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TRICK/トリックで本物の霊能力者は誰だったのか?山田奈緒子や母里見について考察

TRICK/トリックで本物の霊能力者は誰だったのか?山田奈緒子や母里見について考察

『トリック』は、自称霊能力者の仕掛けを山田奈緒子と上田次郎が暴いていく物語です。それでもシリーズを最後まで見ると、すべてをトリックだけで説明してよいのか迷う場面がいくつも残ります。

奈緒子、ビッグマザー、山田里見、黒門島の血筋、そして完結編の言葉は、誰を「本物」と見るかによって意味が変わります。

この記事では、『トリック』の本物の霊能力者は誰だったのか、候補となる人物と未解明の描写を順に振り返り、シリーズ完結時点で詳しく考察します。

目次

トリックに本物の霊能力者はいた?完結編までの結論

トリックに本物の霊能力者はいた?完結編までの結論

『トリック』には、霊能力、予知、読心、呪い、瞬間移動など、常識では説明できない現象を起こす人物が数多く登場します。しかし、その大半は山田奈緒子と上田次郎によって仕掛けを暴かれ、超常現象ではなく人間が作り出したトリックだったことが明らかになります。

そのため、シリーズ完結時点の結論は「本物の霊能力者が一人も存在しない」ではなく、「本物だと客観的に証明された人物はいない」とするのが最も正確です。能力の存在を完全に否定できない人物は残されていますが、作品は最後まで確定的な答えを示していません。

仕掛けの余地なく超能力を証明された人物はいない

『トリック』で霊能力者を名乗る人物の多くは、超能力を使っているように見せながら、人間の思い込みや恐怖を利用しています。閉ざされた村、宗教団体、古くからの伝承といった逃げ場のない環境を作り、目の前の現象を疑うことさえ難しい状況へ人々を追い込んでいました。

奈緒子が暴くのは、機械や鏡、入れ替え、暗示といった物理的な仕掛けだけではありません。人は自分が信じたいものを信じ、救われたいと願うほど、少しの偶然にも大きな意味を与えてしまいます。

霊能力者たちは、その弱さや孤独を利用して自分の力を絶対的なものに見せていました。

ただし、すべての不思議な描写に明確な種明かしが用意されているわけではありません。ビッグマザーの最後の読心や、奈緒子と里見の不思議なつながりなど、合理的な説明だけでは閉じきらない場面も残されています。

だからこそ、『トリック』の世界に本物の霊能力者が絶対に存在しないとも言い切れません。作品が否定したのは超能力そのものより、能力があるという理由だけで誰かを崇拝し、思考や人生を委ねてしまう人間の危うさだったと考えられます。

能力描写の最有力はビッグマザー、物語の中心候補は奈緒子

本物の霊能力者に最も近い人物を一人だけ挙げるなら、何を基準にするかで答えが変わります。説明されていない能力描写を基準にすれば、最有力は母之泉のビッグマザーです。

ビッグマザーが披露したすべての現象が本物だったわけではありません。封筒を使った読心術や空中浮遊には仕掛けがあり、教団が演出していた奇跡の多くは作られたものでした。

それでも、最後に奈緒子の内面へ踏み込んだ読心については、奈緒子も明確なトリックを示していません。事前に情報を集めていた可能性や、奈緒子の反応から推測した可能性は残るものの、能力ではないと断定できる材料もありません。

一方、物語全体を通して本物かもしれない存在として描かれているのは奈緒子です。奈緒子は超常現象を否定する側に立ちながら、自分自身が黒門島のカミヌーリの血を引き、霊能力者として扱われる可能性に何度も直面します。

つまり、ビッグマザーは「実際に能力を使ったかもしれない人物」、奈緒子は「本物かもしれないという問いを背負い続けた人物」です。二人は同じ理由で有力候補なのではなく、それぞれ異なる角度から『トリック』の本物論を支えています。

「本物と呼ばれたこと」と「能力が証明されたこと」は別

奈緒子はシーズン3最終回で、本物の霊能力者として扱われます。しかし、周囲から「本物」と呼ばれたことと、客観的な条件のもとで能力を証明したことは同じではありません。

奈緒子が受けた玉当て試験は、奈緒子の答えに結果を合わせられる構造になっていました。試験を行う側が最初から奈緒子を本物として成立させようとしていたため、何度正解したように見えても、奈緒子に透視能力がある証拠にはなりません。

ここで重要なのは、周囲が奈緒子の能力を発見したのではなく、奈緒子へ「お前は本物だ」という役割を押し付けたことです。血筋、伝承、共同体の都合が重なり、本人の意思とは関係なく霊能力者としての立場を与えようとしていました。

奈緒子が恐れたのは、自分の中に本当に力があるかどうかだけではありません。自分が何者なのかを他人に決められ、父や母の過去、黒門島の因縁から逃げられなくなることでした。

本物という称号は栄誉ではなく、奈緒子の自由を奪う支配の言葉として機能しています。

山田奈緒子は本物の霊能力者なのか

山田奈緒子は本物の霊能力者なのか

山田奈緒子は、『トリック』でもっとも長く本物の霊能力者の可能性を背負わされた人物です。しかし、奈緒子が明確な超能力を披露し、その力がトリックではないと証明された場面はありません。

それでも奈緒子が有力候補から外れないのは、黒門島の血筋、母・里見との不思議な感応、危険を察知するような描写がシリーズを通じて繰り返されるからです。奈緒子の能力は、あるともないとも言い切れない位置に置かれ続けています。

奈緒子は黒門島のカミヌーリの血を引いている

奈緒子の母・山田里見は、黒門島に代々伝わるカミヌーリの家系に生まれました。奈緒子もその血を引いており、本人の知らないところで霊能力者の系譜と結び付けられています。

ただし、特別な家系に生まれたことは、それだけで超能力の証明にはなりません。黒門島では血筋と伝承が共同体の秩序を維持する道具になっており、誰がカミヌーリを継ぐかという問題には、人々の恐怖や支配欲も絡んでいました。

奈緒子が自分の出自を知って動揺するのは、霊能力が使えるかもしれないからだけではありません。奈緒子は幼い頃に父・剛三を失い、母とも距離を置きながら生きてきました。

そこへ突然、父の死や母の血筋と結び付いた役割を突き付けられ、自分の人生が最初から決められていたような恐怖を味わいます。

『トリック』における血筋は、能力を保証する設定ではなく、人を縛る物語として描かれています。奈緒子が最終的に問われるのも、霊能力者であるかどうかではなく、その血筋によって与えられた運命を受け入れるのか、自分自身の意思で生き方を選ぶのかという問題です。

シーズン3の玉当て試験は能力証明にならない

シーズン3最終回では、奈緒子が玉当て試験に挑み、連続して正解したように見える展開があります。この場面だけを見ると、追い詰められた奈緒子の霊能力が覚醒したようにも受け取れます。

しかし、試験は奈緒子の答えに合わせて結果を操作できるように作られていました。奈緒子がどちらを選んでも、試験を行う側は正解として見せられるため、そもそも能力の有無を公平に確かめる条件が成立していません。

この仕掛けの目的は、奈緒子をだまして金銭を奪うことだけではありません。奈緒子自身に「自分には本当に力があるのかもしれない」と思わせ、カミヌーリの血を引く存在として役割を引き受けさせることにありました。

奈緒子は普段、マジシャンとして人をだます仕掛けを熟知しています。その奈緒子が、自分の出自と父の死に関わる問題では冷静さを失い、自分自身に仕掛けられたトリックへ取り込まれてしまう。

この逆転によって、奈緒子の心の傷がどれほど深いかが示されています。

奈緒子の直感と里見とのつながりに残る余白

奈緒子と里見の間には、離れていても相手の危機や状態を感じ取っているように見える場面があります。里見は奈緒子と何らかの力でつながっている人物として描かれていますが、それが霊能力なのか、母親としての直感なのかは確定していません。

里見は書道家として堂々と振る舞いながら、現実的で商売にも抜け目のない人物です。超常的な力を前面に出して人を支配するのではなく、能力があるかもしれないことさえ日常の一部として受け流しています。

この距離感は、ビッグマザーや黒門島の人々とは大きく異なります。能力を権威へ変えようとしないからこそ、里見の不思議な言動には、かえって本物らしさが残ります。

奈緒子にも、危険を予感したような反応や、理屈だけでは説明しにくい直感があります。しかし、それらは長い事件経験から生まれた観察力や、マジシャンとしての感覚でも説明できます。

作品は奈緒子の能力を否定せず、同時に証明もしないことで、「本人にも分からない力」として余白を残しました。

ラストステージの大爆発の夢も決定打ではない

『トリック劇場版 ラストステージ』では、奈緒子とボノイズンミが、後に起こる大爆発を予感するような夢を見ます。未来の出来事を共有するような描写であり、奈緒子に予知能力がある可能性を感じさせる場面です。

ただし、この夢だけで霊能力が証明されたとは言えません。村の地下で進んでいた異変や地中の振動を、奈緒子やボノイズンミが眠っている間に身体で感じ取り、それが夢の形になった可能性も考えられます。

また、物語上の演出として、二人が同じ危機へ向き合う運命を示したとも受け取れます。ボノイズンミは予言者として村の恐怖を背負い、奈緒子は超常現象を否定する人物でありながら、最後には彼女と同じ危険を察知する側へ近づきます。

それでも奈緒子が霊能力者になったとは断定できません。奈緒子が受け継いだのはボノイズンミの能力ではなく、人々を守るために危険を引き受ける役割です。

能力が継承されたというより、孤独だった二人の選択が重なった場面と見る方が、完結編のテーマに合っています。

ビッグマザーは本物の霊能力者だったのか

ビッグマザーは本物の霊能力者だったのか

能力描写だけで比較するなら、ビッグマザーは『トリック』で本物に最も近い人物です。しかし、彼女が起こした奇跡の多くには仕掛けがあり、すべての力が本物だったわけではありません。

ビッグマザーの評価を難しくしているのは、偽物として暴かれた現象と、最後まで説明されなかった読心が同じ人物の中に共存していることです。彼女は完全な詐欺師とも、純粋な能力者とも言い切れない存在として残されています。

封筒の読心術と空中浮遊にはトリックがあった

母之泉では、ビッグマザーが信者の書いた内容を読み取り、空中へ浮かび上がる奇跡を披露します。信者たちは、自分しか知らないはずの悩みを言い当てられたことで、ビッグマザーの力を疑えなくなっていました。

しかし、封筒を使った読心術には、本人が答えを口にする前に内容を把握できる仕掛けがありました。空中浮遊も鏡を利用した視覚的なトリックであり、実際にビッグマザーの身体が宙へ浮いていたわけではありません。

教団にとって奇跡は、人を救うためのものではなく、信者を服従させるための舞台装置になっていました。悩みを抱える者ほど、理解されたという安心を求め、仕掛けを疑う力を失っていきます。

この点だけを見れば、ビッグマザーも他の自称霊能力者と同じです。能力があると信じ込ませるために演出を使い、信仰を組織の力へ変えていました。

最後の読心だけは仕掛けが明かされていない

それでもビッグマザーが最有力候補として残るのは、奈緒子と向き合った最後の読心に明確な種明かしがないからです。ビッグマザーは、教団の通常の仕掛けだけでは知り得ないように見える奈緒子の内面や過去へ踏み込みます。

奈緒子は多くの自称能力者を追い詰めてきましたが、この場面では完全な説明を示していません。ビッグマザーが事前に奈緒子の情報を調べていた可能性や、奈緒子の表情と言葉から推測した可能性は残りますが、作中でその方法が確定しているわけではありません。

そのため、ビッグマザーを「本物だった」と断定することも、「すべて偽物だった」と切り捨てることもできません。少なくとも、最後の読心だけは、視聴者が能力の存在を疑い続けられる余白として残されています。

『トリック』は、第1シリーズの早い段階から、偽物の奇跡の奥に本物が隠れているかもしれないという構造を提示していました。ビッグマザーは、その後のシリーズ全体を貫く「すべて説明できても、本当にそれで終わりなのか」という不安の出発点です。

本物の可能性があっても救済者になれなかった理由

ビッグマザーに本当の能力があったとしても、彼女が人々を救えたとは限りません。母之泉は、苦しみを抱えた者が集まる場所である一方、信者の依存を深め、外の世界から切り離す共同体になっていました。

ビッグマザー自身も、最初から冷酷に人を支配することだけを望んでいたとは言い切れません。誰かの苦しみを言い当て、救いを求める人々から必要とされるうちに、救済者という役割から降りられなくなった可能性があります。

さらに、その権威を利用する周囲の人間も存在します。信仰が大きな組織になると、能力の有無とは別に、金銭、地位、支配を守ろうとする者が現れます。

ビッグマザーは人々を支配する側であると同時に、自分を神聖な存在として維持しなければならない孤独にも閉じ込められていました。

ここに、『トリック』が描く霊能力者の悲しさがあります。本物の力を持っていたとしても、その力が本人を幸福にするとは限りません。

人から求められ続けることは承認であると同時に、弱さを見せられない牢獄にもなります。

里見・ボノイズンミ・カミハエーリは本物なのか

里見・ボノイズンミ・カミハエーリは本物なのか

奈緒子とビッグマザー以外にも、本物の霊能力者ではないかと考えられる人物や存在があります。とくに山田里見とボノイズンミには、合理的な説明だけでは片付けにくい描写が残されています。

一方、カミハエーリは個人の名前として誤解されやすいものの、特定の一人の能力者を指す言葉ではありません。それぞれの立場を分けて考えることで、本物候補を必要以上に広げずに整理できます。

山田里見は奈緒子との感応を示唆されるが未証明

山田里見は、黒門島のカミヌーリの家系に生まれた人物です。離れて暮らす奈緒子の危機や異変を感じ取っているように見えることがあり、母娘の間に何らかの感応が存在する可能性を残しています。

ただし、里見が霊能力を使って客観的な結果を出したわけではありません。娘の性格や行動を熟知している母親だからこそ、離れていても奈緒子の状況を予想できたとも考えられます。

里見の特徴は、自分の血筋や不思議な感覚を権威として振りかざさない点です。むしろ現実的で、奈緒子以上にたくましく、霊能力より生活力や商売感覚で周囲を圧倒します。

本物の力があるとしても、それを特別視しない里見の姿勢は、能力に人生を支配される奈緒子と対照的です。里見は血筋を背負いながら、その血筋だけに自分を決めさせなかった人物だと考えられます。

ボノイズンミの予知は土地の異変を感じ取った可能性がある

ボノイズンミは、村に訪れる災いを予知する人物として恐れられていました。彼女の言葉は迷信として片付けられていましたが、最終的には村の地下に現実の危険が存在していたことが分かります。

そのため、ボノイズンミが未来を超能力で見ていた可能性は残ります。一方で、長くその土地で暮らしていた彼女が、地中の音、振動、空気の変化といったわずかな異常を無意識に感じ取っていたとも考えられます。

重要なのは、予知が本物かどうかより、彼女が村を守るために孤独を引き受けていたことです。人々は彼女の言葉を恐れながら、その意味を理解しようとはせず、異質な存在として遠ざけていました。

奈緒子が最後に引き受けたのも、ボノイズンミの霊能力そのものではありません。誰にも理解されないまま危険を訴え、人々を守ろうとした彼女の役割です。

二人をつないだのは能力の継承ではなく、他人のために自分を危険へ置く選択でした。

カミハエーリは一人の能力者ではなく村を治める役職

カミハエーリは、特定の一人の霊能力者を指す固有名ではありません。村を治める霊媒師の地位や役割を表すものであり、後継者を選ぶ仕組みも存在します。

そのため、「カミハエーリという最強の霊能力者がいる」と考えるのは正確ではありません。候補者として集められた者たちが全員本物だったわけでもなく、その地位には能力だけでなく共同体の権力や伝承が結び付いています。

カミハエーリという役割が示しているのは、霊能力者が個人の才能だけで生まれるのではなく、周囲から作られることもあるという事実です。人々が権威を必要とし、特定の人物へ意味を集中させることで、「本物」が社会的に作り上げられていきます。

シーズン3で奈緒子が本物に仕立てられそうになった展開も、この構造と重なります。奈緒子に本当の力があるかどうかより、共同体が奈緒子を必要としていたことの方が重要でした。

ラストステージが本物の霊能力者を確定しなかった理由

ラストステージが本物の霊能力者を確定しなかった理由

『トリック劇場版 ラストステージ』は、本物の霊能力者の正体を発表して終わる作品ではありません。むしろ完結編では、「本物」という言葉が超能力の証明から、奈緒子と上田の関係を確かめる言葉へ変わっていきます。

本物か偽物かを問い続けたシリーズの最後に残されたのは、科学的な結論ではなく、相手が戻ってくると信じられるかという問題でした。超能力を否定してきた上田が、証拠のないまま奈緒子を待ち続けることに、完結編最大の意味があります。

上田が探していたのは霊能力者ではなく奈緒子だった

奈緒子は村を大爆発から守るため、地下で危険な役割を引き受け、その後は消息不明になります。上田に残されたのは、奈緒子が生きているという証拠ではなく、奈緒子が死後の世界からでも連絡するという約束だけでした。

一年後、上田は本物の霊能力者を名乗る人物を募集します。表向きは超能力を証明する企画ですが、その本当の目的は、奈緒子からの連絡を待つことにありました。

上田は長い間、霊能力者を科学で否定し、自分の知識を誇示してきた人物です。その上田が、合理的な根拠のない約束を捨てずに待つ姿は、シリーズを通じた大きな変化でした。

上田が信じたのは死後の世界でも、霊能力でもありません。どれほど不利な状況でも生き延び、金に困れば賞金へ食いつき、突然目の前へ現れる山田奈緒子という人間です。

上田にとっての「本物」は、能力者ではなく奈緒子本人でした。

最後の「私は本物です」が持つ二重の意味

完結編の最後、奈緒子は上田の前に現れ、自分が本物であると名乗ります。この言葉だけを切り取ると、奈緒子が自分の霊能力を認めたようにも見えます。

しかし、奈緒子が賞金を目当てに、本物の霊能力者を名乗って上田の企画へ現れるのは、これまでの奈緒子らしい行動でもあります。生活に困り、目の前の報酬に飛びつく姿は、神秘的な能力者というより、シリーズ当初から変わらない奈緒子そのものです。

同時に、その言葉は上田への返事にもなっています。上田が探し続けた相手が、偽物や幻ではなく、本物の山田奈緒子として帰ってきたことを示す言葉です。

つまり「私は本物です」には、「私は本物の霊能力者です」という表向きの意味と、「あなたが待っていた本物の山田奈緒子です」という感情的な意味が重なっています。霊能力の証明ではなく、二人の再会を成立させるための言葉と受け取るのが自然です。

第1話のマジックへ戻るラストが示す原点回帰

奈緒子は最後に、第1シリーズの冒頭でも披露していたマジックを上田の前で見せます。シリーズの始まりと同じ構図へ戻ることで、長く続いた物語は原点へ帰っていきます。

奈緒子が本当に記憶を失っているのか、それとも上田を覚えていながら知らないふりをしているのかは、明確に確定していません。しかし、同じマジックを選んだことは、二人の関係が完全に消えていないことを示しているように見えます。

上田にとっても、そのマジックは奈緒子が奈緒子であることを確かめる手掛かりです。科学的な検査や超能力の実証より、二人だけが共有してきた記憶の方が、目の前の人物を本物だと信じる理由になります。

恋愛関係を明確な言葉で確定させず、再会の意味さえ完全には説明しないところも、『トリック』らしい結末です。奈緒子と上田は最後まで気持ちを正面から語りませんが、言葉にしないまま相手を選び続けてきました。

血筋より自分の選択を選んだ奈緒子

奈緒子はシリーズを通じて、黒門島の血筋と霊能力者としての役割から逃げようとしてきました。周囲から本物だと言われても、その立場を喜んで受け入れることはありません。

しかし完結編では、村を守るために自分から危険な役割を引き受けます。これは、奈緒子が霊能力者としての運命を受け入れたという意味ではありません。

シーズン3では、他人が奈緒子を本物に仕立て、役割を強制しようとしました。それに対して完結編の奈緒子は、自分の意思でボノイズンミに代わる行動を選びます。

同じように人々を守る立場へ立っても、誰が決めたのかという点が大きく異なります。

奈緒子は血筋に従ったのではなく、自分が目の前の人々を見捨てられないから動きました。超能力者であるかどうかに関係なく、その選択こそが奈緒子の本物らしさです。

『トリック』の結末は、本物の力を持つ者が世界を救う物語ではありません。特別な力が証明されなくても、自分の恐怖を越え、誰かのために行動できる人間を描いた物語だったと考えられます。

トリックの本物の霊能力者に関するFAQ

トリックの本物の霊能力者に関するFAQ

ここでは、『トリック』の本物の霊能力者をめぐって検索されやすい疑問を、シリーズ完結時点の内容に沿って整理します。能力があると断定できる事実と、解釈が残されている描写を分けて確認していきます。

結局、本物に最も近いのは誰?

能力描写だけなら、ビッグマザーが本物に最も近い人物です。通常の読心術や空中浮遊には仕掛けがありましたが、奈緒子の内面や過去へ踏み込んだ最後の読心方法は明確に解明されていません。

ただし、シリーズ全体で本物かもしれない存在として描かれた中心人物は奈緒子です。ビッグマザーは能力面、奈緒子は物語面での最有力候補と分けると理解しやすくなります。

山田奈緒子が本物の霊能力者と言われるのは何話?

奈緒子が本物の霊能力者として扱われるのは、シーズン3最終回の孤島を舞台にした事件です。黒門島のカミヌーリの血を引くことと、玉当て試験で正解したように見えたことから、本物として祭り上げられます。

ただし、その試験には結果を操作できる仕掛けがありました。奈緒子が本物と呼ばれた回ではありますが、能力が証明された回ではありません。

シーズン3の玉当て試験は本当の超能力だった?

玉当て試験は、奈緒子の超能力を証明するものではありません。奈緒子の答えに合わせて正解を作れる仕組みだったため、試験を行う側が望めば、奈緒子を何度でも正解者に見せられました。

この試験は能力測定ではなく、奈緒子自身に力があると思い込ませるための演出です。奈緒子を血筋と伝承によって支配しようとした仕掛けと考えられます。

ビッグマザーは本物と確定している?

ビッグマザーが本物の霊能力者だったとは確定していません。彼女が披露した封筒の読心術や空中浮遊にはトリックがあり、教団の奇跡の多くは作られたものでした。

一方、最後に奈緒子の心や過去を読み取った方法は明かされていません。そのため、本物と断定はできないものの、能力が完全には否定されていない人物です。

山田里見に霊能力はある?

里見に霊能力があるとは明確に証明されていません。ただし、カミヌーリの家系に生まれ、離れている奈緒子の異変を感じ取っているような描写があるため、何らかの感応力を持つ可能性は残されています。

母親として奈緒子を理解しているだけとも考えられます。作品は里見の力についても、超能力と直感の境界を曖昧にしています。

ボノイズンミの予知は本物だった?

ボノイズンミが村の危機を予知していたように見えるのは事実ですが、超能力だったとは断定できません。長年その土地で暮らしていたため、地中の振動や環境の変化を敏感に感じ取っていた可能性もあります。

彼女の重要性は予知能力の真偽より、危険を理解されないまま村を守ろうとしていた点にあります。奈緒子が受け継いだのも、能力ではなくその自己犠牲的な役割でした。

カミハエーリとは人物名?

カミハエーリは特定の人物名ではありません。村を治める霊媒師の地位や役割を示す言葉で、後継者を選ぶ仕組みも存在します。

そのため、カミハエーリを一人の最強霊能力者として数えるのは正確ではありません。能力者個人というより、共同体が作り出した権威として捉える必要があります。

ラストステージ最後の奈緒子は生きている?

最後に上田の前へ現れた奈緒子は、生存して戻ってきたと考えるのが自然です。爆発後に南の島で保護された女性の情報があり、その後、奈緒子本人と見られる女性が上田の企画へ現れています。

死亡した奈緒子の霊が現れたと断定できる描写はありません。最後の場面は超常的な復活ではなく、消息不明だった奈緒子の帰還として受け取れます。

奈緒子は本当に記憶喪失だった?

奈緒子が本当に記憶を失っていたのかは確定していません。上田を知らないように振る舞う一方で、第1シリーズ冒頭と同じマジックを披露するため、記憶の一部が残っている可能性や、奈緒子が演技をしている可能性も考えられます。

明確な答えを出さないこと自体が、奈緒子と上田の関係らしい締め方です。上田は記憶の有無を証明するより、目の前の奈緒子を受け入れようとしていました。

最後の「私は本物です」はどういう意味?

「私は本物です」は、奈緒子が自分の霊能力を認めたと確定する台詞ではありません。賞金を得るために本物の霊能力者を名乗るという、奈緒子らしい表向きの意味があります。

同時に、「上田が待っていた本物の山田奈緒子が戻ってきた」という意味も重なっています。能力の証明ではなく、二人の再会を成立させる二重の言葉と考えられます。

本物の霊能力者を追う最短の視聴順は?

本物の霊能力者に関する縦軸を優先するなら、第1シリーズの母之泉編、黒門島編、シーズン3最終章、『トリック劇場版 ラストステージ』の順がおすすめです。母之泉編ではビッグマザー、黒門島編では奈緒子と里見の血筋が描かれます。

その後、シーズン3最終章で奈緒子が本物に仕立てられる過程を確認し、完結編で「本物」という言葉の最終的な意味を見届けると、シリーズ全体の考察がつながります。

まとめ|トリックで本物と断定された霊能力者はいない

まとめ|トリックで本物と断定された霊能力者はいない

『トリック』には、本物の霊能力者だと仕掛けの余地なく証明された人物はいません。能力描写では、最後の読心方法が明かされなかったビッグマザーが最有力ですが、本物と確定しているわけではありません。

山田奈緒子は黒門島のカミヌーリの血を引き、シーズン3では本物の霊能力者として扱われます。しかし、玉当て試験には結果を操作できる仕掛けがあり、奈緒子の能力を証明するものではありませんでした。

里見やボノイズンミにも不思議な感応や予知を思わせる描写がありますが、超能力と直感の境界は最後まで曖昧です。カミハエーリも一人の最強能力者ではなく、共同体の中で受け継がれる役職でした。

完結編で上田が探した「本物」は、科学的に証明された霊能力者ではありません。消息を絶った奈緒子が生きて戻ることを信じ、その本人を待ち続けていました。

最後の「私は本物です」は、奈緒子が霊能力者だと認める言葉ではなく、上田が探していた本物の山田奈緒子が帰ってきたことを示す言葉と受け取れます。『トリック』が最後に肯定したのは、特別な能力ではなく、証明できない状況でも相手を信じ、自分の意思で誰かを守ろうとする人間の選択だったのです。

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