恋人を現在形で抱えているのか、その感情が文菜への距離感にどう影響しているのかは、これから掘られる余地があります。山田は“理解者”として便利に置かれているのではなく、文菜の恋をさらに難しくするもう一つの現在として立ち始めたように見えました。第7話でその輪郭だけが強くなった分、次回以降の動きがかなり怖いです。
未回収の伏線:手紙が書けない文菜と、小太郎が開けた逃げ道
エンちゃんと真樹の流れで「手紙」という方法が提示されたのは、この回の重要な伏線でした。真樹は手紙で不倫を終わらせたし、昔の文菜自身も手紙で誰かに向き合っていました。それなのに今の文菜は、ノートの上で一文字も信じ切れない。
つまり問題は、方法が分からないことではなく、自分の気持ちの根っこを自分でまだ信用できていないことです。ここが解けない限り、ゆきおに何を伝えても、山田に何を言っても、全部どこかズレ続けるのだと思います。第7話の「書けない」は、そのまま文菜の“選べない”や“決め切れない”の象徴として機能していました。
その一方で、小太郎はラーメンという軽さで文菜を外へ連れ出します。小太郎は答えを言わないし、告白もしないけれど、文菜が自分を追い込み過ぎる流れを一度だけ止めてくれる。だから第7話の小太郎は恋の本命候補というより、“文菜が自分を嫌いになり切らずに済む逃げ道”としてかなり効いていて、ここも後半戦の大きな支えになる伏線だと感じました。第8話で文菜が誰に助けを求めるのかを見る時、小太郎のこの役割は意外と大きく効いてきそうです。
ドラマ「冬のなんかさ、春のなんかね」7話の感想&考察

第7話を見終わって、私の中にいちばん強く残ったのは、「優しさがあるから苦しい」という感覚でした。ゆきおは悪くないし、むしろすごく誠実で、あのポトフの夜だけ切り取れば本当に理想の恋人です。
それなのに文菜が救われ切らないのは、やさしい相手を前にした時ほど、自分の曖昧さや後ろめたさがはっきり見えてしまうからなんだと思います。
しかも第7話は、そういう苦しさを大声で説明しません。手紙が書けない、短編は書けてしまう、ラーメンは食べられる、でも本当のことは言えない、という細かいズレが積み重なって、気づいたら胸が詰まっているタイプの回でした。私にはこの7話が、“誰を好きか”を決める回というより、“自分がどんなふうに誰かを傷つけたくないのか”が浮き彫りになる回に見えました。
ゆきおの優しさが、いちばん逃げ場をなくしていく
私は第7話のゆきおがかなり苦しかったです。やさしい人って、怒鳴ったり責めたりしないぶん、相手に「この人を傷つけたくない」という気持ちを強く抱かせるんですよね。
ゆきおの「うれしいよ、話してくれて」は本当にあたたかいのに、その直後の「大切なことをあまり話してくれないから」が、文菜の一番見たくないところを静かに刺してくる。
あれって責め言葉ではないのに、責められるより痛いです。だって文菜自身も、話せていないことにもう気づいているから。放送後にも、ゆきおの一言が軽いのにずしっと来る、ずっと抱えていた本音がこぼれたようだ、という反応が出ていたのですが、私もまさに同じところで息が止まりました。
ゆきおはたぶん、文菜の全てを知らなくても付き合っていこうとする人です。でも、知らないままで平気な人ではない。だから私は、ゆきおの優しさが“救い”でありながら同時に“締め切り”でもあって、文菜がもう先延ばしできないところまで来てしまったのを感じました。この恋は穏やかに壊れるか、ちゃんと傷つき合って進むか、その二択に入った気がします。
文菜が手紙を書けないのは、ずるさより誠実さのほうが強いから
手紙を書こうとして書けない文菜を見て、最初は「そこまで迷うなら、もう誰とも会わなければいいのに」と思いそうにもなりました。
けれど見ているうちに、それは優柔不断というより、言葉を軽く使いたくない人の苦しさに見えてきたんです。好き、会いたい、ごめん、もう会わない、そういう言葉を一度書いたら現実になってしまうから、雑に選べない。
文菜は手紙という手段を知らないわけではありません。むしろ昔は、自分の言葉で真樹に向き合おうとした人でした。それなのに今は一行も信じられないということは、文菜が自分の気持ちを雑に処理せず、ちゃんと自分で責任を取ろうとしている証拠でもあると私は感じました。
もちろん、その誠実さが周りを傷つけないとは限らないし、遅さは遅さで罪にもなります。けれど私は、第7話の文菜を“ずるい人”としてだけは見られなかったです。文菜が書けないのは、誰かを都合よく選びたいからではなく、今の自分のどこに本音があるのかを、まだ誤魔化さずに見ようとしているからだと思いました。そのぶん、第8話で何かを言い切った時の重さはかなり大きくなりそうです。
山田と小太郎は、文菜にとって“恋人候補”以上の役割を持っている
第7話で面白かったのは、山田と小太郎がどちらも文菜の逃げ場になっているのに、その質がまったく違うところです。山田は言葉の人で、文菜の考え過ぎる頭をさらに奥へ潜らせていく相手です。小太郎は逆に、言葉より先にラーメンへ連れ出して、考えることから一回だけ救ってくれる人でした。
山田の短編『その温度』はかなり怖いですし、あれはもう“相談相手”のラインを越えています。山田は文菜を理解しているから近いのではなく、理解しようとしてしまうから危うい。一方の小太郎は、文菜の問題を解決しないまま笑わせてくれるので、恋の本命かどうかとは別に、文菜が壊れないための大事な避難所になっているように見えました。
このドラマって、誰が“いい男”かを競わせているようで、実際には文菜がどの居場所にいる時に一番自分を失わないかを見せている気がします。だから第7話は、山田と小太郎の間で心が揺れる話ではなく、文菜が“言葉の深み”と“日常の軽さ”のどちらに今の自分を置きたがっているのかが見える回として面白かったです。その意味で、文菜はまだゆきおと山田と小太郎の“誰を選ぶか”の前段階にいるのだと思います。
第8話に向けて、春はまだ遠いけれどもう匂っている
第7話のラストで紗枝がゆきおを食事に誘ったことで、文菜の側だけが揺れている時間は終わりそうです。文菜が言えないまま止まっているあいだに、ゆきおの周りにも別の会話や別の理解者が生まれる。その予感があるからこそ、次回の温泉旅行はただの誕生日イベントではなく、かなり危うい時間に見えます。
しかも公式の次回あらすじでは、文菜が風邪を引いたあと、山田を呼ぶことまで示されています。つまり第8話は、ゆきおとの“楽しい旅行”と、山田を呼ぶ“別の本音”が一本の回に入ってくるわけです。私はここで、文菜がようやく春に向かうのではなく、冬の中にもう一度深く沈むような回になるんじゃないかと予想しています。
それでも第7話を見ていると、文菜はただ壊れていく人ではなく、壊れないためにものすごく時間をかけている人にも見えます。だから私は、次回で文菜が誰かを選ぶことより先に、せめて自分の言葉を一つでも“嘘じゃない”と思えるところまで行ってほしいです。冬のなんかさ、春のなんかね、というタイトル通り、7話はまだ冬の痛みの回だったけれど、その痛みの先に春の匂いが出る直前まで来た回でもあったと私は感じました。その春がゆきおの隣なのか、山田の言葉の中なのか、それとももっと別の場所なのかを、次回で確かめたくなりました。
「冬のなんかさ、春のなんかね」の関連記事

過去の話はこちら↓




コメント