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ドラマ「僕たちがやりました(僕やり)」の葉山奨之の役は?マルを解説

ドラマ「僕たちがやりました(僕やり)」の葉山奨之の役は?マルを解説

ドラマ『僕たちがやりました』で葉山奨之さんが演じたのは、トビオの仲間・マルこと丸山友貴です。マルは、トビオ、伊佐美、パイセンと“そこそこ”楽しい日常を過ごしていた凡下高校の生徒であり、矢波高校への復讐計画が始まる大きなきっかけになる人物です。

ただ、マルはただの被害者ではありません。市橋たちに暴行されたことで同情を集める一方、爆破事件後は自己保身や裏切り、金への執着も見せていきます。見ていて腹が立つ場面もありますが、その弱さこそが『僕たちがやりました』という作品の人間臭さを強くしています。

この記事では、ドラマ『僕たちがやりました』で葉山奨之さんが演じたマル/丸山友貴の役柄、主要キャスト、あらすじ、裏切りの理由、最終回での立ち位置について詳しく紹介します。

目次

ドラマ『僕たちがやりました』で葉山奨之が演じた役はマル/丸山友貴

葉山奨之はトビオの仲間・マルこと丸山友貴役

『僕たちがやりました』で葉山奨之さんが演じたのは、丸山友貴です。作中では本名よりも「マル」と呼ばれることが多く、窪田正孝さん演じるトビオ、間宮祥太朗さん演じる伊佐美、今野浩喜さん演じるパイセンと一緒に行動する凡下高校の仲間です。

マルは、4人組の中ではどこか弟分のようにも見える存在です。強く前に出るタイプではなく、ノリに乗りながらも、どこか小物っぽさや弱さがにじむ人物として描かれます。葉山奨之さんは、その頼りなさと憎めなさ、そして後半で見えてくる自己保身の嫌さを含めてマルを演じています。

マルは復讐計画のきっかけになる凡下高の同級生

マルは、物語の大きなきっかけを作る人物です。トビオたちはもともと、矢波高校の不良たちを恐れながらも、直接的に大きな事件へ関わっていたわけではありません。しかし、マルが矢波高の市橋たちに目をつけられ、激しく暴行されたことで、4人の日常は一気に変わります。

血まみれになったマルの姿は、トビオたちに怒りを生みます。仲間を傷つけられた怒りが、矢波高校への復讐へ変わっていく。つまりマルは、被害者であると同時に、トビオたちが加害へ踏み出す引き金になる人物でもあります。

キャスト検索の読者にまず伝えたいマルの立ち位置

「僕たちがやりました 葉山奨之」と検索している人にまず伝えたいのは、マルがただの脇役ではないということです。マルは、復讐計画のきっかけであり、共犯関係の中で友情の脆さを見せる存在でもあります。

マルは、被害者でありながら、罪を前にした時に自分だけ助かろうとする人間の弱さを映す重要キャストです。

だからこそ、マルは「かわいそうな友人」でも「ただの裏切り者」でも終わりません。彼の弱さやずるさを通して、『僕たちがやりました』は、友情が罪の前でどれほど簡単に崩れるのかを描いています。

『僕たちがやりました』の主要キャスト一覧

『僕たちがやりました』は、トビオたち4人の共犯関係を中心に、蓮子、市橋、今宵、飯室、菜摘、輪島といった人物が複雑に絡み合う作品です。マルを理解するには、彼が被害者であること、共犯者になること、そして裏切りや自己保身を見せることまで押さえておく必要があります。

登場人物キャスト役柄
増渕トビオ窪田正孝“そこそこ”に生きていた主人公
蒼川蓮子永野芽郁トビオの幼なじみで、恋と日常を象徴する存在
市橋哲人新田真剣佑矢波高校の不良グループのリーダー
伊佐美翔間宮祥太朗トビオの仲間で共犯者のひとり
丸山友貴/マル葉山奨之復讐計画のきっかけになる友人
小坂秀郎/パイセン今野浩喜凡下高OBで、トビオたちとつるむ先輩
新里今宵川栄李奈伊佐美の彼女
立花菜摘水川あさみトビオたちの担任教師
飯室成男三浦翔平爆破事件を追う刑事
輪島宗十郎古田新太事件の裏側に関わる闇社会の大物

葉山奨之が演じるマルはどんなキャラクター?

マルは4人組の中で弟分のように見える存在

マルは、トビオ、伊佐美、パイセンとつるむ4人組の一人です。見た目や雰囲気も含めて、4人の中では弟分のように見える存在で、強いリーダーシップを持つタイプではありません。

その頼りなさや小物感が、マルの特徴です。ふざけた日常の中では、その弱さがかわいげにも見えます。しかし事件後、その弱さは自己保身や裏切りとして表に出ていきます。マルは、弱い人間が追い詰められた時にどう行動するのかを見せる人物です。

矢波高への悪態が市橋の怒りを買い、暴行されてしまう

マルは、矢波高校の不良たちが暴力を振るう現場に遭遇した時、小さく悪態をつきます。その言葉を市橋に聞かれてしまい、彼は目をつけられます。

この悪態は、強い相手に正面から立ち向かうものではありません。弱い側が陰で吐いたささやかな反抗です。しかし、市橋たちの暴力の前では、その小さな言葉さえ危険な火種になります。マルはその結果、激しく暴行され、トビオたちの怒りを一気に引き出す存在になります。

マルの傷が、トビオたちの復讐心を一気に動かす

血まみれになったマルを見たトビオ、伊佐美、パイセンは大きく動揺します。いつもの軽い日常が壊れ、仲間を傷つけられた怒りが4人を復讐へ向かわせます。

ここで重要なのは、マルが確かに被害者であることです。暴力を受けたマルを見て、トビオたちが怒るのは自然です。しかし、その怒りをどう扱うかが問題でした。冷静に向き合うのではなく、イタズラ半分の復讐へ向かったことで、4人は被害者側から加害者側へ踏み出してしまいます。

ただの被害者ではなく、後半では自己保身の弱さも見せる

マルは被害者として始まりますが、事件後はただ同情される人物ではなくなります。空港での裏切りや、トビオの金を奪って熱海へ逃げる行動によって、彼の自己保身がはっきり見えてきます。

マルは、被害者でありながら、罪を前にした時には自分だけ助かろうとする弱さを見せる人物です。

この二面性が、マルを厄介で人間臭いキャラクターにしています。被害を受けたからといって、その後の行動がすべて正当化されるわけではありません。マルは、被害者性と加害性、弱さとずるさが同時に存在する人物です。

マルとトビオたち4人の関係を整理

トビオにとってマルは“そこそこ”な日常を共有する友人

トビオにとってマルは、伊佐美やパイセンと同じく“そこそこ”楽しい日常を共有する友人です。ボウリングやカラオケでふざけ合う日々の中で、マルは当たり前のようにその輪にいます。

だからこそ、マルが傷つけられた時、トビオは強く反応します。仲間を傷つけられた怒りは、トビオにとって自分の日常を壊された怒りでもあります。マルは、トビオたちの軽い日常が暴力によって破られる瞬間を背負う人物です。

伊佐美・パイセンにとっても、マルの暴行は復讐の引き金になる

マルの暴行は、トビオだけでなく伊佐美やパイセンにも大きな衝撃を与えます。仲間が血まみれになった姿を見たことで、4人の感情は一気に復讐へ向かいます。

ただし、伊佐美やパイセンも、その怒りを大人の判断で止めることができません。パイセンの金とノリ、伊佐美の勢い、トビオの怒りが混ざり、復讐は現実の計画へ変わっていきます。マルの傷は、4人の関係を強く結びつけるように見えますが、同時に彼らを共犯へ向かわせる入口にもなります。

爆破事件後、4人は仲間から共犯関係へ変わっていく

矢波高校で爆破事件が起きた瞬間、4人の関係は変わります。それまでの4人は、ただ一緒に遊ぶ仲間でした。しかし事件後は、同じ秘密を抱える共犯者になります。

この変化は、4人の友情を強くするのではなく、むしろ脆さを浮かび上がらせます。誰がどこまで責任を負うのか、誰が逃げるのか、誰が裏切るのか。事件が起きる前には見えなかった弱さが、爆破事件後に一気に表に出ていきます。

マルの自己保身が、友情のきれいごとを壊していく

マルは、共犯関係の中で最も分かりやすく自己保身を見せる人物です。空港での約束を破り、トビオの金を奪い、熱海で豪遊する。どれも、仲間より自分を優先する行動です。

マルの行動は、見ていて腹が立ちます。しかし同時に、罪を前にした時に人がどれだけ簡単に自分を守ろうとするのかを見せています。マルがいることで、4人の友情はきれいごとでは済まなくなります。共犯関係は友情の証ではなく、恐怖と自己保身でつながった危うい関係でもあるのです。

マルはなぜ裏切った?自己保身と金への執着を解説

空港に来なかったマルは、最初から自分だけ助かろうとしていた

マルの裏切りがはっきり見えるのは、海外逃亡を図る場面です。トビオたちは逃げようとしますが、マルは空港に現れません。あとから、最初から約束をすっぽかすつもりだったことを明かします。

この行動は、マルの自己保身を強く表しています。仲間と一緒に逃げるのではなく、自分だけ別の道を選ぼうとする。もちろん恐怖があったのは分かります。しかし、その恐怖が仲間を平気で置いていく行動につながるところに、マルの弱さがあります。

トビオの金を奪って熱海へ逃げた行動が、マルの弱さを露出させる

マルは、トビオの金を奪って熱海へ逃げます。さらに、その金を使って夜の街で豪遊し、目の前の楽しさへ流されていきます。

この場面のマルは、逃亡者というより、罪悪感や恐怖を金と快楽でごまかす子どものように見えます。自分が何をしたのか、仲間をどう裏切ったのかを考えるより、今だけ楽しく過ごしたい。マルの弱さは、分かりやすく情けなく、同時にとても人間臭いものです。

マルの裏切りは悪意だけでなく、恐怖と損をしたくない本音から生まれる

マルの裏切りは、単純な悪意だけでは説明しきれません。彼は強い悪人というより、恐怖に弱く、損をしたくない気持ちが強い人物です。自分が痛い目を見るのは嫌だし、自分だけでも助かりたい。その本音が、行動にそのまま出ています。

もちろん、それで裏切りが許されるわけではありません。ただ、マルの行動には「人は追い詰められると、ここまで小さくなる」というリアルさがあります。だからこそ、マルは不快でありながら、どこか見覚えのある弱さを持った人物として残ります。

マルがいることで、共犯関係が友情だけでは保てないことが見える

マルの存在は、4人の共犯関係を冷たく照らします。もし4人が最後まできれいな友情だけで結ばれていたら、物語はもっと分かりやすい青春ドラマになっていたかもしれません。

しかし実際には、マルは裏切り、逃げ、金にすがります。そこにあるのは、友情よりも恐怖であり、仲間意識よりも自己保身です。マルがいることで、『僕たちがやりました』は、罪を抱えた友情がどれほど脆いものなのかを描いています。

ネタバレあり|マルは最終回でどうなる?

ここからは、ドラマ『僕たちがやりました』の後半と最終回のネタバレを含みます。マルは自己保身の強い人物ですが、最終回に向けて4人とともに自首へ向かう流れに加わります。ただし、その変化は完全な成長というより、最後まで弱さを残した人間らしい着地です。

市橋の死をきっかけに、マルも自首を覚悟する側へ向かう

市橋の死は、トビオたちにとって逃げてきた罪を決定的に突きつける出来事です。マルもまた、その流れの中で自首を覚悟する側へ向かっていきます。

マルはこれまで、自分だけ助かろうとする行動を何度も見せてきました。それでも、市橋の死によって、もうなかったことにはできない現実が4人の前に立ちはだかります。マルが自首へ向かうことは、彼が完全に立派になったというより、逃げ切れないところまで追い詰められた結果でもあると受け取れます。

“最高の自首”では、逃げてきた4人がもう一度同じ方向を向く

最終回前、トビオ、伊佐美、マル、パイセンは“最高の自首”を計画します。普通に警察へ行くだけでは、輪島の力でもみ消される可能性があるため、世間に向けて自分たちの罪を告白しようとします。

ここで4人は、逃げるためではなく、罪を認めるためにもう一度同じ方向を向きます。マルもその一人です。自分だけ逃げようとしていたマルが、再び4人の中に戻ることで、共犯関係は一度だけ「罪を認める共同体」のように見えます。

拉致後のマルは恐怖から逃げ出し、最後まで弱さを隠せない

ただし、最終回のマルは完全に強くなるわけではありません。公開自首の後、4人は輪島側の人間に拉致されます。そこで恐怖に直面したマルは、やはり逃げ出す側へ傾きます。

この行動は、マルらしい弱さです。自首を決めたからといって、人は急に強くなれるわけではありません。マルは最後まで、怖いものは怖いし、自分を守りたい気持ちを捨てきれない人物として描かれます。その未完成さが、逆にリアルです。

マルの結末は、完全な成長よりも人間の弱さを残している

マルの結末は、分かりやすい成長物語ではありません。裏切り者が改心して立派になる、という単純な着地ではなく、弱さを残したまま罪と向き合う方向へ置かれています。

マルの結末は、人は罪を認めようとしても、恐怖や自己保身から完全には自由になれないことを示しています。

この弱さがあるからこそ、マルは最後まで人間臭い人物です。視聴者に嫌われる行動も多いですが、その嫌さは、本作が描く「逃げたい人間」の本音に近いものだと考えられます。

葉山奨之の演技の見どころ

マッシュルームヘアと表情で、マルの小物感とかわいげを作っている

葉山奨之さんが演じるマルは、見た目の印象も強いキャラクターです。マッシュルームヘアや表情の作り方によって、どこか頼りなく、4人組の中でも小物感のある人物として見えます。

この小物感は、マルの役割にとても合っています。マルは強い悪人ではなく、弱いからこそ逃げ、弱いからこそ裏切る人物です。葉山奨之さんの表情や声の出し方によって、マルの弱さがかわいげにも不快感にも見えるところが印象的です。

被害者としての痛々しさと、裏切り者としての不快感を両立している

マルは、序盤では市橋たちに暴行される被害者です。その姿は痛々しく、トビオたちが怒るのも自然に見えます。

しかし事件後、マルは仲間を裏切り、金を奪い、自分だけ楽しもうとします。葉山奨之さんの演技は、その痛々しさと不快感を両立しています。かわいそうだったはずの人物が、いつの間にか腹立たしい人物になっていく。この変化が、マルというキャラクターの面白さです。

マルの“憎めないけど腹が立つ”空気が、葉山奨之の演技で際立つ

マルは、行動だけを見るとかなり腹が立つ人物です。空港には来ない、金を奪う、熱海で豪遊する。仲間としては信用できない行動ばかりです。

それでも完全に冷たい悪人に見えないのは、葉山奨之さんの演技によるところも大きいです。情けなさや焦り、調子に乗っている感じがあるため、マルは「憎めないけど腹が立つ」人物として成立しています。この絶妙な不快さが、作品の人間臭さを支えています。

後半では、罪と恐怖から逃げる人間のリアルな弱さが見える

後半のマルは、罪と恐怖から逃げる人間のリアルな弱さを見せます。反省して強くなるだけではなく、怖くなれば逃げるし、損をしそうなら自分を守ろうとする。その情けなさが、マルの本質です。

葉山奨之さんは、その弱さを過剰に美化しません。マルは見苦しいし、ずるいし、頼りない。それでも、罪の前で人がどれほど小さくなるかを見せる役として、非常に重要な存在になっています。

原作のマルとドラマ版の違い

原作でもマルはトビオたちの仲間であり、事件のきっかけになる人物

原作でも、マルはトビオたちの仲間であり、物語の大きなきっかけになる人物です。矢波高校との対立の中でマルが傷つけられることで、4人は復讐へ向かいます。

マルの役割は、ただ事件の被害者になることではありません。彼が傷つけられたことで、トビオたちが加害へ踏み出す。その意味で、マルは物語の因果を大きく動かす人物です。

原作のマルは自己保身や腹黒さが強く、読者の感情を揺さぶる存在

原作でもマルは、自己保身や腹黒さが目立つ人物です。仲間でありながら、自分のためなら裏切るような行動も見せます。

この不快さが、マルの重要な役割です。きれいな友情だけではなく、罪を前にした時のずるさや醜さを見せる人物だからこそ、読者や視聴者の感情を揺さぶります。マルは、好き嫌いが分かれやすいからこそ印象に残るキャラクターです。

ドラマ版では葉山奨之の演技で、マルの弱さと憎めなさが見えやすい

ドラマ版では、葉山奨之さんの演技によって、マルの弱さと憎めなさがより見えやすくなっています。原作の腹黒さを残しながらも、表情や動きによって「怖いから逃げる」「損したくないから裏切る」という感情が伝わります。

そのため、ドラマ版のマルは、ただの嫌な人物ではなく、情けないほど人間的な人物として見えます。葉山奨之さんの演技があることで、マルの小ささやずるさがよりリアルになっています。

マルの役割は、友情の崩壊と人間のずるさを映すことにある

マルの役割は、友情の美しさを見せることではありません。むしろ、友情が罪の前でどれほど簡単に崩れるのかを見せることにあります。

トビオたちは仲間ですが、事件後は恐怖や金、自己保身によってバラバラになります。マルはその崩壊を最も分かりやすく見せる人物です。彼がいることで、『僕たちがやりました』は青春のきれいごとではなく、人間のずるさまで描く作品になっています。

葉山奨之のプロフィールと出演作

葉山奨之の生年月日・出身地・所属事務所

葉山奨之さんは、1995年12月19日生まれ、大阪府出身の俳優です。トライストーン・エンタテイメントに所属し、テレビドラマや映画を中心に幅広く活動しています。

『僕たちがやりました』に出演した2017年当時は、若手俳優としてさまざまな作品に出演していた時期です。現在の出演歴を踏まえて振り返ると、マル役は葉山奨之さんの中でもクセの強い役柄として印象に残ります。

『鈴木先生』『まれ』『Nのために』など初期の出演作

葉山奨之さんは、2011年のドラマ『鈴木先生』で俳優デビューし、その後『まれ』『Nのために』などに出演しています。若い頃から、爽やかな役だけでなく、どこかクセや影のある人物も演じてきました。

『僕たちがやりました』のマル役は、その個性がよく出ている役です。かわいげがあるのに、行動はずるい。頼りないのに、どこか目を引く。そうした複雑な印象が、葉山奨之さんの演技によって成立しています。

『僕たちがやりました』マル役で見せたクセのある存在感

マル役で印象的なのは、キャラクターのクセの強さです。4人組の中で目立つリーダーではないのに、物語のきっかけになり、さらに裏切りや自己保身で視聴者の感情を大きく動かします。

葉山奨之さんは、マルを単純な被害者にも、単純な悪人にもしていません。弱い、ずるい、情けない。でも完全には切り捨てられない。そういう人物として演じているからこそ、マルは作品の中で強い存在感を持っています。

『セトウツミ』『レンタルなんもしない人』『鹿楓堂よついろ日和』など現在につながる出演作

その後の葉山奨之さんは、『セトウツミ』『レンタルなんもしない人』『鹿楓堂よついろ日和』などにも出演し、さまざまなタイプの役柄を重ねています。

現在の出演作を踏まえて見返すと、『僕たちがやりました』のマル役は、葉山奨之さんの“普通の青年”に見える中にあるクセや弱さを活かした役だと感じます。派手な役ではありませんが、物語の感情をかき乱す重要なキャラクターです。

現在の葉山奨之を踏まえると、マル役は癖の強い重要キャリアとして見える

葉山奨之さんのキャリアの中で、マル役はかなりクセの強い役です。被害者として始まりながら、後半では裏切り者のようにも見える。視聴者から好かれるだけの人物ではないからこそ、演じる難しさがある役です。

現在の葉山奨之さんを知ってから見返すと、マルの小物感や情けなさも、計算された演技として見えやすくなります。マル役は、葉山奨之さんの幅を感じられる重要なキャリアのひとつだと考えられます。

『僕たちがやりました』のあらすじをネタバレなしで紹介

“そこそこ”楽しく生きていたトビオたちの日常

主人公のトビオは、伊佐美、マル、パイセンと一緒に、深刻なことを考えずに楽しく過ごしていました。大きな夢や目標を持つよりも、今が“そこそこ”楽しいことを大切にしている高校生です。

マルは、その日常を共有する友人です。4人でふざけ合う時間の中では、マルの弱さや小物感も笑えるものとして見えます。しかしその軽さが、矢波高校との衝突で大きく変わっていきます。

マルが市橋に目をつけられ、暴行されたことで日常が崩れる

凡下高校の向かいにある矢波高校では、市橋たち不良グループの暴力が問題になっています。ある日、マルが矢波高への悪態を市橋に聞かれてしまい、目をつけられます。

やがてマルは市橋たちに激しく暴行されます。仲間が傷つけられたことで、トビオたちは怒りを募らせます。この出来事が、矢波高校への復讐計画の大きな引き金になります。

矢波高校への復讐が大爆破事件へ変わっていく

トビオたちは、マルを傷つけた矢波高校へ復讐しようとします。本人たちにとっては、少し驚かせる程度のイタズラのつもりでした。

しかし、その行動は想定を超える大爆破事件へ発展します。トビオたちは一気に容疑者として追われる立場になり、4人の関係も仲間から共犯へ変わっていきます。マルは、復讐のきっかけであると同時に、その後の共犯関係の弱さを見せる存在になります。

逃亡の中で、マルの自己保身と4人の関係崩壊が見えてくる

事件後、トビオたちは逃亡することになります。そこで見えてくるのが、4人の友情の脆さです。仲間として支え合うどころか、それぞれが恐怖や自己保身に飲まれていきます。

マルは、その中でも特に自己保身を強く見せます。空港に来ない、金を奪う、熱海へ逃げる。彼の行動によって、4人の関係はきれいな友情ではなく、罪と恐怖でつながった危うい関係だと分かっていきます。

『僕たちがやりました』の相関図をマル中心に整理

マルとトビオは、遊び仲間から同じ罪を抱える共犯へ変わる

マルとトビオは、最初はただの遊び仲間です。ボウリングやカラオケでふざけ合い、深刻なことを考えない“そこそこ”な日常を共有しています。

しかし爆破事件後、2人は同じ罪を抱える共犯になります。トビオは罪悪感に苦しみ、マルは自己保身へ走る。2人の違いが見えることで、同じ罪を抱えても人の反応はそれぞれ違うことが分かります。

マルと市橋は、暴力を受けた側と暴力を振るった側の関係

マルと市橋の関係は、暴力を受けた側と暴力を振るった側の関係です。市橋に目をつけられたマルは激しく傷つけられ、その出来事が復讐計画のきっかけになります。

ただし物語が進むと、市橋もまた爆破事件によって人生を変えられる被害者になります。マルが受けた暴力と、市橋が失っていくものは別のものですが、どちらも本作の「加害と被害は単純に分けきれない」という苦さにつながっています。

マルとパイセンは、金によって共犯関係に縛られる関係

パイセンは、事件後に金で4人をつなぎ止めようとします。マルにとっても、その金は大きな意味を持ちます。金があれば逃げられる、楽しめる、自分だけ助かれる。マルは金に強く反応する人物です。

しかし、金は罪を消してくれません。パイセンの金は一時的な安心を与える一方で、4人を沈黙と共犯関係へ縛ります。マルとパイセンの関係を見ると、金で何とかしようとする感覚がどれほど危ういかが分かります。

マルと飯室は、逃げる側と罪を突きつける側の関係

飯室は爆破事件を追う刑事で、マルにとっては逃げても追ってくる現実のような存在です。マルがどれだけ金や快楽へ逃げても、事件の真相は消えません。

飯室は、トビオたちの罪を見えないものにしない人物です。マルはその逆で、見たくないものから逃げる人物です。この対比があることで、マルの自己保身はよりはっきり見えてきます。

『僕たちがやりました』を葉山奨之目線で見る面白さ

マルがいることで、4人の友情がきれいごとではないと分かる

マルを中心に見ると、『僕たちがやりました』は友情の物語としてはかなり苦い作品に見えてきます。トビオたちは仲間ですが、事件後にその関係はすぐに揺らぎます。

マルの裏切りは、その象徴です。仲間を守るより、自分が助かりたい。友情より、自分が損をしないことを選ぶ。マルがいることで、4人の関係は青春ドラマのきれいごとではなく、罪の前で壊れていく現実として描かれます。

被害者だったマルが、すぐに自己保身へ走るところが本作らしい

マルは最初、明らかな被害者です。市橋たちに暴行され、傷つけられた姿は痛々しく、トビオたちの怒りを生みます。

しかしその後のマルは、自分のことしか考えられない弱さを見せます。被害者だから善人とは限らない。加害者になったから完全な悪人とも限らない。マルの存在は、本作が人間を単純な善悪で描いていないことを強く示しています。

葉山奨之のマルは、罪の前で人がどれだけ小さくなるかを見せている

葉山奨之さんが演じるマルは、罪の前で人がどれだけ小さくなるかを見せています。強い覚悟で罪に向き合うのではなく、怖いから逃げる。損したくないから裏切る。目の前の楽しさで恐怖をごまかす。

その姿は情けないですが、妙にリアルでもあります。マルは、理想の仲間ではありません。だからこそ、人間の弱さを映すキャラクターとして強く残ります。

トビオではなくマルを見ると、逃亡劇の情けなさがよりリアルに見える

トビオを中心に見ると、物語は罪悪感の苦しさに寄って見えます。一方でマルを中心に見ると、逃亡劇の情けなさやみっともなさがよりはっきり見えます。

逃げるとは、かっこいいことではありません。恐怖に飲まれ、誰かを裏切り、目先の金や快楽にすがることでもあります。マルはその現実を引き受ける人物です。だからこそ、『僕たちがやりました』の逃亡劇は、ただのスリルではなく、人間の弱さの物語として見えてきます。

『僕たちがやりました』の最終回や結末を知りたい人へ

マルの役割は、最終回の公開自首と4人の再結集にも関わる

最終回に向けて、トビオたちは“最高の自首”を計画します。逃げてきた4人が、もう一度同じ方向を向く場面です。マルもその中にいます。

マルはこれまで裏切りや自己保身を見せてきた人物です。だからこそ、4人が再結集する時に彼がいることには意味があります。きれいな友情ではなくても、同じ罪を抱えた者たちが、最後に罪を認める方向へ向かう。その流れにマルも加わっています。

最後まで弱さを残すマルを見ると、罪を認めることの難しさが見える

ただし、マルは最後まで完全に強くなるわけではありません。恐怖を前にすれば逃げるし、自分を守ろうとする弱さも残ります。

それでも、そこがマルらしさです。罪を認めると決めたからといって、人は一気に立派になれるわけではありません。マルの弱さは、償いへ向かうことの難しさを示しています。

全話ネタバレ記事では、市橋の死やタイトルの意味まで詳しく解説

この記事では、葉山奨之さん演じるマルを中心に紹介しました。最終回までの全体の流れや、市橋の死、公開自首、タイトル『僕たちがやりました』の意味まで知りたい場合は、全話ネタバレ記事で整理するのがおすすめです。

最終回までの詳しい流れは、『僕たちがやりました』全話ネタバレ・最終回結末考察で紹介しています。

『僕たちがやりました』葉山奨之・マルのよくある質問

『僕たちがやりました』で葉山奨之は何役?

葉山奨之さんは、マルこと丸山友貴を演じています。マルはトビオの仲間で、矢波高校への復讐計画のきっかけになる重要人物です。

マルの本名は何?

マルの本名は丸山友貴です。作中では「マル」と呼ばれることが多く、トビオ、伊佐美、パイセンと一緒に行動する凡下高校の生徒です。

マルはどんなキャラクター?

マルは、4人組の中で弟分のように見える人物です。市橋たちに暴行される被害者でありながら、事件後には裏切りや自己保身も見せる複雑なキャラクターです。

マルはなぜ市橋に暴行された?

マルは、矢波高校の不良たちに悪態をついたことを市橋に聞かれてしまい、目をつけられます。その後、市橋グループに激しく暴行され、この出来事がトビオたちの復讐心を動かします。

マルはなぜトビオを裏切った?

マルの裏切りは、恐怖と自己保身から生まれています。自分だけ助かりたい、損をしたくないという本音が強く、空港をすっぽかしたり、トビオの金を奪って熱海へ逃げたりします。

マルは最終回でどうなる?

最終回に向けて、マルも4人の“最高の自首”に加わります。ただし、最後まで完全に強くなるわけではなく、恐怖から逃げる弱さも残します。マルの結末は、人間の弱さを残したまま罪に向かうものです。

マルは原作にも登場する?

マルは原作漫画にも登場します。原作でもトビオたちの仲間であり、事件のきっかけになる重要人物です。自己保身や腹黒さが強く、読者の感情を揺さぶる存在でもあります。

葉山奨之の演技の見どころは?

見どころは、マルの弱さと不快感を自然に見せているところです。被害者としての痛々しさ、裏切り者としての腹立たしさ、どこか憎めない小物感が、葉山奨之さんの演技で際立っています。

『僕たちがやりました』のキャスト一覧はどこで見られる?

本記事でも主要キャストを整理しています。キャスト全体の関係性や相関図を詳しく知りたい場合は、『僕たちがやりました』キャスト一覧・相関図記事で確認してください。

まとめ

葉山奨之が演じたマルは、被害者であり自己保身の象徴でもある重要キャスト

ドラマ『僕たちがやりました』で葉山奨之さんが演じたマル/丸山友貴は、トビオたちの仲間です。市橋たちに暴行されることで復讐計画のきっかけになりますが、事件後には裏切りや自己保身も見せる人物です。

マルを知ると、トビオたちの友情と共犯関係の崩れ方が見えやすくなる

マルを中心に見ると、『僕たちがやりました』はただの青春逃亡サスペンスではなくなります。被害者だった人物が、罪を前にして自己保身へ走る。仲間だった4人が、同じ秘密を抱えた瞬間に壊れていく。その崩れ方が、マルを通して分かりやすく見えてきます。

キャスト全体や最終回まで知りたい場合は関連記事へ

この記事では、葉山奨之さん演じるマルを中心に紹介しました。キャスト全体の関係性を知りたい方はキャスト一覧記事、最終回の結末やタイトルの意味まで整理したい方は全話ネタバレ記事もあわせて読むと、作品のテーマがより深く見えてきます。

マルを意識して見返すと、『僕たちがやりました』が描いていたのは、逃亡のスリルだけではなく、罪の前で人がどれほど弱く、ずるく、小さくなってしまうのかという問いだったことがより強く伝わってきます。

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